探偵日記 3月20日金曜日 曇り
今朝は5時前に起きてタイちゃんの散歩に行く。路面が濡れて臭いがしないからつまらないのか、20分少々でさっさと家に帰ってしまった。やることも無いので、新座市にあるゴルフ練習場「ウインズ」に行く。22日、ひととのやCCでグランドチャンピオン大会があり、そのための練習である。熟知したコース、1番ホールから各ホールを想定し打って行く。勿論、ミスをした時はそれなりのクラブを使う。するとどうだろう。なんと、80そこそこで18ホールを終えた。邪念が無いから上手く行くのだろうが、いざティグランドに立つと右は林、左はOB。というふうに体が萎縮してしまいとんでもないショットをしてしまう。
新宿・犬鳴探偵事務所 8-5
翌々日、犬鳴は神戸に居た。高柳の紹介でYグループの中でも、今売り出し中の人物と会うためだった。勿論、高柳も同行してくれた。高柳とその組長はムショ仲間だと言う。数年前、東京で発砲事件があったが、犯人が大日本関東軍のメンバーで、ほとんど関係なかった高柳も共同正犯として逮捕され、暫く入っていた。その際、知り合って意気投合したらしい。
高柳曰く、「ヤクザの東大出みたいな男で、ゆくゆくはかなりのところまで上るでしょう」という触れ込みであった。午後の新幹線で神戸に到着。早速、その事務所を訪問した。前もって知らせておいたが、(急遽、上の人とゴルフに付き合うことになって、今戻ってくる途中です)と、留守番の子分がお茶を出しながら言う。おそらく部屋住みの若衆であろう。所作がきっちりしていた。
間もなくどやどやっという感じで事務所の廊下が騒がしくなり、東大出の組長が帰ってきた。開口一番「お~涼ちゃんしばらくやね~元気にしとりましたか」と、親しみを込めた挨拶をする。高柳も如才なく応じていたが、犬鳴は少し嫌な気分になった。何がどう。ということではない。勿論高柳の推薦を疑う意味でもない。犬鳴の第六感というか、明らかに、犬鳴のような一般人とはかけ離れた思考の持ち主に思えたのだ。それも致し方のないことだろう。向こうは暦としたヤクザである。顔に刀傷もあって若い頃から喧嘩三昧でのし上がってきたのだろう。笑うと可愛いところもあるが、貫禄も凄みも高柳とは桁違いで、なるほどこの世界で出世するだろうとも思えた。犬鳴は、自分の感情は押さえて訪問した主旨を話しはじめた。
当然ながら、相手方として出てきた四国の組も良く知っており(何んだそんなことか)という顔をした。犬鳴は、話の途中で、(これは名刺代わりです)と言って、3百万円が入った封筒を渡した。親分は「あ、これはご丁寧に」と軽く頭を下げる。それから、今までの経緯を分りやすく説明し、犬鳴が申し出た、全面撤退の条件について、(折半)と言ってきたことを話した。他人の店を理不尽に横取りし、返してくれ。と言ったら、半分遣せという。しかし、東大出の組長は薄く笑っただけで、何の感情も意見も言わなかった。犬鳴は、組長が(そんなものでしょう)と言ったように錯覚した。高柳は、(とにかく力ずくで取り返そう)という気持ちでいるので、(親分宜しく頼みます)などと言って、上京を促している。犬鳴は、まあ、ちょっとやらせてみるか。と思い、あとは高柳に一任した。
東大出?の組長も金脈を感じ取ったか、上機嫌で応諾し、「久しぶりやから一杯いこうやないか」と言って、犬鳴、高柳、に、向こうは組長ほか幹部と思われる四人で、神戸の町に繰り出した。犬鳴は、その夜、四人のうちの一人(河合章吾)という男に注目した。まだ犬鳴よりかなり若かったが、他の連中から(おじさん)と呼ばれ、組長も一目置いている感じで、何となく存在感のある人物であった。人の縁というものは不思議なもので、以来、河合章吾とは今日まで長い付き合いになった。
翌日午後の新幹線で帰京。例の組長以下総勢はその翌日上京する手はずになった。30名分のホテルを確保して、オーナーにもその旨報告し、(もう少し時間がかかる)ことを了解してもらう。オーナーは幸い東京に居たが、明日は九州方面に向かうらしい。夕方「犬鳴さん食事でも如何ですか」と誘われ、(東京はあまり知らない)というので、新宿二丁目のおすし屋さんに案内した。オーナーは食事に誘っておきながら出されたものに手をつけようとせずお茶ばかり飲んでいる。一般的に覚せい剤の常習者は食事を摂らずコーラーなどの飲み物に依存する。一つには喉が渇くためらしい。犬鳴は不良だったが、薬物には手を出したことが無い。根は小心な田舎者なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー