探偵日記

4月 26

探偵日記 04月26日水曜日 晴れ

いよいよGW。といっても嬉しくない。年を取ると変化に弱くなるのか、日々変わらぬ生活が望ましい。朝起きてご飯を食べ、歯を磨き顔を洗って出かける。事務所で、ちょこっと仕事をするふりをして、3時ぐらいに雀荘へ。そして、勝っても負けても(ま、負けることのほうが多いのだが)夜の盛り場へ。僕の行く雀荘Sはその真っただ中にある。短い足でも1分も歩けばクラブがひしめく歌舞伎町2丁目だ。但し、お金が無い時は阿佐ヶ谷に帰ってテーブルチャージ2000円、1曲100円のスナックで、ジジババ(という僕もその中の一人のジ~ジなのだが)に囲まれて数曲歌って帰還する。
明後日からそんな生活ともしばしの別れ。片道1100キロ、約15時間かけて帰省する。向かうは安倍総理の地元。そう僕の故郷でもある。そして1週間、午前中はゴルフ。帰りに温泉につかり、夜は川棚温泉の湯町で食事して、気が向けばカラオケスナックに。な~んだ何時もと変わらないじゃあないか。と言うなかれ、最大の違いは「見張り番」に見張られてのことである。まあ、これも人生の修業の一つだと観念しているのだが。
じゃあ皆様も楽しいGWをお過ごしください。

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4月 18

探偵日記 04月18日火曜日 雨のち晴れ

散歩の時は小降りだったが朝食に起きた頃は本降りになっていた。その雨も間もなく上がり、10時に家を出た時はすっかり晴れ渡っていた。白のチノパンに薄いグレーのジャケットを着て出ようとしたが、夕方新しい依頼人が来所の予定であることを思い出し、総とっかえ。ベージュのスーツにピンクのシャツ。靴下と靴は茶系に揃え、さっそうと阿佐ヶ谷駅へ。しかし、顔見知りには一人も会わなかった。新宿駅でパスモのチャージを終え事務所へ。
明日は阿佐ヶ谷のお寿司屋さん「松の寿司」の主人及び常連2人とゴルフ。その中の一人が持っている有名な「日高カントリー」でプレーをする予定。何時も書いているが最近アプローチのミスが多い。かって、「寄せ芸人」と言われたぐらいアプローチとパットは上手いと言われたし、自分でも自信を持っていた。木越え、バンカー越えなど、仲間が同情するぐらいの悪条件でも得意のロブショットで難なく寄せたものである。ところが、今は、2打でグリーン傍まで来てもそこから5つも6つも叩いてしまう。日曜日のコンペも4番ホールでバーディとって、トップに躍り出たまでは良かったが、そこから5ホールで9オーバー。ザックリの次はトップにシャンク。9番アイアンでコツンと打って寄せようと思ったらガツンと打ってグリーンをはるかに超えてしまった。嗚呼。

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4月 14

探偵日記 04月14日金曜日 晴れ

白いパンツに真っ赤なシャツ、グレーのジャケットを着て家を出ようとしたら見張り番が「何よその恰好、完全に遊びスタイルじゃあない」注意されればすぐに聞き分けるのが僕のいいところ。分かりました。と言って、シャツだけ薄いピンクのやつに着替え、(どう?)と聞くと、「好きにしたら」と、呆れられた。軽薄な夫を持つと女性も苦労する。
最近足腰の衰えが酷い。今朝も目覚めた時、腰から下が怠く、このまま起きても立ち上がれないような気がした。月曜日に少し歩きすぎたせいだろうと思うが、この先のゴルフの予定を思うと心配になる。何しろ5月の半ばまで10回やらなければならない。とりあえず明後日の日曜日、阿佐ヶ谷のコンペ「サンサン会」(栃木県小山市のひととのやCC)があり、調子が悪いと2000万円ぐらい負けることになる。だから明日散歩の後練習に行く。そしてますます下手になる。(笑)

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4月 13

探偵日記 04月13日木曜日 晴れ

4時に起こされ小一時間で散歩を終えた。6時半にプールに行くまで1時間半ある。ちょっと横になったのがいけなかった。そうこうするうち何だか熱っぽくなって頭も少し痛い。(いやだいきたくな~い)と思っていると、体が不調を訴える。まるで登校拒否の児童みたい。最近太ってきたので昼飯を抜いたりしているけど一向に効果が無い。やはりジムで鍛えねば。と思うのだが、踏ん切りがつかない。「行かないんならもうジムのお金払ってあげないわよ」毎朝のように見張り番に叱咤される。せめて、薄着になる夏までには。と考えている老コナンである。

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4月 12

探偵日記 04月12日水曜日 晴れ

昨日とうって変わっていい天気。千鳥ヶ淵の桜もまだ見頃を過ぎていないようだ。事務所に着いたが調査員は全員現場に出ており誰も居ない。
最近、貫井徳郎という作家にはまっっている。僕は2~3日に1冊読むが、好みの作家のほとんどを読みつくし、この頃は行きつけの書店の主人に(なにかおすすめはない?)と聞いて選んでもらっている。さすが餅は餅屋で薦められる本ははずれない。というわけで、前回、「失踪症候群」を読んで、今シリーズだという「誘拐症候群」に移った。これも大変面白く、用事が無ければずっと読んでいたいと思う。多分今日中に読み終え明日は最後の分厚いやつを買うことになるだろう。文中、張込とか尾行とか、聞き込みなどの言葉に接すると嬉しくなる。まあ、僕はそんな読者である。

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4月 11

探偵日記 04月11日火曜日 雨

朝4時、タイちゃんと散歩に出た時はまだ雨は降っておらず近所の小道をぶらぶらと歩いた。朝食を済ませシャワーを浴びて外に出ると本降りになっていた。これからますます強く降り、午後には横殴りの暴風雨になるそうだ。今日は一日中雨か。と、思いとっておきの傘で外出する。駅中の書店で文庫を買い電車に乗る。今日からスタートする新件の張り込み尾行調査、荒天で調査員はしんどかろうと考える。自分がまだ新米の頃、大雪の中「立張り」(道路事情で車両が使えないような時、立って張り込むこと)をしたが、10分もすると傘を持つ手がかじかんで、(もう金なんか要らないから止めよう)と思ったことを思い出す。

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4月 10

探偵日記 04月10日月曜日 晴れ

また新しい1週間が始まった。岐阜県での調査も終わり、明日から別件に着手。1つは日曜日まで、これはマルヒの捕捉が困難かもしれない。と思っていてもなんとかなるのが仕事である。まあ、困難なだけ達成感もあるだろう。と思うのは僕の身勝手な考えかな。
昨日はひととのやCCの月例だった。最近成績が悪いので、「来月ハンデの見直しをします」と、先月言っていたので期待して参加したが変わらず。コースの桜は満開だったが、僕は、3番ホールで早くも散ってしまった。トホホん。

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4月 05

探偵日記 04月05日水曜日 晴れ

今日の東京は20度を超えるという。いよいよこれから僕の季節だ。6月生まれの僕はどうも寒いのは苦手で、暑いのはいくら暑くても苦にならない。と言っていたのは数年前までで、最近はそうでもない。30度を超える日はやはり辛く感じる。
昨日は、東京調査業協同組合定例の理事会が開かれ、元警視庁警部で、組合の専務理事であるMさんが講師となって、「探偵業法」の勉強会が行われた。同法が施行されて10年経過した。そろそろ見直しの時期であり、そのため改めて勉強した次第であるが、見直しの結果さらに厳しくなって、結局、我々業者の首を絞めかねないと思う。所管はもう少し実情に即した法律に直してもらいたいと思うのは僕だけだろうか。業界は、相変わらず誇大広告で広く依頼を募りやらずぼったくりの探偵事務所が横行しているようだ。僕がまだ東京都調査業協会の理事だった頃、これらと取っ組み合い寸前の喧嘩までして是正を促したが、彼らは聞く耳持たずで今日に至っている。しかし、我が業界はクレーマーが少ない。ということは依頼人である客が(泣き寝入り)するからで、仮に勇気のある依頼人がいても氷山の一角で、実態は主管に届かない。
明日6日、四谷警察の立ち入り検査が行われる。担当者に聞いてみたい。

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4月 03

探偵日記 04月03日月曜日 晴れ

4月最初のブログ。暖かい日だ。しかし午後はところによって雹が降る降るかもしれないという。変わりやすいのは秋の空と思っていたが、この時期もそうらしい。人の心と同様、何かにつけて世の中の変転は常であるし、変わっても良い。と思っている。
朝一番、女性をずらりと並べた派手な広告で有名な、横浜の探偵社「アーウイン女性探偵社」(横浜市神奈川区台町16-1)が、横浜地裁に破産の申し立てを行ったというニュースが入った。負債総額は1億2000万円というから、業務は今まで通り行い、たんに、「損切」を金融機関にさせようということではないかと思う。僕の考えでは、小切手も手形も発行しないであろう探偵事務所が「倒産」するはずはない。たまたまその月の給与が払えなくなったとか、家賃を滞納した。などはあったとしても、営業そのものが出来なくなったわけではないだろう。まあ、同業者のことゆえ他人事とは思えないが、頑張ってもらいたいと思う。但し、しっかりとした倫理観を持って。

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3月 31

探偵日記 03月31日金曜日 曇り

年度末。早いもので、今年も4分の1が終わった。普通でこれといった出来事も無くたんたんと過ぎ行く時間、また3か月年を取った。あと2か月半で満73歳。まだ若いのか年寄なのか曖昧な年齢である。昨日、知人から知り合いの68歳の女性が再婚したという話を聞いた。その女性は夫が経営する会社が倒産した後離婚して、3つの仕事を掛け持ちしながら生きていたという。子供二人はとうに成人し独りぼっちになっていた。このまま働き続けるわけにもいかない。と思っていたところに良い人が現れたのだろう。人生悪いことばかりではない。

叔父の影響で「探偵」になって50年以上経つ。一匹狼の期間を経て、それなりの規模の事務所にして浮沈を繰り返し今日に至るが、じゃあ、この先どうなるんだろうか。なんてことは考えたことも無い。文字通り飲む打つ・・の生活で、年金などよその国のこと。ぐらいに思っていたから一切知らん顔。顧問税理士に「あんたは非国民だ」と言われたことを思い出す。後悔先に立たず。学校の先生はいいことを言う。

探偵日記

3月 30

探偵日記 03月30日木曜日 晴れ

1週間ぶりのブログ。何が。というわけではないが何となく気忙しく、毎日のようにパソコンに向かってはいるが、報告書やその他の事情でその気になれなかった。まず第一に、弊社の報告書で、夫の不倫相手に対する「損害賠償請求」の裁判で、原告(依頼人)が敗訴となった。互いが交わした愛を語る山のようなメール。その後の調査。マルヒは周囲を気にしながら不倫相手の住むマンションへ。報告書には、マンションのオートロックを解除してもらって入館し、エレベーターで当該フロアへ赴くマルヒの写真。翌朝、マンションの裏口からキョロキョロと周囲を見回しながら、勿論入った時と同じ服装で出てくるところの写真を添付。繰り返すこと4度。相手女性の身元調査も行い提出した。(多分これで大丈夫でしょう)50年にわたる経験からそのように言った。弁護士も「これいける」と判断して臨んだが、結果は(不倫とは推認できない。仮にそうであっても、マルヒ夫婦はすでに崩壊しており賠償請求の理由にはならない。)多分東大でであろう女性裁判官は、何をとち狂ったかこんな判決を出した。オーマイガー依頼人ならずともそう嘆きたくなる。世の男性諸君に告ぐ、「わが国では、妻子を捨てて家出し3か月経過すれば夫婦ではなくなるんだって」この裁判で、被告代理人の弁護士は、「確かにマンションに行き彼女の部屋を訪問しました。だけど、探偵が現場を離れた数分後退室した。」じゃあ、同じ服装で早朝キョロキョロしながら出てきたことに対しては?「探偵が現場で張り込みを開始する数分前に訪問した」と。甲00号証とした証拠資料の弊社報告書を見て、下品で狡猾な、頭の良い弁護士が組み立てた反論がまかりとおったのである。嘘も大きい声で100回言えば真実に変わるらしい。クリスチャンだという不倫相手の女性、大切な妻と可愛い二人の子供を放り出すためなりふり構わず弁護士の作戦を良しとした男。三人は今頃どこかで大笑いしながら乾杯しているのか。神様、この人たちに愛に満ちた思し召しを。アーメン。

探偵日記

3月 22

探偵日記 03月22日水曜日 晴れ

晴れているが風が強い。事務所に着くと数年前に独立したNが待ってて、「結婚調査」が入りそうなので。との相談。僕は調査員の頃(今でもそうだが)この種の調査が好きだった。その昔は、住民票や戸籍など取り放題だった。結婚のための身元調査は、多い時はこれらの公簿を10件以上取得したのち内偵調査に入った。しかし現在は個人情報保護法によって、裏ワザを使わなくては取れなくなった。そのため、尾行などの調査に頼らざるを得ず面倒くさい。ところが、フェイスブックやブログなどで思いがけず情報を得る場合がある。まさに、頭隠して尻隠さず。である。
「結婚」は、双方の家と家の結びつきであるから、当人はともかく相手側の「家」について詳しく知っておいたほうが良い。

探偵日記

3月 21

探偵日記 0321日火曜日 雨

朝から小ぬか雨。今日は11時と13時に来客があり、いずれも報告しなければならず、一つはまだ完成していない。というわけで、早めに事務所に着いた。こんな日においでいただくのは気が引けるのだが、どうしてもいらっしゃるとの由。
話は変わるが、今週末にも桜の開花宣言が出そうだ。僕は花見の趣味は無い。というより、大勢でわいわい言って飲む席が嫌いなのだ。どっちかちうと、山の淋しい湖で紅葉をながめたい。勿論妙齢の美女と一緒に。などと、叶わぬ夢を追って、成就せずに終わる。今年こそ、日光でも京都でも良い。ぜひ実現させたいものである。

探偵日記

3月 16

探偵日記 03月16日木曜日 晴れ

本当に春らしい陽気になった。浅田次郎さんは、夏から秋にかけての季節が好きだと何かに書いていたが、僕は、冬から春そして夏にさしかかる頃が好きだ。だから、ゴルフもこれから調子が上がってくる。はずである。したがって、今度の日曜日に行われる阿佐ヶ谷のコンペ「サンサン会」には期するものがある。現在、8回終了してポイントの合計がトップ。もう一度優勝すれば間違いなく総合優勝だろう。(笑い)
そんなことより仕事はどうした。今抱えている案件は4っつ。昨日新しい問い合わせが有ったが結論は出ていない。相変わらず貧乏探偵事務所の前途は多難である。

探偵とは 9

最近、探偵に必要な資質についてよく考える。何時も言うようだが大きく分類すると(ハテナと思う)?の多い人が良いと思う。勿論健康でなければならないが、体育会系は少々疑問符が付く。当てはまる人がいたら申し訳ないが緻密さに欠けるかもしれない。欲を言えば、刑事を志し、成るにはなったが途中で挫折した。何ていう人が良いと思う。また、学生時代演劇をやった人も良いかもしれない。体系的には中肉中背、視力2,0、当たり前だが耳もいい人が良い。全体の印象としては、どこにでも居る普通の人。何度道ですれ違っても全く記憶に残らないほど影の薄い人。そう、僕みたいな。

探偵日記

3月 13

探偵日記 03月13日月曜日 曇り

土曜日、久しぶりに従兄の家族と会った。従兄は入院中で、その奥さんと二男の妻子。2歳半という娘がたいそう可愛く、幸せなひと時を過ごせた。従兄の妻が言うには、僕の生母から預かってる品があり、それを渡したい。との由。受け取ってみると、懐かしい写真の数々。それと、祖父母の戒名が書かれた木札が入っていた。16人兄弟の末っ子の母が、自分の流転人生に片時も離さずに持ち歩いていたらしい。祖父母は山口県の出身で、若いころすでにもうけていた3人の子を連れて朝鮮に渡り、京城(今のソウル)でひと財産を築いたが、敗戦によって全てを失った。今後は、僕がその木札を大切にしなければならないのだろう。

探偵とは 8

最近はテレビなどに出る探偵が増えた。まあそれによって受件に結びついているようだから、ある種の営業で結構なことである。では、自分にオファがあったらどうするか。迷わずお断りするだろう。と思う。平成の初め、フジテレビの「今夜は好奇心」とかいう番組があり、うっかり顔を出して失敗した経験がある。制作の過程で他の調査員はモザイクをかけてもらったが、責任者だけは素顔を出してもらいたい。というのが制作会社の要望だった。当時事務所には20数名居て僕が現場に出ることはほとんどなかったから承知した。ところが、この頃、銀座の某高級クラブに客を装って内偵に入っていた。身分は広告会社の営業部長とし、依頼人にいただいていた潤沢な経費で豪快に遊んでいた(否、実は仕事なのだが)のに、バレテーラのなったのである。
しかし、最近はホームページなどに顔写真を載せるほうが客に安心感を与えるとかで、公開する人が多いとか。これも時代の流れだろう。

探偵日記

3月 10

探偵日記 03月10日金曜日 晴れ

今日は最高気温15度とか、昨日に続きコートもマフラーもなく出社した。まさに、小唄の文句ではないが、梅は咲いたか桜はまだかいな。の季節となった。日曜日の月例が楽しみだ。

探偵とは 7

探偵になって僕が良く思うことは、刑事になればどうだったか。ということである。一方の刑事さんは退職後の職業として探偵を希望する人が多いと聞く。実際に元警察官が業界に多数いる。Kの前職は内装屋だったようだが、ずーっと探偵に憧れたいたらしい。それにしても度が過ぎた。6、で書いたようにKは独立するにあたって、千代田区一番町に事務所を設けたが、本当の事務所名とは別に「調査庁」というまやかしの名称も使っていた。当時、近くに本物の調査庁が存在したが、これに便乗して悪用したのであった。しかも、ご丁寧なことに、「株式会社調査庁」という歴とした会社まで設立したのだ。例えば、鹿児島県の片田舎に本籍を持つ人の調査をする場合、戸籍謄本を入手するため、かの地に赴く必要がある。しかし、Kはすべて電話でその情報を蒐集した。まず役場に電話をかけ、(え~こちらは東京の調査庁ですが、〇×のBさんの戸籍を見てもらいたいんですが。)と言う。当時は、個人情報保護法何て悪法も無かったので、職員が電話の主を疑わずそのまま待たせて読み上げてくれた。仮に、「ちょっと時間をください折り返します」といわれても、次にかかってきた時、(ハイ、九段の調査庁です)と応じる事が出来るのである。嘘をついているわけではない。もうン十年前の話だからこうして書けるが、現在なら大問題だろう。小心者の僕などとてもまねのできる事ではなかったが、古き良き時代だった。

探偵日記

3月 09

探偵日記 03月09日木曜日 晴れ

昨日今日と良い陽気の日が続き、本格的な春の到来を感じる。とはいっても、特別心が弾むわけでもなく、寒がり屋の僕にとって、過ごしやすくなっただけのことである。ゴルフの調子も悪く、麻雀も負け続けているし、体調もいまいち。「春は名のみわが身は侘し」だ。打開策と言っては何だが、こんな時は何かでっかい事件の依頼があれば、鬱々とした気分も瞬時に解消する。という程度の単純明快な「探偵」なのである。

探偵とは 6

帰り道、Kに聞いた(あのさ~あれって官名詐称じゃあねえの)Kは不敵に笑い「フクちゃんバレ元だよ。」と言う。そして、警察手帳そっくりの黒皮の手帳を見せ、「フクちゃんにも作ってやろうか」と言うので即座に断った。おっちょこちょいで軽薄な僕だが、そのくらいの危機管理は出来たのだろう。しかし、後輩のくせして「フクちゃん」はないだろう。と思ったが、そんなことで文句を言う気にもならず、以来、彼との連絡が途絶えるまでフクちゃんは続いた。やがて僕が独立し、その後すぐにKも千代田区一番町あたりに事務所を設けた。事務所を訪れた元同僚によると、調査員全員(といっても2~3名だったが)に警官の制服を着せ、正面と横から撮った写真を貼りつけた手帳を持たせていたらしい。罪はともかく、内偵(聞き込み、情報収集など)には絶大な効果を上げたことは言うまでもない。

探偵日記

3月 07

探偵日記 03月07日火曜日 晴れ

今日は組合の理事会、毎月第一火曜日、16時から歌舞伎町のルノアールの会議室で行われる。部屋は1年間借りている。しかし、会議室の場所が悪かった。終わるのが18時、ちょうどビールが恋しくなる時間。まあ、明日ゴルフの予定だから、食後の二次会は無いと思うが。
朝、駅前のクリニックで2か月に1度の定期検診。総合評価は数日後の診察日まで判らないが、今日は、「血糖値180、血圧130と73」まあ悪くありませんね。って。

探偵とは 5

東京探偵事務所を半年でクビになったことや初日と次の日高田の馬場駅でまかれたことは前に何度か書いたが、その半年の間、何人かの面白い男と出会った。極めつけはKという男。年齢は僕と同じだったように記憶するが、発想は毎度仰天した。或る時、所長に命じられ吉原のソープランド(当時はトルコ風呂といっていた)のホステスの身元調査に赴いた。(どうするんだろう?少し経験のある僕がしり込みするのだから新米のKも同様じゃあないかな)と思っていたら、「先輩行きましょう」Kは自信たっぷりに言い、やがて目的の店に着いた。「任せてください。先輩は何も言わなくていいですから」なぞと、生意気な感じでフロントへ。
出てきた受付に「オイ、支配人を呼べ」Kは何やら黒い手帳のようなものをかざし居丈高に言う。やがて恐る恐るといった感じで支配人が出てくると、「オイ、従業員名簿を持ってこい」と言いつけた。どうなっちゃうんだろう。逃げ出したくなった僕にかまわず、相変わらず尊大な態度で辺りを睥睨している。やがて支配人が持参した名簿から目的のホステスの住所や本名などを書き写し「ご苦労さん」と言って外に出た。振り返ると支配人はほっとした表情でもみてをしている。

探偵日記

3月 06

探偵日記 03月06日月曜日 曇りのち雨の予報

またまた月曜日。早いもので今年10回目の月曜日。あと、振り替え休日を除き34回月曜日があり平成29年も終わり、もしかしたら年号が変わるかもしれない。そして僕も75歳になって、教習所で(認知症)のテストかなんか受けているかも。(笑)昨日は申し分ない好天の中、何時ものひととのやCCでプレーした。スコアはここ数年経験したことのないワースト1の数字で、明後日の(二水会)12日の月例、さらにその翌週の(サンサン会)が怖い。何しろ疲労が激しく頭もボーとしてスイングもおかしかった。グリーンそばから2回OB。前夜飲んだ誘眠剤と、花粉症の薬がしっかり効いたのか、緊張感0で1日が終了した。それでもみんなと阿佐ヶ谷に帰って18時集合。楽しく飲んで21時就寝。ヤクの世話にならず熟睡した。

探偵とは 4

僕は、帝国興信所(今の帝国データバンク)に勤務していた叔父の勧めでこの世界に入ったのだが、本格的に「探偵」の修業を始めたのは、当時神田の西口から徒歩5~6分の所にあった「東京探偵事務所」である。所長は「新倉さん」という40絡みの渋くていい男だった。新倉さんは、日本橋蠣殻町に有った「佐藤探偵局」の出身で、独立して初めて採用したのが僕だった。「ねえ、お給料はいくら欲しい?」女みたいな優しい言い方で聞く。オカマかな。と思ったが、そんなはずはあるまい。と思い直して、(いくらでも結構です)と、僕は応えた。そんな欲のない感じの僕が気に入ったのか、昭和44年、月給3万円で即決採用された。新倉さんのいた佐藤探偵局の女性所長「佐藤のぶえ」さんは、宮内庁御用達の探偵「佐藤みどり」さんのお母さん。偶然にも僕は由緒正しい?探偵事務所と出会えたわけである。

探偵日記

3月 03

探偵日記 03月03日金曜日 晴れ

今日はおひなさまの日。女児のいる家では数日前から飾られているだろう。遠い昔、我が家もそうだった。その頃まだ(まあ、今も変わりはないが)余裕が無く大したものは買えなかったように記憶しているが、形ばかりのお祝いはした。その娘も誕生日が来れば47歳。自分も年をとるはずである。息子が46歳。下の娘も43歳になる。そうした子供たちにも成長過程に幸不幸があって、長女が二十歳の時はバブル真っ最中。日本橋の呉服屋に連れてゆき(1匹もの)と称す振袖と帯、合わせてン百万円かけた。翌年、あっという間にバブル崩壊。しかし、長男の時はスーツを作ってやってハイお終い。男の子は簡単だ。

探偵とは 3

時々思う。探偵の資質ってなんだろうと。生涯この仕事で終える僕も特段探偵としての資質があったわけではないように思う。確かに、変化に富んだ業務の連続で、毎日テレビのドラマを見ているような面白さはあるが、雨や雪の日、また、真夏日中の張り込みはきつい。細い路地での張り込みもまた然りである。僕は常々、?マークの多い人が探偵向きだと思っている。断っておくが(疑い深い)という意味ではない。ある場面に遭遇して、瞬間的に(ンはてな?)と考える人。という意味である。想像力といっても良い。

探偵日記

3月 02

探偵日記 03月02日木曜日 曇り午後雨とか

11時、報告と集金があって、依頼人と会う。古くからの依頼人で、渡した報告書を見るでもなく、費用を払いさっさと帰って行った。互いの信頼関係が出来ているのだろうが、探偵にとって上客といって良い。但し、ご依頼人が僕のことをどう思っているかは不明。(笑)

探偵とは 2

昨年5月、また2人若い調査員が独立していった。これで15名が僕の所から巣立ったことになる。探偵見習から一人前の探偵として、不況下の荒波にいかだで船出するようなもので、当の本人は不安で一杯だろう。日本の探偵業界は5000社あるといわれている。しかし、大半は1人1社で、或いは数人で営んでいるがいずれも零細である。しかし、こういった一匹狼的探偵のほうが腕は良い。なぜならば、必死にならなければ生きてゆけないから。

探偵日記

2月 28

探偵日記 02月28日火曜日 晴れ

昨日は赤坂の和食店「ななみ」で食事して22時帰宅。ビールと焼酎2杯でやめたので目覚めは悪くなく、朝食の後、早々に支度して家を出た。ネット関連の会社で、主に投資のアドバイスをやって、急成長を遂げた会社の社長からのオファで面談した。何でも探偵の話題でブログを立ち上げ集客できれば。との目論見らしいが、高齢者の僕には理解不能である。しかし、週1,2度取材に応じる程度なら暇つぶしになっていいかな。と思いOKした。ご依頼人には申し訳ないが(面白い)話はゴマンとある。スチュレーションを変えておけば、ああこの話はあの人のことだ。とは誰も気づかないだろう。その証拠に拙著を読んで、或いはこのブログを見て苦情を言ってきた人はいない。

探偵とは 1

勿論弁護士同様守秘義務を課せられていることは言うまでもないが、かといって、有資格者のように、例えば、他人の住民票や戸籍を取っても良い。などの優遇は皆無。業法が出来て、張込尾行や内偵(聞き込みなど)は探偵の仕事として認められ、張込中におせっかいな住民から(朝から変な人がいる)などと通報されても、やってきたお巡りさんに身分証明を見せれば「ご苦労様」と言われお咎めなし。通報した住民はその様子を見て、ああ、あの人は刑事さんだったのか。と早とちりしたりする。

探偵日記

2月 27

探偵日記 02月27日月曜日 曇

寒い朝だった。日曜日、久しぶりにジムへ行き、マシン40分、プール40分、サウナに入って帰宅。ずっとさぼっていたのでめちゃくちゃ疲れた。朝食兼ランチの後、1時間ほど横になったがダメ。ぐずぐずしてたら隣室から僕の様子を監視していた見張り番が「どうするの?」と聞く。う~ん。と言って(なんで?)って聞き返すと、「貴方が外出するなら私も出ようかと思って」だって、別に僕のこと気にしなくていいのに。と、思ったが、じゃあ行くか。と言って、疲れた足をひきづって雀荘へ。座った途端元気になった。

夜は見張り番と待ち合わせして阿佐ヶ谷の中華「珍香園」で食べて帰る。21時、13人いる(ウソ)ガールフレンドたちにお休みメールして就寝。

探偵日記

2月 24

探偵日記 02月24日金曜日 晴れ

良く晴れているが風の強い日である。本日は80歳の高齢男性の尾行で、3名の調査員が朝7時から現場で張り込んでいる。正午、まだ動きは無いという。勿論僕も経験があるが動きのない調査は嫌なもので、むしろ、目まぐるしいぐらい行動してもらいたいと思う。あえて言うと、静の調査は(面白くない)のだ。調査費用を請求する場合も変化の多い報告書のほうがいかにも仕事をしたようで、依頼人も満足してくれる。なお且つ、依頼人の思惑通りの結果であればなおいい。

今僕が理事長(正確には、現在登記申請中なので仮、または代理)を務める「東京調査業協同組合」が設立して満20年を迎えた。当組合は、青島幸男都知事の時、正式に認可された歴とした法人である。平成9年、当時の、東京都調査業協会の下部組織として発足した。その後、考えを異にする者たちの離反があり、紆余曲折の末今日に至っている。早い時期から、僕を理事長に推す意見もあったが、その都度、(俺は、子供の時から級長と番長で、もう長の名のつく立場になりたくない)と言い続けてきたが、衰退しつつある組合の現状を見て、最後のご奉公と考え引き受けた。何のことは無い、無報酬の滅私奉公。20年近く毎月持ち出しで僕の財布はスッカラカン。
我が、探偵業はまさに玉石混合の世界で、まだまだ悪辣な営業を続けている事務所も多いと聞く。良し悪しの判断が困難で「どこに頼んでいいか分からない」状況の中、依頼人は、ネットで、或いはポスターなどで恐る恐る探偵事務所の扉を叩く。そして、法外な調査料を請求されたり、結果が出ないでがっかりしたりしているようだ。
20周年を機に何かしらのイベントを行い、マスコミに取り上げてもらおう。というのが今の僕の計画である。幸い、週刊誌やテレビ局に知人も多い。暇に任せてその名(迷)案を練っているところである。誰かいい案を提供しえくれる人居ませんか。-----------------

探偵日記

2月 21

探偵日記 02月21日火曜日 晴れ

日替わりで変わる天気。昨日は午後雨だったのに、今日は朝から快晴。しかし、お頭のほうは薄曇りのようで、折角得た大切な情報をうっかり消してしまった。
今日は13時に報告が1件あり、その後、その依頼人をうちの顧問弁護士に紹介する予定。18時ころ阿佐ヶ谷へ帰るつもり。

探偵日記

2月 20

探偵日記 02月20日月曜日 晴れ

昨日、楽しみにしていたゴルフコンペ「サンサン会」が、雪で中止になった。5時50分、友人が迎えに来てくれ、さあ、キャデイバックを積もうという時になって、僕の携帯が震えた。嫌な予感がして出るとメンバーの一人Kちゃん。「雪が3センチ積もっててクローズらしいですよ」エッ。東京は雲一つない好天、しかも風も無い。(嘘だろう)と言ったが、僕の周囲にぼくみたいな嘘つきはいない。
結局1日の予定が無くなり、ベッドでゴロゴロ。夜8時過ぎに誘眠剤飲んで、なんと11時間寝てしまった。事務所に着いた今も何だかボーとしている。

探偵日記

2月 18

探偵日記 02月18日土曜日 曇り

14,15日と出張で地方へ赴き1泊した。帰京後、緊急の面談があって帰宅する前に依頼人の自宅へ。およそ2時間要し阿佐ヶ谷に戻ったのは20時過ぎ、晩御飯も食べずにベッドへもぐりこむ。翌17日は6時起床。先輩のテレビ関係者と千葉県野田市へ。一旦事務所に戻り報告書を1通作成。18時、港区高輪の依頼人の自宅を訪問、再調査の打ち合わせを行い、20時、赤坂で後輩と会食。彼のたっての希望で新しく開店したというクラブを覗く。大きな店で30数名ホステスが居るらしい。ただ、この店は1年持たず閉店するだろう。と、思った。23時、後輩の車で送ってもらい、よせばいいのに、馴染みのスナックへ。2曲づつ歌って、25時半本当に帰宅。

今朝は07時起床。顔も洗わず新座市のゴルフ練習場へ。明日のコンペ(サンサン会)のために、主にアプローチの練習をする。帰宅後、少し横になって事務所へ。そしてこのブログを書いている。見張り番(愚妻のこと)曰く、「貴方は本当にタフね~」って。

13日の続き

本件の場合、この事実を確認しなければ石ころの情報を売りつけることになる。多少の犠牲を払っても解明しなければならない事案であった。さらにS子の父親の改製前戸籍を取得。そこには、S子の欄に(平成16年5月4日、子の出生により除籍)と記載されていた。予想通り、S子はシングルマザーになっていたのである。しかも、その事実を隠ぺいせんがために、家族の協力のもとに父、本人の本籍を2度にわたって転籍していた。そして行き着いた先が皇居を本籍地とする「新戸籍」となった次第である。僕は依頼人に言った。(過去のこととして容認する選択はありませんか)と。しかし依頼人の返事は「信頼関係が保てない」との由。S子が最初から打ち明けていれば違ったかもしれないが、それに、その子が亡くなっておらず、仮に里親に出していたとしても「相続権」は発生するわけだから、男性側は到底看過できないものであろう。寸前までいった幸せなカップル誕生はこうしてついえた。-----------

探偵日記

2月 14

探偵日記 02月14日火曜日 晴れ

今日も一番乗りで事務所に着いた。自分でも本当に貧乏性だと思う。もう、そんなに早く来る必要はないのに、ベッドで横になっているのが罪悪に思えてしまう。ただ、今日は大事な面談が1件控えている。どのように説明したら良いのか迷う案件である。探偵は(やむくもに人のあらを探す仕事ではない)通常の調査を進めてゆくうち思いがけない事実に遭遇するのであって、実は、探偵自身も驚いたり悲しんだりするのである。しかし、得た情報を歪曲したり糊塗する事は出来ない。あくまでも真実を報告する義務がある。でも。である。その調査結果によってマルヒや依頼人の人生が変化したり、頓挫、停滞することになる。これが法人の調査の場合、(取引には一考を要す)であり、悪質なときは今後の取引を中止すべき。という結論を出す。しかし、人の場合、その判断がしばしば曇ることがある。僕が優しすぎるからだろうか。

10日のブログの続き。

マルヒのS子の本籍だけが異なっている。ふ~ん。彼女は交際相手に対し「自分は未婚で勿論離婚歴もありません」と明言している。しかし、父親の戸籍に入っている独身女性がその戸籍から除かれる(除籍と言う)のは、 イ)婚姻のため、そして、自身の戸籍を編製するに至るのは、離婚後、元の父親の戸籍に戻らない場合(復籍と言う)ロ)婚姻により子供が出来、離婚後親権を得た時は戻りたくても戻れない。ハ)不倫相手との間に子をもうけシングルマザーになった時。ニ)筆頭者である父親を嫌悪し、生家を毛嫌いして、戸籍上そこに留まっているのが死ぬほど嫌な時。但し、20歳以上の成人に限るという条件がある。などで、いずれにしても決して尋常な状態ではないのである。そして、S子の新しい本籍地を見て再び驚いた。なんと、千代田区千代田1番。皇居になっていた。------------

探偵日記

2月 13

探偵日記 02月13日月曜日 晴れ

昨日は、ひととのやCC定例の競技「月例」に参加した。今までは、年齢別の特典があって、70歳以上の者はシルバーティからやれたので、距離の出なくなった僕は大喜びで毎月参加したものである。ところが今月からみんなバックティでプレーしなければならなくなった。コースに7か所ある池越えをクリアする自信が無い。もう参加するのはやめよう。と思ったのだけれど、それも情けない。というわけで、恐る恐る出たのだが、結果として、ボールは1つも無くさなかったばかりか、途中までそこそこのスコアで周れた。むしろ、前からやってたよりはいいスコアで。な~んだ。と、思ったところで(もしかしたら)と欲が出て入賞がちらついたとたん、アプローチをトップして、夢ははかなくついえた。

今日は週の初日。年寄は縁起とかつまらないことにこだわる。年の初め、月の初め、そして、週の初め。朝食の後さっさと支度をして事務所へ。何か良いことありますように。

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2月 10

探偵日記 02月10日金曜日 晴れ

昨日は郷里の先輩と赤坂で食事して、その後、最近オープンした赤坂のクラブにでも行こうかと思っていたら、歌舞伎町のママからメールで、「今日来ればハーレム状態でもてるわよ」との由。生来女好きでスケベな僕は瞬時に予定を変更した。雪からみぞれ、やがて雨になった見附からタクシーで一直線、20時半頃歌舞伎町に着いた。勇んで店に入ってみると7割がた埋まっており、反対に、荒天を予想して休みのホステスもあって、僕たちの席に着いたのは入店してまだ数日の子と、ウバ桜(しのちゃんゴメン)やがてやってきたママに(嘘つきなにがハーレムだ)と文句を言ったが後の祭り。もう60近いだろうママは艶然とほほえみ知らん顔。帰りに、「よくぞ来てくれたサンキュー」と、ほっぺにチューしてくれて終わり。最近の僕はだいたいこんな感じで、帰りのタクシーで大いに反省する。

今やっている身元調査、少し考えさせられる現象が起きた。年齢31歳、未婚との申告。お屋敷町で有名な成城学園5丁目に家族とともに住みメガバンクに勤務中。しかも出身校は三田のK大。決して美人ではないがおっとりとした雰囲気のお嬢様。住所地における聞き込みの結果も瑕疵は無く、総じて、(配偶者としてみた場合特記すべき懸念は無い)評価である。ところが、父親の住民票を見てエッと思った。普通、住民票には、世帯主の父親から、世帯主の妻、長男、長女、次女、(最近は子供たちの続柄を廃し、いずれも子と記載される)というふうになっており、各人の本籍は世帯主である父親と同じである。
ところが、マルヒ(本件の場合次女S子)の本籍だけ異なり、しかも筆頭者が本人になっている。(どういうことだ)僕をはじめ調査員たちが首をかしげた。----

探偵日記

2月 08

探偵日記 02月08日水曜日 晴れ

昨日は「東京調査業協同組合」定例の理事会を行った。場所は、歌舞伎町の喫茶店「ルノアール」の会議室。8社が参加して、今年度の予定や抱負を語りあった。ご多分に漏れず我々の業界もぱっとせず各社低迷を続けている。皆が僕に問う。「TDAはどうしてそんなに安定しているのか」と。彼らも調査員の端くれならTDAが安定しているか、好況か分からないのか。と思ったが、とりあえず僕のことをそのように見てくれるのは光栄である。ということで、ひと言。(依頼人を好きになれ。そして心からその人のために尽し、納得してもらえる結果を示し、決して欲はかかない。そうすれば後々に繋がる。)と諭した。他社の話を総合すると。(リピート率0)だと言う。しかし、TDAはほぼ100%リピートである。みんなは「その違いを教えてくれ」と言う。なかなか表現するのは難しいが、(とにかく人を好きになり、優しくなれ)まあ、こんな抽象的な言い方では理解不十分だろうが、僕は50年近く、このことを信条としてやってきた。(嘘つきター坊)ならではの人生訓かな。(笑)
今年は、マスコミなどを通じて、組合の存在をもう少し世に知らしめる努力をしよう。ということで閉会。その後、しゃぶしゃぶ「しゃぶ叙」で食事して解散。若い彼らに幸あれ。

探偵日記

2月 06

探偵日記 02月06日火曜日 晴れ

抱えている案件のうち2件に進捗があった。一進一退(調査に一退はないが)を続けていたがやっと結果につながる部分が判明した。

千代田区長選、予想通り現職が与謝野信氏らに大差をつけて5選を果たした。僕はあることからこの選挙結果に注目していた。そして、僕の考えていた通りなのだが、5期は長いような気もする。若い人にバトンタッチしても良かったんじゃあないかとも思うし、小池絡みっていうのも気に入らない。どの国でもそうなんだろうが、日本人は特に(付和雷同)気味で、風に流される傾向が強い。かっての民主党や日本維新の会もそうだったが、今回、今の都連の議員らも主義主張を捨てて小池人気にあやかろうとしてるらしい。(ばっかじゃあないの)と腹立たしくなる。

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2月 03

探偵日記 02月03日金曜日 晴れ

何だか気分が優れない日が続く。調査も自分が思っているようには進まず調査員の報告にイラつくときが多い。そんな時、果たして自分が若いころ、僕を使っていた責任者はどう思っていたのだろうか?と思う。自分で言うのも変だけど、僕は比較的要領の良いほうだった。したがって、先輩や上司の問いかけに如才なく応じていたのだろう。今の若い人はそういう場合のやりとりが下手なのか。
探偵学校で僕は「受件と報告」という講座を受け持っていた。我々の業務は誰かに頼まれてやるもので、勝手に行うことは無い。したがって、調査を依頼してくれる人との交渉が第一歩で、しっかりその人の話を聞き、難易度を判断しながら「調査料」を決める。この第一段階をおざなりにすると後で痛い目に遭う。依頼人の何気ない独白からヒントを得ることもあるし、うっかり聞き逃したため実際の調査で後手に回ることもある。では、僕の若いころ、責任者は噛んで含めるように指示してくれただろうか?してくれたような気がする。ということは、調査員に対する僕の指示は、もうひと言足りないということになる。

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1月 31

探偵日記 01月31日火曜日 晴れ

昨日と今日では10度近く違うとか。寒い朝だった。昨夜は主治医が聞いたらさぞ怒るだろう深酒をした。まあ、酒に強い人ならばどうってことは無いかもしれないが、本来、下戸の家庭に生まれた僕は弱い部類に入るだろう。ちなみに、ビール2本、ひれ酒2杯、ワイン4杯、焼酎3杯、いい気持になって帰宅したのだが、目覚めは最悪。8時の朝食は何とか美味しく食べれたがその後二度寝。今日大事な予定があるので正午ごろ事務所へ。

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1月 30

探偵日記 01月30日月曜日 晴れ

08時35分事務所着。「ねえ貴方明日朝電気屋さんが来るから早く出てくれない。」昨夜ご飯を食べている時、見張り番からお達しがあった。なんでも、ダイニングのテレビが壊れ、洗面所に置いてある洗濯機も不調だという。テレビのほうは、真ん中に2本の筋が出来、そろそろかな。と思っていたので致し方ない。洗濯機も物凄い音がするので、機械オンチの僕は(こんなものなのかな)ぐらいに考えていたが、そうでもなかったらしい。加えて、玄関の電気が切れて、「ねえ直してよ」と言われたが、そんなことは武士の(否、男の)することじゃあない。というふうに躾けられた僕は返事もしない。「男子厨房に入るべからず」なんてどこの誰が言い出したのか知らないが、おかげで僕はテレビのスイッチも判らない。

今日からタクシーの初乗り運賃が変わるとか。1キロちょっとで410円になるらしい。ところが、これは数字のマジックで6キロを超えると逆に高くなる仕組みである。僕は毎晩歌舞伎町から阿佐ヶ谷までタクシーで帰るが、だいたい2700円ぐらい。これが3000円になるだろう。お上のやることは分からない。

探偵日記

1月 27

探偵日記 01月27日金曜日 曇りのち晴れ

10時、高田馬場の喫茶店で依頼人と面談。この人は時々ご依頼くださるが、必要経費などあまり細かいことをおっしゃらず、大変有難い依頼人と言えよう。
面談を終えて11時事務所着。困難だった案件が昨夜成功裡に終了した旨の報告を受けひと安心する。この案件は、他の探偵社が調査をしていたのだが一向に結果が出ず、弁護士の意向で小社にお鉢が回ってきたものである。概して、こういう経緯の依頼は手こづる。果たして、尾行を始めると困難を極めた。前任の事務所で(バレテーラ)になったものと思われるがなんとか解決を見た。(会いたさ見たさに怖さを忘れ)たのだろう。後ろを振り返りつつ二人はホテルに行った。(笑)

明日からまた調査員は休む暇もなく張込尾行調査に従事することになる。寒空の中本当にご苦労様だ。出来る事なら僕も加わってやりたいと思うこともあるが、みんなが嫌がる。寂し~

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1月 24

探偵日記 01月24日火曜日 晴れ

一通り朝の行事を終えて、10時半事務所着。事務の高ちゃんと所長、女子調査員1名、社労士の娘が在社している。今抱えている案件は3件、そのうち2件はやや困難な調査となっている。小田急沿線に住むサラリーマンで、ごく普通の不倫調査なのだが、相手が「神出鬼没」(こっちが勝手にそう思っているだけかもしれないが)何しろ、マルヒと相手の女性に家が隣り合わせ、しかも勤務先が一緒で、職務上行動を共にすることが多い。帰りもマルヒの車で一緒に帰って来る。

双方の家庭は家族ぐるみの付き合い。もしかしたら依頼人の思い過ごしでは?と言う調査員も居るが僕はそうは思わない。二人は確かに通じている。探偵の勘?そうじゃない。二人の顔に「浮気の相」が見える。余談だが、昔、僕の大先輩で有名な探偵が居た。或る時、子供が家出した探して欲しい。という依頼人夫婦が彼の探偵事務所を訪れた。一通り話を聞いた名探偵を自称する彼は、1枚の東京都の地図を広げ、数分瞑想していたが、かっと目を開くや、地図上のある地点を指さし、(子供さんはここの黄色い屋根の家に居ます)と言ったらしい。夫妻はあきれて、ほうほうの態で彼の事務所を後にしたとか。73歳にならんとする僕もその先輩の境地に至ったか。-----

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1月 23

探偵日記 01月23日月曜日 晴れ

今朝の散歩は猛烈に寒かった。朝4時45分、無情なタイちゃんの一声で夢から覚めた。良く覚えていないけどもう少し続きを見ていたかったような気がする。セーターの上にダウンを着て、マフラーを首に巻く。それでも外に出た途端寒風にあおられ震え上がった。しかし、多分僕と同じ年のタイちゃんは元気一杯に歩き、小1時間真っ暗な住宅地を進む。本当は、この後、ジムに行くはずだが世界一寒がりの僕は何時もサボる。

昨日、某ホテルで行われた国会議員の資金集めのパーティに行った。勿論招かれざる客として。(笑)受付をすませコートをクロークに預けソファに腰かけて待っているとK大臣が姿を見せる。続いて、かって自民党の幹事長を務めた大物、さらに、M大臣。可笑しかったのは、これも元大臣の女性議員が正面玄関から姿を現し、僕を見て「お久しぶり」と言ってにっこり笑うではないか。瞬間、あれどこの店のホステスだったかな?と思うぐらいケバい服装で、しかも厚化粧。最近、熟女クラブに行った記憶が無いけどな~。なんて考えてやっと思い出した。Sちゃんだと。-----------

探偵日記

1月 20

探偵日記 01月20日金甌日 雪

朝4時半、タイちゃんを連れて外に出た時は暖かく感じたが、事務所に行こうと思って家を出ると小雪が舞っていた。近くの停車場(JR阿佐ヶ谷駅のことだけど)まで高架下を歩き電車に乗る。この雪も午後は雨に変わるとか、僕的には積らなければこのままでいいのだが。

昨日は予想に反して、好天気のなかゴルフをした。朝7時37分のスタートなのに全く寒くない。15日の日曜日とは大違いで、気持ちのいい1日だった。その後、床屋さんに行って、初めてのご依頼人と面談。内容は、(某1部上場企業の会長にお金を貸し続けているが、全く返済してくれない。)というもので、もしかしたら同名異人じゃあないかと思い始めて。と言う。数千万円もの大金を、その都度秘書を名乗る人物に手渡しし、借用書も無いという。その秘書さん以外にも登場人物、河野自民党議員秘書、みずほ銀行の某支店長などがいるが誰とも会ったことは無い。僕は言った(オレオレ詐欺と一緒だね)と。やっと、(どうも変だ)と思った相談者は、その重役さんとの電話の会話を録音し、メールも保存しているらしい。しかし、これだけの傍証で警察が取り合ってくれるか?答えはノーだ。

ゴルフの後、力を振り絞って受件に臨んだ案件がコレ。トホホ。

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1月 17

探偵日記 01月17日火曜日 晴れ

昨年の10月頃から左腕の付け根辺りが痛く、放っておいたらますます酷くなった。遂に、整形外科に行こうと思って色々探しているが、なかなかこれといったところが見当たらない。ネットで探してみると、阿佐ヶ谷に有る某クリニックなど酷い書き込みをされていた。これを読んだ人は決して行かないだろうと思えるほどだ。じゃあしょうがないから死に来た病院にしようかと思い電話をかけたら、朝8時前に来て待てという。それでも、もっと早い人がいて定員になりしだい受付終了とか。とにかく、ひざや肩、腰の悪い人がやたら多いのには驚いた。
今日一日、事務所に近い医院を探そうっと。

探偵日記

1月 16

探偵日記 01月16日月曜日 晴れ

昨日のゴルフも寒かったが、今日も極寒である。荒天に弱い僕はこんな日は何にもしたくないのだが、月曜日からそうもいかないので嫌々支度して事務所に出た。明日報告する「報告書」を作成してランチに。麻雀もしたいが外に出るのが怖い。1月生まれで、北海道出身の見張り番(妻のこと)は、ぜ~んぜん寒くないじゃあないの。と言って笑うが、6月生まれの僕は暖房が入っている事務所に居てもマフラーを離せない。

探偵日記

1月 13

探偵日記 01月13日金曜日

今日は13日の金曜日。今年はもう1回10月にある。欧米では不吉な日とされている。有名なコミック漫画「ゴルゴ13」のタイトルもこの不吉な日から取ったものだろう。そういえば、まだ1度も経験はないが死刑台へ向かう階段の数も13段という。日本人の自分には関係ないが、小心な僕は何となく心配になる。

今朝は9時半に駅前のクリニックへ。火曜日に検査した結果を聞くのと大量の薬を貰うためだ。美しい女医は「特に変わったところはありませんが、お酒を控えめにしてください」と決まりきった所見を述べる。患者は僕を含めほとんどがジジババで3人に一人は杖をついて訪れる。看護士や受付の女の子らは、これらの人たちにかんで含めるような言葉で接している。次の予約を入れるだけで数分を要す場合もある。(年寄笑うな行く道ぞ)という言葉もある。僕もそう遠くない日に

探偵日記

1月 12

探偵日記 01月12日木曜日 晴れ

昨日のゴルフコンペ隔月の第二水曜日に行われる「二水会」コースは何時もの、埼玉県毛呂山町のエーデルワイス。零下だとか、雪になるかもしれないという予報だったが、杞憂に終わった。どうかするとちょっと暑いぐらいの好天気。ただ、調子はいまいちで、良い時と悪い時が交互にあって、結果は3位。二次会は阿佐ヶ谷の「えん家」でやり、8時過ぎには帰宅。今朝は6時40分に朝食を摂り、9時に、「ホテルオークラ別館」で地方から上京中のご依頼人と面談。もう15年のお付き合いで、今日も新しい案件を頂いた。10時15分事務所に戻った。

ロマンチックな恋の結末 32

それからも時々連絡するのだが返事のないまま数か月経過した。弁護士のほうは依頼された案件が宙ぶらりんで困ったようだが、まあ、着手金を多めに貰っており「気にしないでください」と言っていた。それにしても無責任な話である。探偵に僕にはいいとしても、弁護士には連絡をしてもらいたい。携帯の留守電に入れたりしたが無のつぶて。そのうち、弁護士も僕も諦めて、同時に何となく忘れてしまった。

それにしても、マルヒの夫からも弁護士事務所への連絡が途絶え不思議に思っていたが、それからさらに巣か月たった時、調査員のOが、「所長、田沢湖の近くの山中で、あの先生とおばちゃん心中したみたいですよ」と言ってきた。僕はテレビをほとんど見ないが毎朝新聞は必ず読むようにしている。ところが、泊りがけのゴルフがあって、2日ばかり読んでいない。エッと言ってOを見ると(なんだ知らないのか)と言う表情で詳しく説明してくれた。なんでも、山菜取りに山に入った地元の主婦が発見したらしい。男性のほうは、ポケットに入っていた手帳や名刺から、女性は運転免許からそれぞれ身元が判明したという。男性は、東京の大学教授、女性は地元に住む人妻。と、報道されていたらしい。

僕は複雑な心境になった。そして、数か月前、最後に依頼人母娘に会った時の会話を思い出した。二人とも、マルヒの持つ有価証券や保険にこだわっていた。探偵の僕には縁のない額の預貯金もあって、(外に女を作られた)妻にとって、もともとそれほど大事に思っていなかった夫のことである。別れるなら根こそぎ取りたい。と言っていたし、「福田さん、何とかならない?」と、意味ありげに問われたこともあった。相手の女性に話が及んだ時に、吐き捨てるように「あの外道」と言った依頼人の顔が浮かんだ。(ちょっと調べてやろうかな)まさか母娘が自殺に見せかけて亡き者にした。とも思えないが釈然としない気持ちで数日を過ごした。しかし、好奇心もそこまでで、立て続けに舞い込んだ調査に追われ、いつともなく忘れてしまった。-------------

探偵日記

1月 06

探偵日記 01月06日金曜日 晴れ

今日は気温は低いけど風が無いので暖かく感じる。弁護士事務所を訪問するため、伊勢丹でお年賀を買って事務所へ。
1月11日に行われるゴルフコンペ「二水会」の準備に追われ落ち着かない。なんで幹事を引き受けたか反省しきり。まだ年賀状も全部見ていない。

探偵日記

1月 05

探偵日記 01月05日木曜日 晴れ

今日は我が事務所の初日。12時にランチを兼ねて顔合わせ。事務所の近くイタ飯屋で。ただ、体調が悪い人、仕事のある者がいて総勢とはいかない。その後は年賀状を見たり仕事の整理で歌舞伎町に出るのは3時以降か。相変わらずの不良生活がスタートする。3,4日は栃木県のひととのやCCでプレー。見張り番との気の入らないごるふだったが、好天に恵まれそれなりに気持ち良く回れた。

探偵日記

12月 29

探偵日記 12月29日木曜日 晴れ

昨日は事務所の忘年会。2名が欠席して10人の淋しい会になった。それでも、ビールや焼酎の他にワインを4本開けて、店への義理は果たせたと思う。フレンチの店で、数年前、今の事務所に移転する前のビルの前にあったのが、西新宿に移った。可愛いマダムとイケメンのシェフ。大きな店が一杯になっ他のも嬉しい。二次会は阿佐ヶ谷のスナック。大勢の仲間と盛り上がる。今日は、全国的に29日もうじたばたしても無駄。深く反省して、とてつもなく早く短かった1年を振り返る。来年はどうなることやら。

ロマンチックな恋の結末 31

一方、依頼人母娘はマルヒの実家から得た情報をもとに文字通り額を突き合わせて協議している。たまには僕も加わって意見を求められることもあったが、二人の剣幕に押されただ、たじたじとするばかり。発言が二人の意に沿わないものだったら大変である。「福田さんはどっちの味方なの」なんて理不尽に攻められる。ただ、驚いたことに平凡な、否、むしろうだつの上がらない大学教授のマルヒは、意外と蓄財の才があるようで、かなりの預貯金と有価証券、年金保険などを持っており、これらを総て奪い取ろうと企む二人も苦心していた。

そうした或る日、H弁護士から電話があり「福田さん依頼人と連絡が取れなくなったんですが何かご存知ですか」と言う。そういえば、僕ももう1週間余り会って無いし連絡もない。(いえ、判りませんがどうしたんでしょうね。じゃあ今夜にでも自宅へ行って様子を見てみます)と言って電話を切った。実は、この頃には依頼人母娘は自宅に戻って、用心しながら生活をしていたのだ。念のため自分でもまず依頼人に、その後、娘のほうにも電話をしたが、発信音は鳴っているのに出ない。調査員のOに命じ、様子を見に行かせたところ「電気もついていますし、人の声も聞こえます」と、報告してきた。ということは、普通に電話を受ける事が出来るのに承知して拒否している。ってことだ。何故だろう?-----------------

* 今年のブログは本日をもって終わります。また来年もどうぞよろしく。みなさま、良いお年をお迎えください。

探偵日記

12月 24

探偵日記 12月24日土曜日 晴れ

昨日は緊急の案件で川崎まで行った。あいにく尋ねた人が不在で無駄足になったがメモを置いて来たので連絡をくれればいいが。と思っている。今日も土曜日だが所用があって車で事務所へ。夜は恒例になったステーキ店で家族とイヴの乾杯をする予定。慌ただしい年末になりそうである。

ロマンチックな恋の結末 30

東京に帰って、母娘でマルヒの日記や写真あるいはメモなどを整理するという。二人はまだ僕の名前でとったホテル住まいである。(ご不便でしょうね)と問うと、二人は「いいえ快適です」と言う。一方のマルヒもホテルでの生活を余儀なくされ、弁護士事務所を毎日のように訪問して、「先生何とか良い方法を考えてください。」と迫っているらしい。そして二言目には「妻の分も含めて費用はすべて私がお支払いいたします。」と言っているようだが、弁護士としてはとんでもない申し出で、そんなことをして、後で異議を唱えられれば、倫理委員会にかけられ「懲戒」処分を受ける羽目になる。

そんなこんなで膠着状態が続き、母娘も弁護士の助言で自宅に戻ることになった。マルヒはそんなことは露知らず相変わらずホテルに留まり、時々は大学に行く生活のようで、何度も面談している弁護士は「いやあ、夫のほうの力になってあげたくなっちゃいますよ」と言う。話せば話すほど好人物に思えるらしく、頑なな主張を繰り返す依頼人母娘にうんざりしている様子も窺えた。これは探偵にとっても同じような気持になることが良くあって、確かに浮気をしたマルヒが悪いとは思うが、思わず同情することもままある。ただ、そんな妻にしたのは誰~れ。になるのだが。

探偵日記

12月 21

探偵日記 12月21日水曜日 晴れ

今日もいい天気。だけど僕は風邪気味で心身ともに不調だ。毎日が何となく面白くない。それでも、やることはやらなきゃあならず、歯を磨いて顔を洗って家を出る。大好きな麻雀も(どっちでもいい)感じだから行かない。今日も早く帰って寝るつもり。

ロマンチックな恋の結末 29

マルヒの教授は数年前母親に死なれかなりのものを相続した。その時、教授の妻(すなわち僕の依頼人)も口出しし、夫婦と教授の姉と仲違いした。まあ、地方都市のことでもあり、とっくにバブルも終わっていたので、驚くほどのものではなかったが、それでも少々こじれたようだ。最終的に、預貯金及び有価証券の類は折半し、教授らが生まれ育った実家の家を教授が、小さなアパートを姉がそれぞれ相続した。

まだ、弁護士に依頼する前、「福田さん一緒に行って調べてほしい。」と言われ、教授の実家に赴き、家の中をざっとちらべた結果、不倫相手に関する10数年に及ぶ記録や資料が出てきた次第である。家族や周囲から(メモ魔)と揶揄されるほどの教授だったから、彼女との馴れ初めから最近のことまで、文字通りびっしりと書かれてあり、閨の様子さえ事細かに記されてあった。性格や物の考え方に加え身体の相性も良かったのだろう。教授は、ひそかにつけていた自身の日記に(人生を2度味わえた)などと書いてあった。記述に加え膨大な写真を見てみると、沖縄から北海道、数年に一度パリやニューヨーク、オランダにも足をのばしていた。「これって動かぬ証拠になりますね、持ち帰りましょう。」と、依頼人。僕は(いやそれは止めときましょう。例え夫婦でも無断で入った挙句に、ご主人の所蔵物を持ち出したら、まあ、窃盗とまではいかなくても攻撃材料にされかねません。)と宥め、(その代り、僕が特殊な方法で調査した結果判明した事実関係の傍証として必要に応じ提出しましょう。)とアドバイスし、渋る依頼人の機嫌を取りながら帰京した。------------

探偵日記

12月 20

探偵日記 12月20日火曜日 晴れ

今朝は暖かかった。NHKの予報も11月中旬並みといっている。昨夜は風邪気味だったので早々に帰宅。夜、おじやを作ってもらい薬を飲んで寝た。熱は36,4°平熱が35°ぐらいなのでやや高い。酒も飲まなかったので、朝は比較的快調。ご飯も美味しく食べて10時過ぎ事務所へ。そして懲りない僕は今夜は遅くなる予定。(笑)

ロマンチックな恋の結末 28

その弁護士事務所は小奇麗で、まだ独立して間もないような印象を受けた。事前の情報だと弁護士は静岡県出身で50歳の東大卒。専科は違えども自分の後輩にあたる。そんなことを思い描きながら応接室に通された。秘書の女性は想像した通りの美人である。まあ、経済的な問題ではなく、愛人をつくって妻に怒られている男として少しばかり優越感を覚えた。と、教授は呑気に考え、これから遭遇するであろう地獄の仕打ちなど思いも及ばなかった。

少し待たされたあと弁護士が応接室に入ってくる。Hです。名刺を出され、教授も自分の名刺を渡す。以後、お互いに「先生」と呼び合った。(このたびはお手数をおかけして申し訳ない。)と、教授が言えば、弁護士先生は、「いえいえ、ご依頼されればお引き受けせざるを得ませんので、失礼な物言いがあるかもしれませんがご容赦ください」と応じる。一般的に静岡の人は穏やかだといわれるが、この弁護士も人の良さそうな感じで一安心した。(いやあ、まいりましたよ。家に帰ってみたら鍵は取り替えてあるし塀も何だか忍者屋敷みたいになってて)と、ほとほと困ったという顔をして見せる。弁護士は、ちょっと苦笑いして、「そうなってましたか。お嬢さんといらっして、お二人とも相当な剣幕で」続いて、「ところで、奥様は何が何でも離婚したいとおっしゃっているのですが、先生のほうで翻意させる事は出来ませんか。」と聞いてくる。専門バカを絵にかいたような教授に上手い方法なんかあるはずもなく、出来れば今目の前に座っている弁護士に何とかしてもらいたいぐらいだ。

(当面離婚の意思はない)と主張する教授に対し、弁護士は「ご主人のお気持ちは良く分かりました。私も、何も離婚ありき。という考えではありませんから、その旨奥様に伝えましょう」ただ、どうしても調停が不能ならば「本訴」ということになるでしょうが、現状では、一発で離婚の判決が出るでしょう。長年にわたって妻を欺いた夫に勝ち目はない。それから、相手女性に対しても慰謝料の請求をするとか、離婚に伴って発生する財産分与などにも触れ、「先生もどなたか代理人をお立てになったほうが良いかもしれませんね。」と、最後通告みたいに言われその日の面談は終わった。----------

探偵日記

12月 19

探偵日記 12月19日月曜日 晴れ

昨日のサンサン会は散々だった。朝から体調が悪く力が出ないまま18ホールを終えてしまった。加えて、前の人たちがグリーン上でパットをしているときに打ち込んでしまった。仲間だからいいようなものだが〇暴だったらただじゃあすまなかった。ミドルホールでTショットをミスして、残りが185ヤード、どうせ届きっこないと思いスプーンで打ったら、ナイスショットしてグリーンをオーバーしてしまった。そのホールは寄せてパーを取ったが、前の組の人たちから「足に当たった」などと言われ、勿論冗談だが(わかった。パーティの後高級クラブに招待してやる)って、約束したので、阿佐ヶ谷でパーティの後目の前のスナック「みさほ」に5人ほど連れて行ってやった。にぎりで散々負けた上に200万円(ウソ2万円)使う羽目になった。

今朝も何となく頭が痛い。それでも気を取り直して事務所へ。遂に年賀状を書き終えた。

ロマンチックな恋の結末 27

あの~田園調布の○○ですがH先生はいらっしゃいますか。と言うと、多分美しいであろう事務員は「ハイ、○○様ですね。今弁護士と代わります。」と応じ、待つこともなく弁護士が電話に出た。年のころは50歳ぐらいだろうか、嫌みのないバリトーンの声で「あ、弁護士のHです。奥様からご依頼を受けました件、一度ご主人とお話がしたいと思っております。ご都合のよろしい時事務所にいらっしゃっていただけませんか。勿論、私のほうでご指定の場所にお伺いすることも可能ですが。」と言う。教授は悠長なことを言っていられる場合じゃあないので、(あの~もし宜しければこれから参りたいのですが)と言うと、先方は少し考えた後、「はい、結構です。それじゃあ17時に事務所のほうでお待ち申し上げます。」と言った。

まだ少し時間がある。教授はホテルの部屋で思案し、郷里に住むたった一人の姉に電話をかけ、事の経緯を説明し意見を聞いた。数年前、相続のことで多少揉めたいきさつがあって、姉とはあまり仲良くない。それでも、他に誰にも相談できないし、友人や大学の先輩とか後輩に弁護士も何人か居たが、日ごろフランクな付き合いをしていないせいもあって、いざとなると電話をすることさえ憚られた。姉は、「貴方が悪いことをしたんだからひたすら謝罪するしかないわね~」と、にべもない。相談するべきじゃあなかったと後悔したが、それでも「まあ、どうしてもの時は私が中に入っても良いから、また電話かけなさい。」と言ってくれた。
そうこうするうちに時間が迫って、重い足取りで銀座にあるという法律事務所に向かった。------------