探偵日記

探偵日記 04月27日月曜日 曇りのち雨

今朝、実兄の捷(芸名、宮本二郎)が亡くなった。寅年の82歳。一時、青江三奈さんとドサ回りしていたが、その後、若い女性とロスに駆け落ちし少し成功した。当時は日本のバブル期、僕もしょっちゅうロスに行きパームスプリングスにあった兄の別荘に泊まって、ゴルフ三昧。挙句の果て、カルフォルニア州の運転免許を取得。帰国後、罰則が適用されないこと良いことに無茶苦茶な運転をしたものだ。兄は、小学5年の頃家出し、福岡の米軍基地で地回りの親分に拾われ米兵相手に靴磨きをしていたらしい。18歳の時、ロカビリーの世界に入り少し売れて、一時、ドリフターズのドラムをやったこともあった。それほどの力も無い癖に上昇志向が強く、ナベプロを飛び出し、(宮本二郎とスクラップサウンズ)を結成。自身は、声が石原裕次郎とそっくりだったため新宿のクラブで歌ったりしていたが、食えなくなって青江さんのいた木倉事務所に拾われたようだ。当時、青江さんのマネージャーだった人が、後に(安室奈美恵さん)の社長となった「平鉄夫さん」である。バンドを結成していたころのバンドボーイに、後にテイチクの社長にまでなった「飯田久彦さん」(おじゃまします。)というギャグで有名になった「南州太郎さん」などがいた。良くも悪くもお騒がせな人だったがあっけなく逝ってしまった。合掌

新宿・犬鳴探偵事務所 4-27

仮に、今なら(ああそうですか、じゃあとりあえず10憶円ほどお預かりしましょう)と言ったかもしれないし、やはり言えなかったかもしれない。本質は田舎者ので小心な犬鳴である。否、心優しい生真面目な男だ。正直なところ、ピンとと来なかったのが正解であろう。あまりにも現実離れした金額だったし、そんな大金に見合う仕事をする自信も無かった。
犬鳴探偵事務所はまず、不倫相手の女性の身元を徹底的に調査することから着手。その結果、ご多分に漏れず地方の出身であること、中卒で集団就職で青森から上京。ちょとの間町工場に勤務したがすぐに水商売に入り、数年後、六本木の蝶高級クラブ「はなかん」のホステスになったらしい。色白で雰囲気のある美人だった。(これじゃああの奥さん敵わないな)と思ったが勿論そんなことは言わない。
マルヒの愛人になった今、当然ながらホステス稼業は卒業、港区の超の付く着く高級マンションで優雅に生活していた。次に、女性の日常生活をつぶさに把握する。調査員は連日マンション前で張込、彼女が外出すればこれを追尾。大根やお豆腐、味噌を買ったことまで記録した。・・・・・・・・・・