探偵日記 3月4日金曜日 晴れ
企業は土日を休むところが多いが、僕も金曜日になるとホッとする。なぜか、それは犬の散歩が金曜日までで、土日は免除されるからだ。それでも、体はそれに慣れているから、朝5時になると自然に目覚める。廊下で騒ぐ気配、階段を下りてゆく足音を聞きながらやがて浅い眠りにつく。そんな大して重要でもないことに一喜一憂する老々の日々。別の友人がインフルエンザに罹ったという知らせを聞き、自分も少し大きい病気になって1週間ぐらい入院してみたい。何て言うと病気の人に怒られるだろう。変に気ばかり若いものだから、老体にムチ打って外出し、麻雀では餌食になり、歌舞伎町では可愛い女性たちに遊ばれる。(涙)
続 新宿・犬鳴探偵事務所 1
平成23年春、吾郎は第一線を退き息子の一郎に譲った。一郎は父親譲りの出来損ないで、苦労して入れた高校も退学処分となって、ニートになる寸前に犬鳴探偵事務所に入れたが、いくらか性に合っていたようで、20年間何とか続けてきた。慎重な性格だが度胸はあって、一応、何でもそつなくこなせるようになっている。ただ、これも父親に似て踏ん張りがきかずすぐに投げ出してしまう傾向がある。加えて、人嫌いで社交性に欠ける。棟梁の器ではないが、まあこんな小さな事務所ぐらい営めるだろう。と思って、代表権を与え、吾郎は顧問となった。時は、リーマンショック以降の不況下、弁護士事務所からの下命をひたすら待つ状況で、禅譲されたほうも迷惑だったかもしれない。もう1か月近く、事務所の電話も、吾郎の携帯もぴりりとも鳴らず、どんよりとした空気につつまれていたある日の午後、吾郎の携帯ではなく、事務所の代表電話が控えめに鳴った。--------------