探偵日記 6月24日月曜日曇り時々雨
昨日は夕方選挙の投票に行き、ついでに夕飯を済ませ7時過ぎにはベッドに入った。かといって、すぐに眠れるはずも無く1~2時間おきに目が覚めた。ただ、休養は十分取れたようで、体調は良い。4時半、タイちゃんの散歩に行き、少し早めの朝食の後、阿佐ヶ谷駅前の角田クリニックへ。検査の結果は良好で、数ヶ月前「貴方は立派な糖尿病です」と診断されたのが嘘のよう。どの数字にも危険ラインを示すHがなかった。僕的には特別生活態度を改めたわけではない。ただ、ビールや清涼飲料水を控えたことと甘いものを食べなかったぐらい。酒量はそのままである。ということは、薬が効いたのか?来月、或いはその次の月の検査結果を見て判断しようと思うが、立派な糖尿病がそんなに簡単に改善されるものなのか。良くなって文句を言うわけではないが、お医者さんのおもちゃにされているような気にもなった。10時、事務所へ。
銀行預金 3
依頼人は諦めない。「絶対に隠しているはずだ」と言って、調査の継続を求め、毎日のように進捗状況を聞いてくる。一般に、(成功報酬)の契約でなされた調査は、探偵事務所の判断で行い、依頼人からあれこれ指示を受ける必要は無い。なぜならば、成功しなければ一円も貰えないからだ。乱暴な言い方をすれば(探偵が気の向くままに勝手にやればいい)ぐらいの調査だ。しかし、一たび依頼をすると一日でも早く結果が知りたくなるのも良く分かる。したがって、(今こういう調査を進めています。もう少し待ってて下さい)などと言って依頼人を宥めるしかない。日々経費が嵩み投げ出したくなるが、何となく可能性も棄てきれず結果を出す自信もあった。
最初の成果はひょんなところから判明した。亡くなった人物名義の不動産を発見したのである。雑種地ながら捨て値で売っても5000万円程度のものだった。弁護士がまず仮処分を設定する。そうすることでマルヒが他に売ることも担保にすることもできない。弁護士も依頼人も喜んだが、即報酬に結びつかない。依頼人がその物件を処分してから。ということになると何時のことか分らなくなる。依頼人には、そんな不安を抱かせるような、少しずるい面もあった。僕としては何とかして銀行預金を探したいと思っていた。故人は生前多くの保険に入っており、その支払いがなされているはずである。確かに中には借り入れと相殺されたものも含まれていたが。
マルヒの自宅に特殊な工作を施して情報蒐集に当っていた調査員が一本のテープを持ってきた。「所長これを聞いてください。何の暗号か分らないんです」と言う。僕は早速そのテープを聞くことにした。聞いてみると、マルヒが先方の指示に沿って電話のダイヤルをプッシュしている。詳しくは書けないがプッシュした数字が暗証番号になっており、長いものが口座番号であるらしかった。更に詳しく解読すると、マルヒの住所から遠くはなれた場所にあるM銀行T支店であること、口座の名義人がマルヒの代理人の弁護士であること、6000万円の残高が有ることも判明した。要するに、保険会社からマルヒの口座に入金されるべきものを、一旦、代理人の口座に入金したものだったのである。
その日の内に依頼人と弁護士とを交えた打ち合わせを行い、翌日、判明した口座を差し押さえて凍結した。これで我が探偵事務所の業務は終わり、後は弁護士が抑えた預金から報酬を受け取るばかりとなった。そしてそれから数日後、何回目かの公判が開かれ、(最後のご奉公)と思い傍聴した。裁判が終わりマルヒと弁護士が裁判所の廊下で立ち話をしている。どんな会話をしているのかな。と思った僕は何食わぬ顔で接近して、携帯を耳にした格好で聞き耳を立ててみた。弁護士「いやああれが見つかるとは思っていなかった。マルヒ「先生あれっぽっちどうってことことないわよ」その後二人はさもおかしそうに笑い合って裁判所を後にした。
5000万円相当の土地と6000万円の保険金。それを「あれっぽっち」と言って笑っていたマルヒにはどれだけの遺産が入ったのか。その後、依頼人から報酬を受け取る日がやってきた。1億円の7~8パーセントが僕の成功報酬である。少なくとも700万円は頂ける。と思っていたが、依頼人は300万円しか持ってこなかった。どうして?と聞く僕に対し「そんな約束はしていない」と言い張る。紹介してくれた弁護士の手前言葉を荒げるわけにもいかない。僕は言う(そうですか。じゃあ先生にも相談して法廷で決着をつけましょうか)依頼人は「好きなようにしてくれ」といって帰ろうとする。僕が(ちょっと待ってください。最後にこれを聞いて行って下さい)少し不審な顔をした依頼人がソファに腰を下ろしたところで、僕は机の中からテープを取り出して聞かせる。テープの冒頭にお互いの身分が分る会話とさりげなく挿入した当日の日付、ここまできて依頼人も察したようで「分りました」と言って残金を出した。
世の中色んな人が居る。依頼人も様々だ。その後も、なんのかんのといって調査を依頼してきたその依頼人は、まだ50歳にもならない若さであっけなく死んでしまった。何時も秘書のように連れ添ってきていた女性は(愛人)だったようで、あるとき事務所を訪れ「私もホッとしています。あの人の仕事のやり方についていけないと思い始めていましたから」としみじみ言っていた。お金が全て。という人だったようで、仁義とか羞恥心のない依頼人だった。----------------