探偵日記

3月 13

探偵日記 03月13日月曜日 曇り

土曜日、久しぶりに従兄の家族と会った。従兄は入院中で、その奥さんと二男の妻子。2歳半という娘がたいそう可愛く、幸せなひと時を過ごせた。従兄の妻が言うには、僕の生母から預かってる品があり、それを渡したい。との由。受け取ってみると、懐かしい写真の数々。それと、祖父母の戒名が書かれた木札が入っていた。16人兄弟の末っ子の母が、自分の流転人生に片時も離さずに持ち歩いていたらしい。祖父母は山口県の出身で、若いころすでにもうけていた3人の子を連れて朝鮮に渡り、京城(今のソウル)でひと財産を築いたが、敗戦によって全てを失った。今後は、僕がその木札を大切にしなければならないのだろう。

探偵とは 8

最近はテレビなどに出る探偵が増えた。まあそれによって受件に結びついているようだから、ある種の営業で結構なことである。では、自分にオファがあったらどうするか。迷わずお断りするだろう。と思う。平成の初め、フジテレビの「今夜は好奇心」とかいう番組があり、うっかり顔を出して失敗した経験がある。制作の過程で他の調査員はモザイクをかけてもらったが、責任者だけは素顔を出してもらいたい。というのが制作会社の要望だった。当時事務所には20数名居て僕が現場に出ることはほとんどなかったから承知した。ところが、この頃、銀座の某高級クラブに客を装って内偵に入っていた。身分は広告会社の営業部長とし、依頼人にいただいていた潤沢な経費で豪快に遊んでいた(否、実は仕事なのだが)のに、バレテーラのなったのである。
しかし、最近はホームページなどに顔写真を載せるほうが客に安心感を与えるとかで、公開する人が多いとか。これも時代の流れだろう。

探偵日記

3月 10

探偵日記 03月10日金曜日 晴れ

今日は最高気温15度とか、昨日に続きコートもマフラーもなく出社した。まさに、小唄の文句ではないが、梅は咲いたか桜はまだかいな。の季節となった。日曜日の月例が楽しみだ。

探偵とは 7

探偵になって僕が良く思うことは、刑事になればどうだったか。ということである。一方の刑事さんは退職後の職業として探偵を希望する人が多いと聞く。実際に元警察官が業界に多数いる。Kの前職は内装屋だったようだが、ずーっと探偵に憧れたいたらしい。それにしても度が過ぎた。6、で書いたようにKは独立するにあたって、千代田区一番町に事務所を設けたが、本当の事務所名とは別に「調査庁」というまやかしの名称も使っていた。当時、近くに本物の調査庁が存在したが、これに便乗して悪用したのであった。しかも、ご丁寧なことに、「株式会社調査庁」という歴とした会社まで設立したのだ。例えば、鹿児島県の片田舎に本籍を持つ人の調査をする場合、戸籍謄本を入手するため、かの地に赴く必要がある。しかし、Kはすべて電話でその情報を蒐集した。まず役場に電話をかけ、(え~こちらは東京の調査庁ですが、〇×のBさんの戸籍を見てもらいたいんですが。)と言う。当時は、個人情報保護法何て悪法も無かったので、職員が電話の主を疑わずそのまま待たせて読み上げてくれた。仮に、「ちょっと時間をください折り返します」といわれても、次にかかってきた時、(ハイ、九段の調査庁です)と応じる事が出来るのである。嘘をついているわけではない。もうン十年前の話だからこうして書けるが、現在なら大問題だろう。小心者の僕などとてもまねのできる事ではなかったが、古き良き時代だった。

探偵日記

3月 09

探偵日記 03月09日木曜日 晴れ

昨日今日と良い陽気の日が続き、本格的な春の到来を感じる。とはいっても、特別心が弾むわけでもなく、寒がり屋の僕にとって、過ごしやすくなっただけのことである。ゴルフの調子も悪く、麻雀も負け続けているし、体調もいまいち。「春は名のみわが身は侘し」だ。打開策と言っては何だが、こんな時は何かでっかい事件の依頼があれば、鬱々とした気分も瞬時に解消する。という程度の単純明快な「探偵」なのである。

探偵とは 6

帰り道、Kに聞いた(あのさ~あれって官名詐称じゃあねえの)Kは不敵に笑い「フクちゃんバレ元だよ。」と言う。そして、警察手帳そっくりの黒皮の手帳を見せ、「フクちゃんにも作ってやろうか」と言うので即座に断った。おっちょこちょいで軽薄な僕だが、そのくらいの危機管理は出来たのだろう。しかし、後輩のくせして「フクちゃん」はないだろう。と思ったが、そんなことで文句を言う気にもならず、以来、彼との連絡が途絶えるまでフクちゃんは続いた。やがて僕が独立し、その後すぐにKも千代田区一番町あたりに事務所を設けた。事務所を訪れた元同僚によると、調査員全員(といっても2~3名だったが)に警官の制服を着せ、正面と横から撮った写真を貼りつけた手帳を持たせていたらしい。罪はともかく、内偵(聞き込み、情報収集など)には絶大な効果を上げたことは言うまでもない。

探偵日記

3月 07

探偵日記 03月07日火曜日 晴れ

今日は組合の理事会、毎月第一火曜日、16時から歌舞伎町のルノアールの会議室で行われる。部屋は1年間借りている。しかし、会議室の場所が悪かった。終わるのが18時、ちょうどビールが恋しくなる時間。まあ、明日ゴルフの予定だから、食後の二次会は無いと思うが。
朝、駅前のクリニックで2か月に1度の定期検診。総合評価は数日後の診察日まで判らないが、今日は、「血糖値180、血圧130と73」まあ悪くありませんね。って。

探偵とは 5

東京探偵事務所を半年でクビになったことや初日と次の日高田の馬場駅でまかれたことは前に何度か書いたが、その半年の間、何人かの面白い男と出会った。極めつけはKという男。年齢は僕と同じだったように記憶するが、発想は毎度仰天した。或る時、所長に命じられ吉原のソープランド(当時はトルコ風呂といっていた)のホステスの身元調査に赴いた。(どうするんだろう?少し経験のある僕がしり込みするのだから新米のKも同様じゃあないかな)と思っていたら、「先輩行きましょう」Kは自信たっぷりに言い、やがて目的の店に着いた。「任せてください。先輩は何も言わなくていいですから」なぞと、生意気な感じでフロントへ。
出てきた受付に「オイ、支配人を呼べ」Kは何やら黒い手帳のようなものをかざし居丈高に言う。やがて恐る恐るといった感じで支配人が出てくると、「オイ、従業員名簿を持ってこい」と言いつけた。どうなっちゃうんだろう。逃げ出したくなった僕にかまわず、相変わらず尊大な態度で辺りを睥睨している。やがて支配人が持参した名簿から目的のホステスの住所や本名などを書き写し「ご苦労さん」と言って外に出た。振り返ると支配人はほっとした表情でもみてをしている。

探偵日記

3月 06

探偵日記 03月06日月曜日 曇りのち雨の予報

またまた月曜日。早いもので今年10回目の月曜日。あと、振り替え休日を除き34回月曜日があり平成29年も終わり、もしかしたら年号が変わるかもしれない。そして僕も75歳になって、教習所で(認知症)のテストかなんか受けているかも。(笑)昨日は申し分ない好天の中、何時ものひととのやCCでプレーした。スコアはここ数年経験したことのないワースト1の数字で、明後日の(二水会)12日の月例、さらにその翌週の(サンサン会)が怖い。何しろ疲労が激しく頭もボーとしてスイングもおかしかった。グリーンそばから2回OB。前夜飲んだ誘眠剤と、花粉症の薬がしっかり効いたのか、緊張感0で1日が終了した。それでもみんなと阿佐ヶ谷に帰って18時集合。楽しく飲んで21時就寝。ヤクの世話にならず熟睡した。

探偵とは 4

僕は、帝国興信所(今の帝国データバンク)に勤務していた叔父の勧めでこの世界に入ったのだが、本格的に「探偵」の修業を始めたのは、当時神田の西口から徒歩5~6分の所にあった「東京探偵事務所」である。所長は「新倉さん」という40絡みの渋くていい男だった。新倉さんは、日本橋蠣殻町に有った「佐藤探偵局」の出身で、独立して初めて採用したのが僕だった。「ねえ、お給料はいくら欲しい?」女みたいな優しい言い方で聞く。オカマかな。と思ったが、そんなはずはあるまい。と思い直して、(いくらでも結構です)と、僕は応えた。そんな欲のない感じの僕が気に入ったのか、昭和44年、月給3万円で即決採用された。新倉さんのいた佐藤探偵局の女性所長「佐藤のぶえ」さんは、宮内庁御用達の探偵「佐藤みどり」さんのお母さん。偶然にも僕は由緒正しい?探偵事務所と出会えたわけである。

探偵日記

3月 03

探偵日記 03月03日金曜日 晴れ

今日はおひなさまの日。女児のいる家では数日前から飾られているだろう。遠い昔、我が家もそうだった。その頃まだ(まあ、今も変わりはないが)余裕が無く大したものは買えなかったように記憶しているが、形ばかりのお祝いはした。その娘も誕生日が来れば47歳。自分も年をとるはずである。息子が46歳。下の娘も43歳になる。そうした子供たちにも成長過程に幸不幸があって、長女が二十歳の時はバブル真っ最中。日本橋の呉服屋に連れてゆき(1匹もの)と称す振袖と帯、合わせてン百万円かけた。翌年、あっという間にバブル崩壊。しかし、長男の時はスーツを作ってやってハイお終い。男の子は簡単だ。

探偵とは 3

時々思う。探偵の資質ってなんだろうと。生涯この仕事で終える僕も特段探偵としての資質があったわけではないように思う。確かに、変化に富んだ業務の連続で、毎日テレビのドラマを見ているような面白さはあるが、雨や雪の日、また、真夏日中の張り込みはきつい。細い路地での張り込みもまた然りである。僕は常々、?マークの多い人が探偵向きだと思っている。断っておくが(疑い深い)という意味ではない。ある場面に遭遇して、瞬間的に(ンはてな?)と考える人。という意味である。想像力といっても良い。

探偵日記

3月 02

探偵日記 03月02日木曜日 曇り午後雨とか

11時、報告と集金があって、依頼人と会う。古くからの依頼人で、渡した報告書を見るでもなく、費用を払いさっさと帰って行った。互いの信頼関係が出来ているのだろうが、探偵にとって上客といって良い。但し、ご依頼人が僕のことをどう思っているかは不明。(笑)

探偵とは 2

昨年5月、また2人若い調査員が独立していった。これで15名が僕の所から巣立ったことになる。探偵見習から一人前の探偵として、不況下の荒波にいかだで船出するようなもので、当の本人は不安で一杯だろう。日本の探偵業界は5000社あるといわれている。しかし、大半は1人1社で、或いは数人で営んでいるがいずれも零細である。しかし、こういった一匹狼的探偵のほうが腕は良い。なぜならば、必死にならなければ生きてゆけないから。

探偵日記

2月 28

探偵日記 02月28日火曜日 晴れ

昨日は赤坂の和食店「ななみ」で食事して22時帰宅。ビールと焼酎2杯でやめたので目覚めは悪くなく、朝食の後、早々に支度して家を出た。ネット関連の会社で、主に投資のアドバイスをやって、急成長を遂げた会社の社長からのオファで面談した。何でも探偵の話題でブログを立ち上げ集客できれば。との目論見らしいが、高齢者の僕には理解不能である。しかし、週1,2度取材に応じる程度なら暇つぶしになっていいかな。と思いOKした。ご依頼人には申し訳ないが(面白い)話はゴマンとある。スチュレーションを変えておけば、ああこの話はあの人のことだ。とは誰も気づかないだろう。その証拠に拙著を読んで、或いはこのブログを見て苦情を言ってきた人はいない。

探偵とは 1

勿論弁護士同様守秘義務を課せられていることは言うまでもないが、かといって、有資格者のように、例えば、他人の住民票や戸籍を取っても良い。などの優遇は皆無。業法が出来て、張込尾行や内偵(聞き込みなど)は探偵の仕事として認められ、張込中におせっかいな住民から(朝から変な人がいる)などと通報されても、やってきたお巡りさんに身分証明を見せれば「ご苦労様」と言われお咎めなし。通報した住民はその様子を見て、ああ、あの人は刑事さんだったのか。と早とちりしたりする。

探偵日記

2月 27

探偵日記 02月27日月曜日 曇

寒い朝だった。日曜日、久しぶりにジムへ行き、マシン40分、プール40分、サウナに入って帰宅。ずっとさぼっていたのでめちゃくちゃ疲れた。朝食兼ランチの後、1時間ほど横になったがダメ。ぐずぐずしてたら隣室から僕の様子を監視していた見張り番が「どうするの?」と聞く。う~ん。と言って(なんで?)って聞き返すと、「貴方が外出するなら私も出ようかと思って」だって、別に僕のこと気にしなくていいのに。と、思ったが、じゃあ行くか。と言って、疲れた足をひきづって雀荘へ。座った途端元気になった。

夜は見張り番と待ち合わせして阿佐ヶ谷の中華「珍香園」で食べて帰る。21時、13人いる(ウソ)ガールフレンドたちにお休みメールして就寝。

探偵日記

2月 24

探偵日記 02月24日金曜日 晴れ

良く晴れているが風の強い日である。本日は80歳の高齢男性の尾行で、3名の調査員が朝7時から現場で張り込んでいる。正午、まだ動きは無いという。勿論僕も経験があるが動きのない調査は嫌なもので、むしろ、目まぐるしいぐらい行動してもらいたいと思う。あえて言うと、静の調査は(面白くない)のだ。調査費用を請求する場合も変化の多い報告書のほうがいかにも仕事をしたようで、依頼人も満足してくれる。なお且つ、依頼人の思惑通りの結果であればなおいい。

今僕が理事長(正確には、現在登記申請中なので仮、または代理)を務める「東京調査業協同組合」が設立して満20年を迎えた。当組合は、青島幸男都知事の時、正式に認可された歴とした法人である。平成9年、当時の、東京都調査業協会の下部組織として発足した。その後、考えを異にする者たちの離反があり、紆余曲折の末今日に至っている。早い時期から、僕を理事長に推す意見もあったが、その都度、(俺は、子供の時から級長と番長で、もう長の名のつく立場になりたくない)と言い続けてきたが、衰退しつつある組合の現状を見て、最後のご奉公と考え引き受けた。何のことは無い、無報酬の滅私奉公。20年近く毎月持ち出しで僕の財布はスッカラカン。
我が、探偵業はまさに玉石混合の世界で、まだまだ悪辣な営業を続けている事務所も多いと聞く。良し悪しの判断が困難で「どこに頼んでいいか分からない」状況の中、依頼人は、ネットで、或いはポスターなどで恐る恐る探偵事務所の扉を叩く。そして、法外な調査料を請求されたり、結果が出ないでがっかりしたりしているようだ。
20周年を機に何かしらのイベントを行い、マスコミに取り上げてもらおう。というのが今の僕の計画である。幸い、週刊誌やテレビ局に知人も多い。暇に任せてその名(迷)案を練っているところである。誰かいい案を提供しえくれる人居ませんか。-----------------

探偵日記

2月 21

探偵日記 02月21日火曜日 晴れ

日替わりで変わる天気。昨日は午後雨だったのに、今日は朝から快晴。しかし、お頭のほうは薄曇りのようで、折角得た大切な情報をうっかり消してしまった。
今日は13時に報告が1件あり、その後、その依頼人をうちの顧問弁護士に紹介する予定。18時ころ阿佐ヶ谷へ帰るつもり。

探偵日記

2月 20

探偵日記 02月20日月曜日 晴れ

昨日、楽しみにしていたゴルフコンペ「サンサン会」が、雪で中止になった。5時50分、友人が迎えに来てくれ、さあ、キャデイバックを積もうという時になって、僕の携帯が震えた。嫌な予感がして出るとメンバーの一人Kちゃん。「雪が3センチ積もっててクローズらしいですよ」エッ。東京は雲一つない好天、しかも風も無い。(嘘だろう)と言ったが、僕の周囲にぼくみたいな嘘つきはいない。
結局1日の予定が無くなり、ベッドでゴロゴロ。夜8時過ぎに誘眠剤飲んで、なんと11時間寝てしまった。事務所に着いた今も何だかボーとしている。

探偵日記

2月 18

探偵日記 02月18日土曜日 曇り

14,15日と出張で地方へ赴き1泊した。帰京後、緊急の面談があって帰宅する前に依頼人の自宅へ。およそ2時間要し阿佐ヶ谷に戻ったのは20時過ぎ、晩御飯も食べずにベッドへもぐりこむ。翌17日は6時起床。先輩のテレビ関係者と千葉県野田市へ。一旦事務所に戻り報告書を1通作成。18時、港区高輪の依頼人の自宅を訪問、再調査の打ち合わせを行い、20時、赤坂で後輩と会食。彼のたっての希望で新しく開店したというクラブを覗く。大きな店で30数名ホステスが居るらしい。ただ、この店は1年持たず閉店するだろう。と、思った。23時、後輩の車で送ってもらい、よせばいいのに、馴染みのスナックへ。2曲づつ歌って、25時半本当に帰宅。

今朝は07時起床。顔も洗わず新座市のゴルフ練習場へ。明日のコンペ(サンサン会)のために、主にアプローチの練習をする。帰宅後、少し横になって事務所へ。そしてこのブログを書いている。見張り番(愚妻のこと)曰く、「貴方は本当にタフね~」って。

13日の続き

本件の場合、この事実を確認しなければ石ころの情報を売りつけることになる。多少の犠牲を払っても解明しなければならない事案であった。さらにS子の父親の改製前戸籍を取得。そこには、S子の欄に(平成16年5月4日、子の出生により除籍)と記載されていた。予想通り、S子はシングルマザーになっていたのである。しかも、その事実を隠ぺいせんがために、家族の協力のもとに父、本人の本籍を2度にわたって転籍していた。そして行き着いた先が皇居を本籍地とする「新戸籍」となった次第である。僕は依頼人に言った。(過去のこととして容認する選択はありませんか)と。しかし依頼人の返事は「信頼関係が保てない」との由。S子が最初から打ち明けていれば違ったかもしれないが、それに、その子が亡くなっておらず、仮に里親に出していたとしても「相続権」は発生するわけだから、男性側は到底看過できないものであろう。寸前までいった幸せなカップル誕生はこうしてついえた。-----------

探偵日記

2月 14

探偵日記 02月14日火曜日 晴れ

今日も一番乗りで事務所に着いた。自分でも本当に貧乏性だと思う。もう、そんなに早く来る必要はないのに、ベッドで横になっているのが罪悪に思えてしまう。ただ、今日は大事な面談が1件控えている。どのように説明したら良いのか迷う案件である。探偵は(やむくもに人のあらを探す仕事ではない)通常の調査を進めてゆくうち思いがけない事実に遭遇するのであって、実は、探偵自身も驚いたり悲しんだりするのである。しかし、得た情報を歪曲したり糊塗する事は出来ない。あくまでも真実を報告する義務がある。でも。である。その調査結果によってマルヒや依頼人の人生が変化したり、頓挫、停滞することになる。これが法人の調査の場合、(取引には一考を要す)であり、悪質なときは今後の取引を中止すべき。という結論を出す。しかし、人の場合、その判断がしばしば曇ることがある。僕が優しすぎるからだろうか。

10日のブログの続き。

マルヒのS子の本籍だけが異なっている。ふ~ん。彼女は交際相手に対し「自分は未婚で勿論離婚歴もありません」と明言している。しかし、父親の戸籍に入っている独身女性がその戸籍から除かれる(除籍と言う)のは、 イ)婚姻のため、そして、自身の戸籍を編製するに至るのは、離婚後、元の父親の戸籍に戻らない場合(復籍と言う)ロ)婚姻により子供が出来、離婚後親権を得た時は戻りたくても戻れない。ハ)不倫相手との間に子をもうけシングルマザーになった時。ニ)筆頭者である父親を嫌悪し、生家を毛嫌いして、戸籍上そこに留まっているのが死ぬほど嫌な時。但し、20歳以上の成人に限るという条件がある。などで、いずれにしても決して尋常な状態ではないのである。そして、S子の新しい本籍地を見て再び驚いた。なんと、千代田区千代田1番。皇居になっていた。------------

探偵日記

2月 13

探偵日記 02月13日月曜日 晴れ

昨日は、ひととのやCC定例の競技「月例」に参加した。今までは、年齢別の特典があって、70歳以上の者はシルバーティからやれたので、距離の出なくなった僕は大喜びで毎月参加したものである。ところが今月からみんなバックティでプレーしなければならなくなった。コースに7か所ある池越えをクリアする自信が無い。もう参加するのはやめよう。と思ったのだけれど、それも情けない。というわけで、恐る恐る出たのだが、結果として、ボールは1つも無くさなかったばかりか、途中までそこそこのスコアで周れた。むしろ、前からやってたよりはいいスコアで。な~んだ。と、思ったところで(もしかしたら)と欲が出て入賞がちらついたとたん、アプローチをトップして、夢ははかなくついえた。

今日は週の初日。年寄は縁起とかつまらないことにこだわる。年の初め、月の初め、そして、週の初め。朝食の後さっさと支度をして事務所へ。何か良いことありますように。

探偵日記

2月 10

探偵日記 02月10日金曜日 晴れ

昨日は郷里の先輩と赤坂で食事して、その後、最近オープンした赤坂のクラブにでも行こうかと思っていたら、歌舞伎町のママからメールで、「今日来ればハーレム状態でもてるわよ」との由。生来女好きでスケベな僕は瞬時に予定を変更した。雪からみぞれ、やがて雨になった見附からタクシーで一直線、20時半頃歌舞伎町に着いた。勇んで店に入ってみると7割がた埋まっており、反対に、荒天を予想して休みのホステスもあって、僕たちの席に着いたのは入店してまだ数日の子と、ウバ桜(しのちゃんゴメン)やがてやってきたママに(嘘つきなにがハーレムだ)と文句を言ったが後の祭り。もう60近いだろうママは艶然とほほえみ知らん顔。帰りに、「よくぞ来てくれたサンキュー」と、ほっぺにチューしてくれて終わり。最近の僕はだいたいこんな感じで、帰りのタクシーで大いに反省する。

今やっている身元調査、少し考えさせられる現象が起きた。年齢31歳、未婚との申告。お屋敷町で有名な成城学園5丁目に家族とともに住みメガバンクに勤務中。しかも出身校は三田のK大。決して美人ではないがおっとりとした雰囲気のお嬢様。住所地における聞き込みの結果も瑕疵は無く、総じて、(配偶者としてみた場合特記すべき懸念は無い)評価である。ところが、父親の住民票を見てエッと思った。普通、住民票には、世帯主の父親から、世帯主の妻、長男、長女、次女、(最近は子供たちの続柄を廃し、いずれも子と記載される)というふうになっており、各人の本籍は世帯主である父親と同じである。
ところが、マルヒ(本件の場合次女S子)の本籍だけ異なり、しかも筆頭者が本人になっている。(どういうことだ)僕をはじめ調査員たちが首をかしげた。----

探偵日記

2月 08

探偵日記 02月08日水曜日 晴れ

昨日は「東京調査業協同組合」定例の理事会を行った。場所は、歌舞伎町の喫茶店「ルノアール」の会議室。8社が参加して、今年度の予定や抱負を語りあった。ご多分に漏れず我々の業界もぱっとせず各社低迷を続けている。皆が僕に問う。「TDAはどうしてそんなに安定しているのか」と。彼らも調査員の端くれならTDAが安定しているか、好況か分からないのか。と思ったが、とりあえず僕のことをそのように見てくれるのは光栄である。ということで、ひと言。(依頼人を好きになれ。そして心からその人のために尽し、納得してもらえる結果を示し、決して欲はかかない。そうすれば後々に繋がる。)と諭した。他社の話を総合すると。(リピート率0)だと言う。しかし、TDAはほぼ100%リピートである。みんなは「その違いを教えてくれ」と言う。なかなか表現するのは難しいが、(とにかく人を好きになり、優しくなれ)まあ、こんな抽象的な言い方では理解不十分だろうが、僕は50年近く、このことを信条としてやってきた。(嘘つきター坊)ならではの人生訓かな。(笑)
今年は、マスコミなどを通じて、組合の存在をもう少し世に知らしめる努力をしよう。ということで閉会。その後、しゃぶしゃぶ「しゃぶ叙」で食事して解散。若い彼らに幸あれ。

探偵日記

2月 06

探偵日記 02月06日火曜日 晴れ

抱えている案件のうち2件に進捗があった。一進一退(調査に一退はないが)を続けていたがやっと結果につながる部分が判明した。

千代田区長選、予想通り現職が与謝野信氏らに大差をつけて5選を果たした。僕はあることからこの選挙結果に注目していた。そして、僕の考えていた通りなのだが、5期は長いような気もする。若い人にバトンタッチしても良かったんじゃあないかとも思うし、小池絡みっていうのも気に入らない。どの国でもそうなんだろうが、日本人は特に(付和雷同)気味で、風に流される傾向が強い。かっての民主党や日本維新の会もそうだったが、今回、今の都連の議員らも主義主張を捨てて小池人気にあやかろうとしてるらしい。(ばっかじゃあないの)と腹立たしくなる。

探偵日記

2月 03

探偵日記 02月03日金曜日 晴れ

何だか気分が優れない日が続く。調査も自分が思っているようには進まず調査員の報告にイラつくときが多い。そんな時、果たして自分が若いころ、僕を使っていた責任者はどう思っていたのだろうか?と思う。自分で言うのも変だけど、僕は比較的要領の良いほうだった。したがって、先輩や上司の問いかけに如才なく応じていたのだろう。今の若い人はそういう場合のやりとりが下手なのか。
探偵学校で僕は「受件と報告」という講座を受け持っていた。我々の業務は誰かに頼まれてやるもので、勝手に行うことは無い。したがって、調査を依頼してくれる人との交渉が第一歩で、しっかりその人の話を聞き、難易度を判断しながら「調査料」を決める。この第一段階をおざなりにすると後で痛い目に遭う。依頼人の何気ない独白からヒントを得ることもあるし、うっかり聞き逃したため実際の調査で後手に回ることもある。では、僕の若いころ、責任者は噛んで含めるように指示してくれただろうか?してくれたような気がする。ということは、調査員に対する僕の指示は、もうひと言足りないということになる。

探偵日記

1月 31

探偵日記 01月31日火曜日 晴れ

昨日と今日では10度近く違うとか。寒い朝だった。昨夜は主治医が聞いたらさぞ怒るだろう深酒をした。まあ、酒に強い人ならばどうってことは無いかもしれないが、本来、下戸の家庭に生まれた僕は弱い部類に入るだろう。ちなみに、ビール2本、ひれ酒2杯、ワイン4杯、焼酎3杯、いい気持になって帰宅したのだが、目覚めは最悪。8時の朝食は何とか美味しく食べれたがその後二度寝。今日大事な予定があるので正午ごろ事務所へ。

探偵日記

1月 30

探偵日記 01月30日月曜日 晴れ

08時35分事務所着。「ねえ貴方明日朝電気屋さんが来るから早く出てくれない。」昨夜ご飯を食べている時、見張り番からお達しがあった。なんでも、ダイニングのテレビが壊れ、洗面所に置いてある洗濯機も不調だという。テレビのほうは、真ん中に2本の筋が出来、そろそろかな。と思っていたので致し方ない。洗濯機も物凄い音がするので、機械オンチの僕は(こんなものなのかな)ぐらいに考えていたが、そうでもなかったらしい。加えて、玄関の電気が切れて、「ねえ直してよ」と言われたが、そんなことは武士の(否、男の)することじゃあない。というふうに躾けられた僕は返事もしない。「男子厨房に入るべからず」なんてどこの誰が言い出したのか知らないが、おかげで僕はテレビのスイッチも判らない。

今日からタクシーの初乗り運賃が変わるとか。1キロちょっとで410円になるらしい。ところが、これは数字のマジックで6キロを超えると逆に高くなる仕組みである。僕は毎晩歌舞伎町から阿佐ヶ谷までタクシーで帰るが、だいたい2700円ぐらい。これが3000円になるだろう。お上のやることは分からない。

探偵日記

1月 27

探偵日記 01月27日金曜日 曇りのち晴れ

10時、高田馬場の喫茶店で依頼人と面談。この人は時々ご依頼くださるが、必要経費などあまり細かいことをおっしゃらず、大変有難い依頼人と言えよう。
面談を終えて11時事務所着。困難だった案件が昨夜成功裡に終了した旨の報告を受けひと安心する。この案件は、他の探偵社が調査をしていたのだが一向に結果が出ず、弁護士の意向で小社にお鉢が回ってきたものである。概して、こういう経緯の依頼は手こづる。果たして、尾行を始めると困難を極めた。前任の事務所で(バレテーラ)になったものと思われるがなんとか解決を見た。(会いたさ見たさに怖さを忘れ)たのだろう。後ろを振り返りつつ二人はホテルに行った。(笑)

明日からまた調査員は休む暇もなく張込尾行調査に従事することになる。寒空の中本当にご苦労様だ。出来る事なら僕も加わってやりたいと思うこともあるが、みんなが嫌がる。寂し~

探偵日記

1月 24

探偵日記 01月24日火曜日 晴れ

一通り朝の行事を終えて、10時半事務所着。事務の高ちゃんと所長、女子調査員1名、社労士の娘が在社している。今抱えている案件は3件、そのうち2件はやや困難な調査となっている。小田急沿線に住むサラリーマンで、ごく普通の不倫調査なのだが、相手が「神出鬼没」(こっちが勝手にそう思っているだけかもしれないが)何しろ、マルヒと相手の女性に家が隣り合わせ、しかも勤務先が一緒で、職務上行動を共にすることが多い。帰りもマルヒの車で一緒に帰って来る。

双方の家庭は家族ぐるみの付き合い。もしかしたら依頼人の思い過ごしでは?と言う調査員も居るが僕はそうは思わない。二人は確かに通じている。探偵の勘?そうじゃない。二人の顔に「浮気の相」が見える。余談だが、昔、僕の大先輩で有名な探偵が居た。或る時、子供が家出した探して欲しい。という依頼人夫婦が彼の探偵事務所を訪れた。一通り話を聞いた名探偵を自称する彼は、1枚の東京都の地図を広げ、数分瞑想していたが、かっと目を開くや、地図上のある地点を指さし、(子供さんはここの黄色い屋根の家に居ます)と言ったらしい。夫妻はあきれて、ほうほうの態で彼の事務所を後にしたとか。73歳にならんとする僕もその先輩の境地に至ったか。-----

探偵日記

1月 23

探偵日記 01月23日月曜日 晴れ

今朝の散歩は猛烈に寒かった。朝4時45分、無情なタイちゃんの一声で夢から覚めた。良く覚えていないけどもう少し続きを見ていたかったような気がする。セーターの上にダウンを着て、マフラーを首に巻く。それでも外に出た途端寒風にあおられ震え上がった。しかし、多分僕と同じ年のタイちゃんは元気一杯に歩き、小1時間真っ暗な住宅地を進む。本当は、この後、ジムに行くはずだが世界一寒がりの僕は何時もサボる。

昨日、某ホテルで行われた国会議員の資金集めのパーティに行った。勿論招かれざる客として。(笑)受付をすませコートをクロークに預けソファに腰かけて待っているとK大臣が姿を見せる。続いて、かって自民党の幹事長を務めた大物、さらに、M大臣。可笑しかったのは、これも元大臣の女性議員が正面玄関から姿を現し、僕を見て「お久しぶり」と言ってにっこり笑うではないか。瞬間、あれどこの店のホステスだったかな?と思うぐらいケバい服装で、しかも厚化粧。最近、熟女クラブに行った記憶が無いけどな~。なんて考えてやっと思い出した。Sちゃんだと。-----------

探偵日記

1月 20

探偵日記 01月20日金甌日 雪

朝4時半、タイちゃんを連れて外に出た時は暖かく感じたが、事務所に行こうと思って家を出ると小雪が舞っていた。近くの停車場(JR阿佐ヶ谷駅のことだけど)まで高架下を歩き電車に乗る。この雪も午後は雨に変わるとか、僕的には積らなければこのままでいいのだが。

昨日は予想に反して、好天気のなかゴルフをした。朝7時37分のスタートなのに全く寒くない。15日の日曜日とは大違いで、気持ちのいい1日だった。その後、床屋さんに行って、初めてのご依頼人と面談。内容は、(某1部上場企業の会長にお金を貸し続けているが、全く返済してくれない。)というもので、もしかしたら同名異人じゃあないかと思い始めて。と言う。数千万円もの大金を、その都度秘書を名乗る人物に手渡しし、借用書も無いという。その秘書さん以外にも登場人物、河野自民党議員秘書、みずほ銀行の某支店長などがいるが誰とも会ったことは無い。僕は言った(オレオレ詐欺と一緒だね)と。やっと、(どうも変だ)と思った相談者は、その重役さんとの電話の会話を録音し、メールも保存しているらしい。しかし、これだけの傍証で警察が取り合ってくれるか?答えはノーだ。

ゴルフの後、力を振り絞って受件に臨んだ案件がコレ。トホホ。

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1月 17

探偵日記 01月17日火曜日 晴れ

昨年の10月頃から左腕の付け根辺りが痛く、放っておいたらますます酷くなった。遂に、整形外科に行こうと思って色々探しているが、なかなかこれといったところが見当たらない。ネットで探してみると、阿佐ヶ谷に有る某クリニックなど酷い書き込みをされていた。これを読んだ人は決して行かないだろうと思えるほどだ。じゃあしょうがないから死に来た病院にしようかと思い電話をかけたら、朝8時前に来て待てという。それでも、もっと早い人がいて定員になりしだい受付終了とか。とにかく、ひざや肩、腰の悪い人がやたら多いのには驚いた。
今日一日、事務所に近い医院を探そうっと。

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1月 16

探偵日記 01月16日月曜日 晴れ

昨日のゴルフも寒かったが、今日も極寒である。荒天に弱い僕はこんな日は何にもしたくないのだが、月曜日からそうもいかないので嫌々支度して事務所に出た。明日報告する「報告書」を作成してランチに。麻雀もしたいが外に出るのが怖い。1月生まれで、北海道出身の見張り番(妻のこと)は、ぜ~んぜん寒くないじゃあないの。と言って笑うが、6月生まれの僕は暖房が入っている事務所に居てもマフラーを離せない。

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1月 13

探偵日記 01月13日金曜日

今日は13日の金曜日。今年はもう1回10月にある。欧米では不吉な日とされている。有名なコミック漫画「ゴルゴ13」のタイトルもこの不吉な日から取ったものだろう。そういえば、まだ1度も経験はないが死刑台へ向かう階段の数も13段という。日本人の自分には関係ないが、小心な僕は何となく心配になる。

今朝は9時半に駅前のクリニックへ。火曜日に検査した結果を聞くのと大量の薬を貰うためだ。美しい女医は「特に変わったところはありませんが、お酒を控えめにしてください」と決まりきった所見を述べる。患者は僕を含めほとんどがジジババで3人に一人は杖をついて訪れる。看護士や受付の女の子らは、これらの人たちにかんで含めるような言葉で接している。次の予約を入れるだけで数分を要す場合もある。(年寄笑うな行く道ぞ)という言葉もある。僕もそう遠くない日に

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1月 12

探偵日記 01月12日木曜日 晴れ

昨日のゴルフコンペ隔月の第二水曜日に行われる「二水会」コースは何時もの、埼玉県毛呂山町のエーデルワイス。零下だとか、雪になるかもしれないという予報だったが、杞憂に終わった。どうかするとちょっと暑いぐらいの好天気。ただ、調子はいまいちで、良い時と悪い時が交互にあって、結果は3位。二次会は阿佐ヶ谷の「えん家」でやり、8時過ぎには帰宅。今朝は6時40分に朝食を摂り、9時に、「ホテルオークラ別館」で地方から上京中のご依頼人と面談。もう15年のお付き合いで、今日も新しい案件を頂いた。10時15分事務所に戻った。

ロマンチックな恋の結末 32

それからも時々連絡するのだが返事のないまま数か月経過した。弁護士のほうは依頼された案件が宙ぶらりんで困ったようだが、まあ、着手金を多めに貰っており「気にしないでください」と言っていた。それにしても無責任な話である。探偵に僕にはいいとしても、弁護士には連絡をしてもらいたい。携帯の留守電に入れたりしたが無のつぶて。そのうち、弁護士も僕も諦めて、同時に何となく忘れてしまった。

それにしても、マルヒの夫からも弁護士事務所への連絡が途絶え不思議に思っていたが、それからさらに巣か月たった時、調査員のOが、「所長、田沢湖の近くの山中で、あの先生とおばちゃん心中したみたいですよ」と言ってきた。僕はテレビをほとんど見ないが毎朝新聞は必ず読むようにしている。ところが、泊りがけのゴルフがあって、2日ばかり読んでいない。エッと言ってOを見ると(なんだ知らないのか)と言う表情で詳しく説明してくれた。なんでも、山菜取りに山に入った地元の主婦が発見したらしい。男性のほうは、ポケットに入っていた手帳や名刺から、女性は運転免許からそれぞれ身元が判明したという。男性は、東京の大学教授、女性は地元に住む人妻。と、報道されていたらしい。

僕は複雑な心境になった。そして、数か月前、最後に依頼人母娘に会った時の会話を思い出した。二人とも、マルヒの持つ有価証券や保険にこだわっていた。探偵の僕には縁のない額の預貯金もあって、(外に女を作られた)妻にとって、もともとそれほど大事に思っていなかった夫のことである。別れるなら根こそぎ取りたい。と言っていたし、「福田さん、何とかならない?」と、意味ありげに問われたこともあった。相手の女性に話が及んだ時に、吐き捨てるように「あの外道」と言った依頼人の顔が浮かんだ。(ちょっと調べてやろうかな)まさか母娘が自殺に見せかけて亡き者にした。とも思えないが釈然としない気持ちで数日を過ごした。しかし、好奇心もそこまでで、立て続けに舞い込んだ調査に追われ、いつともなく忘れてしまった。-------------

探偵日記

1月 06

探偵日記 01月06日金曜日 晴れ

今日は気温は低いけど風が無いので暖かく感じる。弁護士事務所を訪問するため、伊勢丹でお年賀を買って事務所へ。
1月11日に行われるゴルフコンペ「二水会」の準備に追われ落ち着かない。なんで幹事を引き受けたか反省しきり。まだ年賀状も全部見ていない。

探偵日記

1月 05

探偵日記 01月05日木曜日 晴れ

今日は我が事務所の初日。12時にランチを兼ねて顔合わせ。事務所の近くイタ飯屋で。ただ、体調が悪い人、仕事のある者がいて総勢とはいかない。その後は年賀状を見たり仕事の整理で歌舞伎町に出るのは3時以降か。相変わらずの不良生活がスタートする。3,4日は栃木県のひととのやCCでプレー。見張り番との気の入らないごるふだったが、好天に恵まれそれなりに気持ち良く回れた。

探偵日記

12月 29

探偵日記 12月29日木曜日 晴れ

昨日は事務所の忘年会。2名が欠席して10人の淋しい会になった。それでも、ビールや焼酎の他にワインを4本開けて、店への義理は果たせたと思う。フレンチの店で、数年前、今の事務所に移転する前のビルの前にあったのが、西新宿に移った。可愛いマダムとイケメンのシェフ。大きな店が一杯になっ他のも嬉しい。二次会は阿佐ヶ谷のスナック。大勢の仲間と盛り上がる。今日は、全国的に29日もうじたばたしても無駄。深く反省して、とてつもなく早く短かった1年を振り返る。来年はどうなることやら。

ロマンチックな恋の結末 31

一方、依頼人母娘はマルヒの実家から得た情報をもとに文字通り額を突き合わせて協議している。たまには僕も加わって意見を求められることもあったが、二人の剣幕に押されただ、たじたじとするばかり。発言が二人の意に沿わないものだったら大変である。「福田さんはどっちの味方なの」なんて理不尽に攻められる。ただ、驚いたことに平凡な、否、むしろうだつの上がらない大学教授のマルヒは、意外と蓄財の才があるようで、かなりの預貯金と有価証券、年金保険などを持っており、これらを総て奪い取ろうと企む二人も苦心していた。

そうした或る日、H弁護士から電話があり「福田さん依頼人と連絡が取れなくなったんですが何かご存知ですか」と言う。そういえば、僕ももう1週間余り会って無いし連絡もない。(いえ、判りませんがどうしたんでしょうね。じゃあ今夜にでも自宅へ行って様子を見てみます)と言って電話を切った。実は、この頃には依頼人母娘は自宅に戻って、用心しながら生活をしていたのだ。念のため自分でもまず依頼人に、その後、娘のほうにも電話をしたが、発信音は鳴っているのに出ない。調査員のOに命じ、様子を見に行かせたところ「電気もついていますし、人の声も聞こえます」と、報告してきた。ということは、普通に電話を受ける事が出来るのに承知して拒否している。ってことだ。何故だろう?-----------------

* 今年のブログは本日をもって終わります。また来年もどうぞよろしく。みなさま、良いお年をお迎えください。

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12月 24

探偵日記 12月24日土曜日 晴れ

昨日は緊急の案件で川崎まで行った。あいにく尋ねた人が不在で無駄足になったがメモを置いて来たので連絡をくれればいいが。と思っている。今日も土曜日だが所用があって車で事務所へ。夜は恒例になったステーキ店で家族とイヴの乾杯をする予定。慌ただしい年末になりそうである。

ロマンチックな恋の結末 30

東京に帰って、母娘でマルヒの日記や写真あるいはメモなどを整理するという。二人はまだ僕の名前でとったホテル住まいである。(ご不便でしょうね)と問うと、二人は「いいえ快適です」と言う。一方のマルヒもホテルでの生活を余儀なくされ、弁護士事務所を毎日のように訪問して、「先生何とか良い方法を考えてください。」と迫っているらしい。そして二言目には「妻の分も含めて費用はすべて私がお支払いいたします。」と言っているようだが、弁護士としてはとんでもない申し出で、そんなことをして、後で異議を唱えられれば、倫理委員会にかけられ「懲戒」処分を受ける羽目になる。

そんなこんなで膠着状態が続き、母娘も弁護士の助言で自宅に戻ることになった。マルヒはそんなことは露知らず相変わらずホテルに留まり、時々は大学に行く生活のようで、何度も面談している弁護士は「いやあ、夫のほうの力になってあげたくなっちゃいますよ」と言う。話せば話すほど好人物に思えるらしく、頑なな主張を繰り返す依頼人母娘にうんざりしている様子も窺えた。これは探偵にとっても同じような気持になることが良くあって、確かに浮気をしたマルヒが悪いとは思うが、思わず同情することもままある。ただ、そんな妻にしたのは誰~れ。になるのだが。

探偵日記

12月 21

探偵日記 12月21日水曜日 晴れ

今日もいい天気。だけど僕は風邪気味で心身ともに不調だ。毎日が何となく面白くない。それでも、やることはやらなきゃあならず、歯を磨いて顔を洗って家を出る。大好きな麻雀も(どっちでもいい)感じだから行かない。今日も早く帰って寝るつもり。

ロマンチックな恋の結末 29

マルヒの教授は数年前母親に死なれかなりのものを相続した。その時、教授の妻(すなわち僕の依頼人)も口出しし、夫婦と教授の姉と仲違いした。まあ、地方都市のことでもあり、とっくにバブルも終わっていたので、驚くほどのものではなかったが、それでも少々こじれたようだ。最終的に、預貯金及び有価証券の類は折半し、教授らが生まれ育った実家の家を教授が、小さなアパートを姉がそれぞれ相続した。

まだ、弁護士に依頼する前、「福田さん一緒に行って調べてほしい。」と言われ、教授の実家に赴き、家の中をざっとちらべた結果、不倫相手に関する10数年に及ぶ記録や資料が出てきた次第である。家族や周囲から(メモ魔)と揶揄されるほどの教授だったから、彼女との馴れ初めから最近のことまで、文字通りびっしりと書かれてあり、閨の様子さえ事細かに記されてあった。性格や物の考え方に加え身体の相性も良かったのだろう。教授は、ひそかにつけていた自身の日記に(人生を2度味わえた)などと書いてあった。記述に加え膨大な写真を見てみると、沖縄から北海道、数年に一度パリやニューヨーク、オランダにも足をのばしていた。「これって動かぬ証拠になりますね、持ち帰りましょう。」と、依頼人。僕は(いやそれは止めときましょう。例え夫婦でも無断で入った挙句に、ご主人の所蔵物を持ち出したら、まあ、窃盗とまではいかなくても攻撃材料にされかねません。)と宥め、(その代り、僕が特殊な方法で調査した結果判明した事実関係の傍証として必要に応じ提出しましょう。)とアドバイスし、渋る依頼人の機嫌を取りながら帰京した。------------

探偵日記

12月 20

探偵日記 12月20日火曜日 晴れ

今朝は暖かかった。NHKの予報も11月中旬並みといっている。昨夜は風邪気味だったので早々に帰宅。夜、おじやを作ってもらい薬を飲んで寝た。熱は36,4°平熱が35°ぐらいなのでやや高い。酒も飲まなかったので、朝は比較的快調。ご飯も美味しく食べて10時過ぎ事務所へ。そして懲りない僕は今夜は遅くなる予定。(笑)

ロマンチックな恋の結末 28

その弁護士事務所は小奇麗で、まだ独立して間もないような印象を受けた。事前の情報だと弁護士は静岡県出身で50歳の東大卒。専科は違えども自分の後輩にあたる。そんなことを思い描きながら応接室に通された。秘書の女性は想像した通りの美人である。まあ、経済的な問題ではなく、愛人をつくって妻に怒られている男として少しばかり優越感を覚えた。と、教授は呑気に考え、これから遭遇するであろう地獄の仕打ちなど思いも及ばなかった。

少し待たされたあと弁護士が応接室に入ってくる。Hです。名刺を出され、教授も自分の名刺を渡す。以後、お互いに「先生」と呼び合った。(このたびはお手数をおかけして申し訳ない。)と、教授が言えば、弁護士先生は、「いえいえ、ご依頼されればお引き受けせざるを得ませんので、失礼な物言いがあるかもしれませんがご容赦ください」と応じる。一般的に静岡の人は穏やかだといわれるが、この弁護士も人の良さそうな感じで一安心した。(いやあ、まいりましたよ。家に帰ってみたら鍵は取り替えてあるし塀も何だか忍者屋敷みたいになってて)と、ほとほと困ったという顔をして見せる。弁護士は、ちょっと苦笑いして、「そうなってましたか。お嬢さんといらっして、お二人とも相当な剣幕で」続いて、「ところで、奥様は何が何でも離婚したいとおっしゃっているのですが、先生のほうで翻意させる事は出来ませんか。」と聞いてくる。専門バカを絵にかいたような教授に上手い方法なんかあるはずもなく、出来れば今目の前に座っている弁護士に何とかしてもらいたいぐらいだ。

(当面離婚の意思はない)と主張する教授に対し、弁護士は「ご主人のお気持ちは良く分かりました。私も、何も離婚ありき。という考えではありませんから、その旨奥様に伝えましょう」ただ、どうしても調停が不能ならば「本訴」ということになるでしょうが、現状では、一発で離婚の判決が出るでしょう。長年にわたって妻を欺いた夫に勝ち目はない。それから、相手女性に対しても慰謝料の請求をするとか、離婚に伴って発生する財産分与などにも触れ、「先生もどなたか代理人をお立てになったほうが良いかもしれませんね。」と、最後通告みたいに言われその日の面談は終わった。----------

探偵日記

12月 19

探偵日記 12月19日月曜日 晴れ

昨日のサンサン会は散々だった。朝から体調が悪く力が出ないまま18ホールを終えてしまった。加えて、前の人たちがグリーン上でパットをしているときに打ち込んでしまった。仲間だからいいようなものだが〇暴だったらただじゃあすまなかった。ミドルホールでTショットをミスして、残りが185ヤード、どうせ届きっこないと思いスプーンで打ったら、ナイスショットしてグリーンをオーバーしてしまった。そのホールは寄せてパーを取ったが、前の組の人たちから「足に当たった」などと言われ、勿論冗談だが(わかった。パーティの後高級クラブに招待してやる)って、約束したので、阿佐ヶ谷でパーティの後目の前のスナック「みさほ」に5人ほど連れて行ってやった。にぎりで散々負けた上に200万円(ウソ2万円)使う羽目になった。

今朝も何となく頭が痛い。それでも気を取り直して事務所へ。遂に年賀状を書き終えた。

ロマンチックな恋の結末 27

あの~田園調布の○○ですがH先生はいらっしゃいますか。と言うと、多分美しいであろう事務員は「ハイ、○○様ですね。今弁護士と代わります。」と応じ、待つこともなく弁護士が電話に出た。年のころは50歳ぐらいだろうか、嫌みのないバリトーンの声で「あ、弁護士のHです。奥様からご依頼を受けました件、一度ご主人とお話がしたいと思っております。ご都合のよろしい時事務所にいらっしゃっていただけませんか。勿論、私のほうでご指定の場所にお伺いすることも可能ですが。」と言う。教授は悠長なことを言っていられる場合じゃあないので、(あの~もし宜しければこれから参りたいのですが)と言うと、先方は少し考えた後、「はい、結構です。それじゃあ17時に事務所のほうでお待ち申し上げます。」と言った。

まだ少し時間がある。教授はホテルの部屋で思案し、郷里に住むたった一人の姉に電話をかけ、事の経緯を説明し意見を聞いた。数年前、相続のことで多少揉めたいきさつがあって、姉とはあまり仲良くない。それでも、他に誰にも相談できないし、友人や大学の先輩とか後輩に弁護士も何人か居たが、日ごろフランクな付き合いをしていないせいもあって、いざとなると電話をすることさえ憚られた。姉は、「貴方が悪いことをしたんだからひたすら謝罪するしかないわね~」と、にべもない。相談するべきじゃあなかったと後悔したが、それでも「まあ、どうしてもの時は私が中に入っても良いから、また電話かけなさい。」と言ってくれた。
そうこうするうちに時間が迫って、重い足取りで銀座にあるという法律事務所に向かった。------------

探偵日記

12月 16

探偵日記 12月16日金曜日 晴れ

今日は風も強くなり寒い一日になる。との予報で、少し厚着して家を出たが陽差しもあってそれほどではないように感じる。年賀状もあと100枚を切って見通しが着いた。ところが、押し迫って少々複雑な案件が入り忙しくなりそうである。去年ほどではないが終わってみればいつものような状況で可もなく不可もない。昨日は、ひと仕事終わって雀荘に行き、座った途端事務所から電話がかかり、「F弁護士が連絡をくれと言ってる」との由。面子に断わって電話をすると「今、ご依頼人がいらっしゃってて打ち合わせがした」とおっしゃる。麻雀どころではない。(すぐ参ります)と言って、タクシーで日比谷まで駆けつけた。探偵は自分の時間など有って無いようなもの。(笑)

ロマンチックな恋の結末 26

考えがまとまらないまま新幹線は終点の東京駅に到着。山手線と東横線を乗り継ぎ田園調布の自宅に向かった。駅を降りて勝手知ったる道を急ぎ自宅について驚いた。道すがら自宅に何度か電話したが留守電になるばかり。温厚な教授も些か腹が立ってきた。己の非は非としてこんな仕打ちは無いだろう。弁護士が中に入るのは良しとして、夫の電話を拒否するなんて何を考えているのか。しかし、怒って居られたのはそれまで。門扉を開けようとするが開かない。見ると大きな錠前が取り付けられている。よし。と思って塀を乗り越えようとしたら鉄線が張り巡らせてあり、無理して乗り越えようとしたら傷だらけになってしまうだろう。門前で呆然として立ちすくんでいると、隣家の主婦が出てきて「あら先生どうなさいましたか」と聞いてきた。

いやまあ。と意味不明の言い訳をして、早々とその場を退去した教授は再び駅に戻り、まず今夜の宿を確保した。ここに至って、妻や娘の考えがただならぬことに気づき、事の重大さを認識したのである。ホテルのチェックインを済ませ部屋に入り、改めて封書を取り出し、恐る恐るその法律事務所に電話をする。上品な声で(○○法律事務所でございます。)応答されたが、教授には、その声さえも自分の敵に思えた。-----------

探偵日記

12月 15

探偵日記 12月15日木曜日 晴れ

今日は1月中旬から下旬の寒さだとか。雨風とともに寒いのも苦手な僕は(いいかげんにしてくれ)と、天気を怒鳴りたくなる。それでも律儀で生真面目な僕は、毎朝の支度を完ぺきにこなし事務所へ。

ロマンチックな恋の結末 25

教授は、部屋に戻って封書を開き読む。予想通り、自分のしていることが妻に知れ、妻が弁護士に相談した結果らしい。あの妻が。否、あの妻だから当然の成り行きだろう。そういえば、数か月前から娘とともにあれこれ詮索していたことを思い出した。しかしよく気付いたものだ。依頼人や調査をするほうから考えれば特別なことではないが、世間知らずの教授にとって、家から数百キロ離れた場所で行ってきた秘め事がどうして判ったのか。その一点だけでも不思議でならなかった。(尾行された?)そういえば、あの福田という男は弁護士事務所の職員なのか。など、いろいろ考えてみても良い方法が浮かばない。妻や娘の携帯電話は不通になっているし、家にも何度かかけたが留守電になっていた。彼女とは今夜もう一度会う約束をしている。東京のことも気になるが、彼女と会わずに帰ることなど論外だった。

翌朝、いや、昨夜も彼女が帰ったあと深夜まで何度か東京の自宅に電話したが、あいかわらず留守電になっており妻はともかく、傍観者であろう娘も不在である。いやいや、本当は居るのにわざと電話に出ないようにしているんじゃあなかろうか。とにかく会って話をしなければ。と思い立ち、早々にホテルを後にした。-------

探偵日記

12月 13

探偵日記 12月13日火曜日 曇り夕方から雨の予報

昨日は予定が詰まっててブログも書けなかった。
一昨日の阿佐ヶ谷の居酒屋「海舟杯」コンペは、大方の予想通り僕が優勝した。12組46人(二人欠席)プレーの途中で優勝を確信したが、美空ひばりの歌にもあるように(勝つと思うな思えば負けよ)のとおり、2位、3位、との差が1ストロークで危なかった。優勝賞金の2000万円や副賞は翌日(昨日)歌舞伎町のママの誕生日の食事代で消えた。

ロマンチックな恋の結末 24

ホテルに着いた僕は夕飯を摂るため1階のレストランへ行った。食前のビールを飲んでいると件の女性がマスク姿でエレベーターに乗るのが見えた。もう証拠はいらないのだが、探偵の習い性でパチリ。日付と時刻入りだから何かの時には役に立つだろう。少し深酒をして午後11時ベッドに入る。

翌朝、部屋で待機していると、朝食のためだろうマルヒが部屋の前を通り1階に降りたことが確認できた。数分後、僕も同じレストランでモーニングを頼みマルヒの様子を観察した。月に1度か2度の逢瀬を果たし、満足そうな表情で和朝食を食べている。そして、食後のコーヒーに移ったところでマルヒの席に向かった。
(お早うございます。初めまして福田と申します。実は、東京の奥様が依頼した弁護士の使いで参りました。同席して宜しゅうございますか。)と尋ねると、教授はきょとんとした顔をしながらも「どうぞ」と言ってくれた。風貌こそ田舎のおっちゃんだが品格が感じられる応対だった。

ウエイトレスに、それまで座っていた席のレシートを渡しコーヒーを注文したあと(突然で申し訳ありません。実は郵送も考えたのですが、弁護士が先生のお立場も考えて、こうして直接お渡しすることに致しました。私はこれで帰京しますが、これをお読みになって弁護士のほうにご連絡をください。)と言って、法律事務所の名前が印刷された封書を手渡した。教授は、その聡明なお頭(おつむ)で何かしらを察したようで、「ああそうですか。それはご苦労様でした。」と言い、封書を上着の内ポケットに収めた。----------------

探偵日記

12月 09

探偵日記 12月09日金曜日 晴れ

昨日は疲労が頂点に達したような気がして、休肝日にした。阿佐ヶ谷のうなぎ屋「あずまや」でうな重を食べ、20時就寝。朝4時半気持ち良く目覚めたので、当番ではなかったがタイちゃんを連れて散歩に出る。10時家を出て所用を済ませ事務所へ。

ロマンチックな恋の結末 23

勝手知ったる尾行だ。調査員のO一人がマルヒと同じ新幹線に乗り、お昼前田沢湖畔のホテルに着いた。1年に30泊はするだろう馴染みの宿泊客として迎えられる。但し、Oの役目はここまで。Oから報告を聞いた僕は午後の新幹線に乗った。目的は、弁護士が作成した「通知書」を、直接本人に手渡すためである。どうせ今晩も女性は訪れるだろう。しかし、実際に手渡すのは翌朝にしよう。その前に通知書を読んだりしたら折角の気持ちが萎えてしまうかもしれない。マルヒも離婚など考えていないことは手に取るように読めた。まあ、(武士の情け)というか、同性の思いやりみたいなものだ。

通知書の内容は比較的簡単なもので「マルヒ宛に、私は弁護士のHと申します。このたび、貴殿の配偶者OX殿の依頼で、貴殿との離婚及び、貴殿の不倫相手T氏に対する損害賠償の手続きを進める選任を命じられました。つきましては、一度お目にかかってお話ししたいと思いますので、貴殿のご都合をお知らせください。なお、当文書をお読みいただいた日より、ご自宅に戻ることや、直接奥様に連絡をしないこと、を、求めます。今後の連絡その他は代理人である本職を通じて行ってください。」と書かれてある。要するに、弁護士が代理人となって、夫婦の離婚、離婚に伴う財産分与や不倫相手にも慰謝料の請求をいたします。という、妻からの宣戦布告を行ったのである。手法はやや変則的ではあるが、同居中の夫婦の場合致し方ないのかな。と思った。--------------

探偵日記

12月 08

探偵日記 12月08日木曜日 晴れ

昨日も少し飲みすぎた。といっても元来酒に弱い体質なので、量的には大したことは無いのだが、ビール、ウイスキー、焼酎、という風にちゃんぽんしたからか。それでも、10時前に事務所に来た。今日は依頼人の女性を事務所の顧問弁護士の所に連れてゆく予定があり、持参する報告書を整理する必要もある。年賀状も少しは書きたい。12月(師走)は何かと気忙しい。

ロマンチックな恋の結末 22

当時、小社には2人の顧問弁護士が居た。依頼人の希望で訪問しやすいH弁護士に決め母娘と同行した。相手女性に慰謝料を請求しても支払う能力は無いだろう。ただ、このような場合、陰でマルヒが負担するものだから究極のところ、依頼人の取り分が減ることになる。(それでも請求したい)というのが依頼人の心情だったから、家裁への離婚の申し立てと並行して行うことになった。最初から、(丸裸で追い出してやる)前提なので、弁護士もう~ん。と、当惑せざるをえない。全く無茶苦茶な言いようで一般常識から大きくはずれている。そこで一計を案じ、次に教授が天体観測に出かけるタイミングを計って、秋田のホテルに絶縁状が着くようにしよう。ということになった。

教授が家を出るや否やすべての鍵を交換する。教授の私物は有明のトランクルームに預ける。塀を乗り越えて侵入できないように鉄線を張り巡らす。などの指示があり、総てを探偵の僕が請け負うことになった。勿論作業は調査員や専門の業者に発注することとして、諸々の費用として可なりの額を依頼人が負担する。

某日、そんな企てを妻や可愛い娘が立てていることを露にも知らず、教授は嬉々とした顔で自宅を出て新幹線に乗った。------

探偵日記

12月 07

探偵日記 12月07日水曜日 晴れ

僕の中では、少し雲があっても雨さえ降らなければ晴れ。昨夜は東京調査業協同組合の定例理事会のあと、忘年会を催した。天ぷらやで食事した後、クラブへ。みんなと別れた後ちょっと寄り道して12時に帰宅。それでも飲んだ量が少なかったのかなかなか寝付かれず何度もトイレに行った。
10時半事務所へ。せっせと年賀状書きをするもまだ150枚しか書けてない。宛名も印刷にすればよかった。と反省するが後の祭り。

ロマンチックな恋の結末 21

そうして、今回の調査で証拠は揃った。映像のほかに音声も取れてほぼ100パーセントの出来だ。女性の身元調べも終わって報告書が完成した。依頼人に連絡して報告日を決める。すぐに聞きたいという母娘の希望で、その日の夕刻、自由が丘駅の近くにあるという喫茶店で落ち合った。報告書は今後の訴訟用に2部作成。二人は食い入るように読んでいる。母親の様子を窺うと、女性の近影を憎悪の眼差しで長いこと見つめ、僕に向き直った時は夜叉のような顔になっていた。「どうしましょう。勿論離婚ありきですが素っ裸で叩き出してやりたい」と言えば、娘も負けじと「お母さん。お父さんの保険や年金はどうなっているの。貯金だってかなり有るはずよ」と捲し立てる。

僕はそんな母娘を宥めるように(確かにご主人は有責配偶者として相応の責めは負わなければなりませんが、夫の浮気が原因の離婚でも、その点の慰謝料何て僅かです。例えば、俳優の松方弘樹が妻に数億円支払ったという記事がありましたけど、あれは財産分与で、基本的には夫婦で折半が原則です。)と説明した。しかし二人は承知せず(裸で出てもらう)と言い張る。僕はそんな二人に(まあ、僕も専門家ではありませんので弁護士の意見を聞いてみてください。どなたかご存知の弁護士はいらっしゃいますか。)と聞くと、「居ません」とのこと。(じゃあ事務所の顧問弁護士を紹介しますから一度会ってみてください。)と言い、その場から弁護士に連絡し、面談の予約をして母娘と別れた。----------

探偵日記

12月 06

探偵日記 12月06日火曜日 晴れ

昨夜は良く寝れたのですっきりとした朝を迎えた。10時事務所へ。
今日は12時半にリピートのご依頼人と面談の予定。若い社長なので所長に同行してもらうことにした。その後、16時から組合の理事会と忘年会。二次会は???

ロマンチックな恋の結末 20

二人はその後、今日まで、或る時は東京で、また或る時は沖縄で。というふうに、主に、女性の都合に合わせる形で続けられた。知り合った当時、女性の夫は建設部品を販売する小さな会社を経営していたが、社長の夫が病弱なうえ、バブル崩壊後の長引く不況のあおりを受け赤字経営を余儀なくされていた。女性も親族などから借金を重ね、角館行きも休暇を楽しむ旅行などではなく、秋田市内の義兄に無心をするためのものだった。そんな時、教授と知り合ったのだが、教授の風采はともかく、知性に惹かれたらしい。女性の夫は義務教育を終えた後、建設機械や部品を扱う会社に入り、やがて独立し、一時はたいそう羽振りも良かったそうだが、まともに字も読めず、請求書などは、東京の大学を卒業し、その後就職した会社で経理を担当していた経験を持つ妻の彼女が担当していた。

加えて、体の弱い夫は夫婦生活も淡白で、女性は自身も気づかないうちいろんな面での不満が増殖されていたようだ。「死ぬまで愛し合おう」二人は会うたびに確認し合った。その後、病弱な夫は60歳にもならない若さでほとんど寝たきりの状態になり、それはそれで、二人の逢瀬に制約が生じ、長く外泊できない女性に合わせて、教授が(星を見に行く)口実で秋田まで出向く形が出来上がったのだった。そうして、家人の不審を招き、主に教授の娘の主導で探偵が介入することになった。-----

探偵日記

12月 05

探偵日記 12月05日月曜日 晴れ

携帯電話を変えてから何となく体調が悪い。ような気がする。風水ではないが、僕には合わない機種なのかもしてない(笑)12時前事務所へ。
今日はかって阿佐ヶ谷に有った「旬彩成海」が、赤坂に移転、新規オープンする日。招待されているので夫婦で行くことになっている。大衆的な街阿佐ヶ谷から、高級店が競う赤坂へ。頑張って欲しいものだ。

ロマンチックな恋の結末 19

駅前からタクシーでホテルへ。車中でも大いに話が弾み、どちらかともなく別々に予約してある部屋を一つにしようという、暗黙の了解も出来ていた。ただ、いきなりフロントで事情を話すのも変なので、女性の予約をキャンセルした。その頃には、お互いの自己紹介も済んでおり、何しろ根っからのまじめ人間である教授は女性に名刺を渡し、女性も(夫や子供も居る)身分を明らかにした。二人とも、このふってわいたような出会いを、束の間の幸福に思い、震えるほどの一夜のアバンチュールを体験できると興奮の坩堝に陥った。

部屋に入った二人は、どちらともなく抱き合い、飽くこともなく互いの口をむさぼった。翌朝、モーニングを食べながら、教授が(もう少し一緒に居たい)と言うと、女性も「今夜一晩ならご一緒できます」と応じ、田沢湖を周遊した後、山形に入り、その夜は天童のホテルに落ち着いた。東京に勤務先も家もある教授と、ひと時の休息を求めて一人旅に出た人妻は、二日目の夜を共にするまでは、本当に仮初の恋で終えるはずだった。それから十数年関係が継続するとはーーーーーー

探偵日記

12月 02

探偵日記 12月02日金曜日 晴れ

昨日、携帯をスマホからアイホンとやらに変えてみた。いわゆる機種変である。前のがちょうど2年経っており、ポイントも4万円以上付いていた。とにかく新しいもの好きの性分は健在だ。しかし、今まで重宝していたLAINが消えて大いに困った。最初、担当者に(今までと使い勝手が大きく変わることはありませんか)と聞いたのに、「同じです。」と即答し、LAINは使えなくなるなんて一言も言わなかったし、総てにおいて違う。まあ基本的には同じようなものだろう。と高をくくっていたが、慣れるまでひと苦労しそうだ。その後、ビックカメラに行って、フイルムを貼ってもらいケースも買った。(笑)

ロマンチックな恋の結末 18

優雅に微笑む女性。大学で女子学生たちから(変なジジイ)と陰口をたたかれるほど朴念仁の教授は、まさか未知の町で、女性、しかも妙齢のすこぶる美しい人から声をかけられるなんて夢にも思わない。どう対応すればよいのか分からないまま、そこは年の功で、落ち着きのある中年紳士然とした感じで、(あのう、どこかでお会いしましたか)と応じた。女性曰く「先ほど駅前の喫茶店にいらっしゃって一杯でお入りになれなかったでしょう。わたくしあのお店に居りましたの。それでまたここでお目にかかったのでついお声をかけました。ご迷惑でしたか。」少し訛はあるものの標準語に近い綺麗な言葉で返され、次の言葉が見つからないまま(ああそうでしたか)と言うのがやっとだった。

人の縁、とりわけ男女の出会いなど、俗に(合縁奇縁)というが、二人の馴れ初めはほんのちょっとした女性の気まぐれみたいなひと言から始まった。そのあと、自然な感じで「わたくしそちらに移って宜しいかしら」と言われた教授は、どぎまぎしながらも(ああどうぞ)と言ってしまった。会話が弾み、お互い旅行者であることが分かって、しかも、女性は「今夜秋田市内のUホテルに泊まる予定ですの」と、教授が予約しているホテルの名前を告げた。実は僕も。と、思いがけない偶然に大いに盛り上がったのである。

ここまでいけば、じゃあ。と言って別れる男女はいないだろう。喫茶店を出た二人は、昔からの馴染みのごとく、誰が見ても同伴の旅行者に思えるほどの雰囲気をまとい在来線に乗った。-----------

探偵日記

12月 01

探偵日記 12月01日木曜日 雨のち晴れ

最近タイちゃんの調子が良くない。今朝も僕を起こしたのは6時前、外に出ると本降りの雨だった。例によって高架下へ行くがとぼとぼと歩き、小一時間たってもウンチをせず、帰りたがる。ところが家に入るとご飯に飛びついたので少し安心する。9時、家を出て地方からのご依頼人と待ち合わせをしている帝国ホテルへ。11時半、事務所に戻る。タイちゃんだけじゃあなく僕も熱っぽく何となく怠い。なにしろ、僕たちは同い年だから。

ロマンチックな恋の結末 17

方々に武家屋敷はあるが、角館のそれは全く印象を異にする。例えば、山口県の萩など下級武士らが住んでいたと思われる長屋で、塀は子供でも飛び越えられるぐらい低く、(大丈夫かな)と、思うぐらい不用心である。ところが、角館は家老職以下、要職についていた者たちの屋敷群でかなり見ごたえがある。砂利道の両側に鎮座する家々はみな豪壮で堅固であった。教授は一通り見物した後、秋田市内のホテルに戻るため駅に向かった。喉が渇いたので冷たいものでも。と思って、喫茶店を探す。先刻、一杯です。と言って断られた店を避けて、駅から少し離れた店に行くと、幸い座れる余裕があった。やれやれと思いながら隅の席に着き(コーヒー)を注文した。

朝早く出たし、良く歩いたので少々くたびれたかな。などと考えながら運ばれてきたコーヒーをブラックで飲み、先ほど見物した屋敷のその時代の情景を想像し、角館の昔に思いを馳せていると、思いがけず、横の席座っている婦人に声をかけられた。「あの~先ほど駅前の喫茶店で入れなかった方ですよね。」最初はまさか自分に向けたものとは思わなかったが、声のほうをに顔を向けると、年のころは40代後半と思われる美しい女性が微笑んでいた。------

探偵日記

11月 28

探偵日記 11月28日月曜日 晴れ

今日からまたタイちゃんの散歩を、月~木と義務付けられる。5時半、眠い目をこすりながら外に出る。路面は濡れたまま。それでも駅から商店街を1時間15分歩いた。8時、朝食。10時に家を出て事務所へ。
調査員から報告を聞く。ちょっと難しいかな~と思っていた案件がいい形で終えたとのことひと安心する。

ロマンチックな恋の結末 16

新幹線で秋田まで行き、在来線で数駅戻って、午後早めに角館に到着。微風快晴絶好の行楽日和、駅前は地方に良く見られる風情で、ロータリーには観光名所に向かうバスの発着所が数か所見られた。朝、新幹線に乗る前、サンドイッチとコーヒーで軽く済ませたので小腹が空いた。今夜は秋田市内のホテルを取ってあるのでゆっくり食事ができる。日々の生活の中で、通勤の途中寄り道もせず、ましてや女性のいる飲食店など入ったこともない。趣味は研究と食事。でも食事といっても決して美食家ではない。ただ、沢山食べて満腹感が味わえればそれでいい。だから、夜ホテルでどんなものが出てくるか大いに楽しみである。見回すと、ロータリーの向こうに小洒落た喫茶店が見えた。あそこでスパゲティでも食べよう。と思って、その店に向かった。

なにしろ角館といえば、県内はもとより遠く東京からも大勢の花見客が訪れる桜の名所だ。この日も街中はそれらの人たちで溢れている。特にご婦人が多いのに驚いた。まあ、GWが終わった平日である。男どもは職場に復帰したであろう。暇を持て余すのは高齢者、それも女性たちが圧倒的に多いという現実を、起きている時間のすべてを宇宙に囚われているような人間は知る由もない。やがて目当ての喫茶店にたどり着き、おもむろにドアを開けてまた驚く。店員の「すみません満席です」と言う声を聞くまでもなく、立錐の余地もない情景を目の当たりにして、すごすごと外に出た。食べれないと分かると余計に空腹を感じ、仕方なくコンビニ弁当で済ませ武家屋敷に向かった。----------

探偵日記

11月 24

探偵日記 11月24日木曜日 雪

早朝5時、タイちゃんを連れて外に出ると本格的な雨。気温も低く予報通り雪に変わるだろう。30分ちょっとで帰宅。次に目が覚めた時は案の定大粒の雪が隣家の屋根に積もっていた。支度に手間取って10時半家を出て11時に事務所へ。今日はこの後、報告が1件あって、2時半、依頼人と面談の予定。夜は銀座。

ロマンチックな恋の結末 15

十数年前、本郷にある勤務先に籍を置いたまま、某私大の客員教授となって、時間の余裕は出来たものの、何となく張り合いを無くしたような日々が続き、5月上旬の或る日、数日の休暇を取って小旅行に出かけた。思えば、26歳で大学院を終え、そのまま母校の研究室に残り、四半世紀を過ごしたことになる。その間、美しい妻を娶り1男1女の子ももうけた。自宅は、父の残してくれたものだが、人も羨む田園調布の一等地にあり、決して華美ではないが、敷地の広さのせいで辺りでも目立つ。しかし、どこでもそのようだが、子供たちは好き勝手に生きており、父親の意見などどこ吹く風の態。妻も、よそ様の奥方と違って着飾って出歩くようなこともない代わりに、夫の所作にいちいち文句をつけ、口答えすれば1か月でも2か月でも会話が途絶える始末。日々のことは妻にしかわからないことが多く、不本意ではあるが折れざるを得ない。大学での行く末も見えてきた。鬱々とした毎日だった。

漠然と旅に出よう。と、思い、何となく(そうだ角館に行こう)と思い立ち、GWが終わった5月7日車窓の人となった。この気まぐれの小旅行が、自他とも認める「朴念仁」の教授の生き様が大きく変わることになろうとは。-------

探偵日記

11月 22

探偵日記 11月22日火曜日 晴れ

朝4時50分、タイちゃんが(ワン)と一声吠える。少し前から目が覚めていた僕は、毎度のことながら、やれやれと思いながら起きる。長い廊下を歩き(うそ、5歩で行ける)隣の部屋を開ける。5時、外は雨。傘をさして高架下へ。25分で散歩終了。手を洗ったり水を飲んだ後ベッドにもぐりこんだ途端グラっときた。少し大きいなと思ったら震度3という。いっそのこと15ぐらいのやつが来ればさっぱりするか。
11時、事務所へ。

ロマンチックな恋の結末 14

女性がしきりに昨夜来れなかったことの言い訳をし謝っている。マルヒは「ああそう。それは大変だったね。さあさあシャワー浴びていらっしゃい」と急かし、女性は浴室に入ったらしい。間もなくテレビの音に混じってシャワーの音も聞こえた。女性がマルヒに話した内容によると、夫の状態が悪くなり出るに出れなかった。と言う。これで、女性に夫が居ること、その夫は長く患っていること。などが推測された。夫が家に居れば泊まることは無いだろう。Oがホテルの駐車場に行くと、新たに、いかにも女性が乗りそうな秋田ナンバーの軽自動車が駐車されていた。この後、隣室で繰り広げられる痴態をテープに収め、女性の帰宅を確認すれば調査の9割は終了する。

シャワーを終えた女性を迎え戦闘開始。ベッドのきしむ音に加え二人の睦言に続いて喘ぎ声が入る。ほとんどの人が男女のSEXをじかに見ることは無いだろうし、よほど変態のマニアでない限り声を聞くこともないだろう。その点、探偵はこんな役得がある。3人は神妙な面持ちで聞き入った。----------------

探偵日記

11月 21

探偵日記 11月21日月曜日 曇り

昨日の日曜日は「サンサン会」の日。身内の不幸や仕事の関係で参加できない人が2人出て、総勢12名3組のコンペになった。スタート前までは霧が出て、どうなることか気に病んだが、その後は風も無く絶好のゴルフ日和。優勝者は風で数日寝込んだというFさん。といっても勿論僕ではない。準優勝も無印のHさん。馬券は4-8で、大穴。それをゲットしたTさんの奢りで二次会は駅前のスナック「みさほ」へ。秋田出身のハチャメチャなママに、うるせーとか、おめえ、もう来るな帰れ。などと言われながら数曲づつ歌って帰宅。(口は悪いが気持ちは良い)ママだとか。でも知らない人は怒り出すかも。

ロマンチックな恋の結末 13

夜になった。マルヒは早めの夕食を済ませ部屋に閉じこもっている。調査員らは206号室に集まって、やがて訪れるであろうマルヒの不倫相手を思い描きながら興味津々といった感じで待っている。探偵がもっとも緊張する場面だ。Oが、「あのジジイの相手じゃあしれてるよな~」と言えば、Nが「お前たち、男は顔形じゃあねえぞ。」(うちのボスを見てみな)と言ったかどうかわからないが、さすが年上だけあって経験も豊富なNがOを窘める。隣は、今か今かと気もそぞろ。こっちは緊張の中にも和気藹々と楽しく待っている。

午後6時05分、廊下を忍びやかに歩く音がして、205号室が小さくノックされた。マルヒは飛びつくように部屋のドアを開け、大きな声で「ありがとう良く来たね」と言って女性を招き入れる。Nは録音機のスイッチを確認し集音マイクを耳に当てる。----------