探偵日記 2月6日金曜日 晴れ
水曜日がゴルフで、昨日は出かけにかなりの雪が降っていたのでズル休み。(笑)それでも麻雀はしっかり負けに行きました。夜は、阿佐ヶ谷のちゃんこ「田中}で食事。その後、例のスナックに行こうと思い店の前まで行ったが、嫌いなじじいが入るところに遭遇。(や~めた)と思い別の店に行ったが、ここはママがズル休み。20時過ぎに帰宅し、そのまま寝る羽目になった。
朝、4時40分、ドアの向こうでタイちゃんが待機している気配があって、ちょっと早いが散歩に行く。最近のタイちゃんは、元気は良いがあんまり歩かない。前は、1時間の散歩で4000歩歩いたのに、今はその半分。これでは僕の足腰の強化にならない。
新宿・犬鳴探偵事務所 4-4
そんなことを思い出しながら工藤夫妻の席に着き、(お早うございます)と挨拶すると、夫妻は互いの顔を見合わせ(貴方から説明しなさい、いや、お前から)という感じで少し躊躇った後、「犬鳴さん。色々ご心配頂きましたが沙織も承知してくれました。ただ、手術はもう五ヶ月を迎えているので大事を取って、私らもすぐに駆けつけられる青森の病院でやりたいと思います。)と言う。Dr柳原の(今回は堕ろしてくれ付き合いは変えないから)という嘘が功を奏したか、沙織は一旦病院を辞めて郷里に帰る事になった。夫妻は「それで、明日帰りますが、沙織が犬鳴さんと話がしたい。と言ってますが如何でしょうか?」と聞く。何だろうと思ったが、犬鳴は快く応じ、午後、ホテルに来ると言う沙織と会うことにして、引き上げた。
午後、件のホテルで工藤沙織と面談した。何度か実物も見ているし、写真は山のように見せられた。しかし、彼女を取り巻く状況が多きく変わった今、改めてみる沙織は、適齢期を迎えた女性の充実した魅力に加え、身ごもった女性の自信みたいなものが重なり、しっとりとした潤いのようなものを感じさせた。最初に依頼人が言った(牛がソバージュをした)様な女性とは程遠く、Drが愛したのも頷けた。犬鳴が手を上げて合図し、それに気づいた沙織が席にやって来た。(初めまして犬鳴です。今回は貴女にずいぶん酷いことをしたね)と言うと、沙織は犬鳴を少し睨むような表情をした後、邪気の無い笑い顔になり、「本当に、犬鳴さん、人の恋路を邪魔すると南部の馬に蹴られますよ」と言った。そういえば沙織は昭和二十九年生まれの午年だ。犬鳴は、ずいぶん洒落たジョークを言うなあと感心した。きっと頭も悪くないのだろう。マルヒはそんなところにも惚れたのかもしれない。
沙織はそれ以上の愚痴は言わなかった。ただ、「突然親に出てこられてびっくりしたし、恥ずかしい思いもしたけど、私なりに悩んでいたんです。産んだってあの人がキチンと責任を取ってくれるとは思えなかったし、私は仕事が好きだからまだまだ働きたいと思っているし、そんなこんなでぐずぐずしているうちにどんどん育ってくるし、本当は、犬鳴さんのようなおせっかいな人が現われてくれるのを待っていたのかもしれない。先生は優しいけど男らしくない。でも私はそんな男性が好みなのかもしれないって、最近良く考えるんです。父からお金のことも聞きました。私もそうだけど家だって裕福じゃ有りません。でもお金は要らない。何時だったかあの奥さんに言われたんです。(貧乏人の百姓女が玉の輿を狙って、子供が出来たって誰の子かわかりゃぁしない。あんた、医者の奥さんになるのは百年早いんだよって。)犬鳴は、あの依頼人なら言いそうなことだ。と思ったが、黙って聞いていた。「その時思ったんです。先生、私と一緒の時は、必ず離婚して君と暮らすから。と言うんですけど、今度、母から(人のものを取ったら必ず取り返される。あの先生、ちょっと良い男だから、きっとまた浮気するよ)って言われて、私も、そうだなって、思ったんです。」
沙織の話は理路整然として分りやすかったし、故意も衒いも無かった。初めてあった他人の犬鳴に真情を吐露してくれたのだと胸に沁みた。たんに田舎の人間というのではなく、沙織の本当の姿を見せられたような気がした。(いい娘だな)罵られたり、泣かれたりするのかな。と覚悟してきた犬鳴はホッとするよりちょっぴり感動した。と同時に、あの素朴な工藤夫妻を見直した。二人の子育ての成果であろう。良く、(子は親の背中を見て成長する)と言うが、まさにその通りだと思った。
ひとしきり、そんな会話をした後、沙織がくそ真面目な顔をして「ねえ、犬鳴さん。私、元の体に戻ったらまた東京に出てくるつもりだけど恋人になってくれない?」と言う。犬鳴は一瞬沙織の言葉の意味を理解しかね、え、何?と聞き返すと、沙織は少し笑って「だって、犬鳴さんのせいで彼氏が居無くなったんだから責任とってよ」と言った。犬鳴は、へ~そんな理屈も有るのか。と思ったが、(いいよ。君みたいな素敵な女性の相手を出来るんなら、よし分かった。今夜家に帰って女房に別れ話をしておこう。)と言った後、おどけて、べ~をして、周囲の人が振り返るぐらい笑い合って沙織と別れた。
秋になり、(見知らぬ人から便りが届いた。)じゃあなく、十和田市の工藤家から箱一杯の真っ赤なりんごが届いた。中に手紙が入っていて、封を切ってみると沙織からだった。術後も順調で、すっかり元気になったこと、東京での再就職先も決まって、年内に上京すること、今度は自分が依頼人となって、結婚相手の調査を頼むかもしれない。等と書いてあった。ーーーーーーーーー