2020年09月03日木曜日 晴時々雨
よく作家は嘘つき。と言う。僕は本を2冊出し作家登録もしたが、今まで、作家だと思ったことはない。しかし、嘘つきだとは思う。中条きよしの歌に「うそ」というタイトルのものがあるが、気恥ずかしくてあんな嘘はつかないしつく相手も機会もない。僕の嘘は軽いジョークに近いもので相手を大きく傷つけたりはしない。と、思っている。ただ、或いは僕に(騙された)という人はいるかもしれない。人は知らず知らず不用意な言葉で相手を傷つけることがあるから。
今、調査の問い合わせがあった。若い女性の声で「自分の家が誰かに盗聴及び盗撮されいると思うので調べて欲しい」という内容。朝からガックリする。大体この種の依頼は仕事として成就しない。なぜならば、僕自身引き受けたくないし、探偵の仕事としての達成感が得られない。決して(ほら、ここにありますよ)とはならないのだ。それでも、丁寧に応対した。お医者さんの心で(笑)
新宿・犬鳴探偵事務所
車は飯倉から東京タワーの横を抜けレインボーブリッジにさしかかった。この頃になると彼女もいくらかリラックスしたようで饒舌になった。母親は、言い寄ってきた学生を袖にしたことが原因。と説明していたが、彼女の言い分はかなりニュアンスの異なる内容で、よく聞くと彼女自身の(失恋)に端を発していることが分かった。ただ、彼女がそう言ったわけではなく、あくまでも犬鳴の解釈だが、生真面目な人にありがちな、お思い詰めた結果だろうと思えた。車を走らせながら唐突にあることを思い出した。犬鳴は山口県の片田舎で成長したが、近所にMさんと呼ばれる浮浪者がいた。ボロを纏い日中から何かぶつぶつ言いながら徘徊していた。ただ、決して周囲に迷惑をかけるようなことはなかった。そんな或る日、養母がこっそり教えてくれた「Mさんはね、ものすごい秀才で東京の大学を出て下関の学校で先生をしていたんだけど、近所の奥さんに横恋慕して、意のままにならなくておかしくなったんだよ」と。まだ小学生の犬鳴だったが、本好きの養母の影響で、一緒になって同じ本を読んだりした影響でかなりませた子だったから、何となくMさんが乱れた原因を理解した。
国立〇大を優秀な成績で卒業し、さらに上を目指し大学院に進んだ人である。頭脳明晰であることはいうまでもない。ただ、あまりにも真面目すぎて心に余裕というか(遊び)の部分が無かった。Mさん同様思い詰めてしまったのである。彼女の口から頻繁に出てくるY君。彼女がいつも行く図書館で顔見知りになり、やがて親しく口をきくようになった。そして、一方的に愛し、突然その学生は図書館に現れなくなった。学生時代、酒と女と麻雀で身を持ち崩した犬鳴には、(図書館デート)など思いもつかなかった。否、最も嫌いな種類の人たちだろう。
この依頼人を、どう探偵の仕事に結びつけるか。そんな犬鳴の思いを察したのか彼女がこんな提案をしてきた。「私がいくら口で説明してもわっかって頂けないでしょうから、調査員のどなたかに、私の部屋で私と一緒に生活して頂けないでしょうか」と。---