取り込み詐欺 3

探偵日記 10月23日水曜日曇り

今朝は少し早めに支度を終え家を出た。9時50分ごろ阿佐ヶ谷駅に着き、ホームに上がったら何かのトラブルで遅延の放送。やっと来た、混んだ電車に乗ったら(新宿行き)という。随分長く阿佐ヶ谷に住んでいるが、新宿止まりの快速に乗ったのは初めてだ。10時半事務所へ。調査員は全員現場に出ており閑散とした事務所でブログの更新をする。暇な探偵事務所の、やることのない老コナン、じゃなかった顧問の僕。(笑)

取り込み詐欺 3

数年前に設立され、殆ど実体の無い会社が大手銀行と当座取引があり、小切手や手形が発行できる。杉並区高井戸の会社はそんな不思議な側面を持っていた。種を明かせば、そういう実績がありながら何らかの事情で経営をやめ、休眠状態になっている会社の法人格を買い取ったのだ。最近でこそ余り聞かなくなったが、当時は、会社売買が横行した。値段も手ごろで、10万円から30万円位、悪さをしようとする輩が大いに利用したものだ。犬鳴の知り合いの知り合いで、口先だけで生きているKという人物がいたが、大変な猛者で、新築の賃貸マンションに若い女房と入居し、3年以上生活したが、その間、入居時の費用はもとより、ただの一度も家賃を支払わなかったばかりでなく、マンションの経営者からかなりの額のお金まで騙し取った。経営者は資産家の御曹司で、無類なお人好し。Kは、4~5万円で買ってきた質の悪い手形を持ち込んで、(すみません、集金が手形になっちゃって)などと偽り、例えば、家賃の滞納分が3ヶ月で60万円とすると、100万円の手形を渡し、逆に残りの40万円を受け取る。しかしその手形は3ヵ月後、確実に不渡りになる。それでもその経営者は怒ったりせず「困りましたね~」と言うばかり。Kも心から申し訳なさそうにしながら、次の月に、今度は300万円の手形を持参し、不渡りになった100万円と、さらに滞納した家賃に充て、また差し引いた分を貰って帰るのである。3年半後、そんなやりくりも続かなくなり夜逃げした。

高井戸の会社もそうした休眠会社を買い取って利用しているもので、犬鳴が代表取締役の住所を尋ねたが当該住所は(駐車場)であった。詐欺の種類は沢山あって、大手企業の役員を装った名刺を出し、散々飲み食いした挙句、「請求書を会社に回して」などというのも詐欺の一種であろう。また、昔はクレジットカードに制限の無い時期があり、銀座のクラブに通い続けて、翌月、カード会社から数百万円の請求が届くなんてことは良く聞いた話である。前述のK。次の月の決済が不能であることを予測して取り込み詐欺を計画した。高井戸が法人ならば、Kは個人の犯罪である。Kは、思い立ったその日から、東京都内や近県の都市にあるデパートを駆け回り、当時、人気のあったソニーが売り出していたラジカセを、カードで買いまくったのである。犬鳴の知人は車を提供し、運転手を務めたらしい。1台4万円のラジカセは、バッタ屋に持ち込むと2万8000円に成った。Kは100台ぐらい購入し300万円ほどのお金を手にして、新しい彼女と世帯を持ったという。

何度か会ったことのあるKは、恰幅の良い紳士然とした男だった。中野の出身で、一時は、K家の所有する土地だけ歩いて八王子まで行けた。というほどの資産家の家に生まれたが、彼の代で総て失った。某テレビ局のアナウンサーもしたことのあるKは弁も立ち、(詐欺師)になるべくして生まれてきたような男だった。俗に、飲む、打つ、買う、と、男の道楽の三拍子だが、Kはまさにその3つを兼ね備えていた。中でも、打つ、の競馬は病的に好きで、或る日の夢で、メガネをかけた競馬馬がKの前に出てきて、(今度のレースは僕から買って)と言ってウインクした。等という話を聞かされた。昭和8年生まれ、恐れ多くも、今の天皇陛下と同じ年の生まれ。を自慢していたが、もう生きていないかな?いや、何とかは世にはばかるっていうから案外元気で、今もどこかでレベルの低い詐欺を重ねているかも。-------------