ストーカー その1

探偵日記 11月9日金曜日

今朝もタイちゃんに4時40分ごろ起こされた。少し腹が立ったけど仕方なく散歩に出る。タイはそんな僕の気持ちを無視して、好き勝手に歩き、突然ウンチをする。変な態勢になると、あっと思ってティッシュを敷くのだが、何時も奴のほうが素早く間に合わない。それを4~5回やられる。今日は1時間で終え4600歩あるいた。8時に朝食。本日はテレビのディレクター氏が11時に来るというので、早々に仕度をして9時20分ぐらいに事務所に着いた。

時の経つのは早いもので、11月ももう三分の一消化した。一向に仕事が入らない。事務所にツキが無いのか、世間が不景気なのか、はたまた、僕の生活態度が悪いのか。--ーーー



ストーカー その1

前に書いた「詐欺」の時、主犯が組織した弁護団の中に、Nという弁護士がいて、その仕事が終了してからも親しくお付き合いしてもらったが、5~6年前、地方の裁判所に出張した際、急死された。少し肥満傾向だったので心配していたが、激務も影響したのかあっけ亡くなくなってしまった。

そのN弁護士から電話がかかり、「僕の行きつけのクラブのホステスさんなんだけど、何か調べてもらいたいことがあるって言うから聞いてやってよ」と言われ、待っているとまもなくそのホステスさんから電話がかかり、早速会う約束をした。勤めている店が六本木というので、今はもう無いが、交差点の角にあった(アマンド)で待ち合わせる。クラブのホステスといってもピンきりである。声の感じはそんなに若くない印象だった。勿論、美人かどうかまでは声からは判断できない。

出勤前の夕方6時、約束どおりホステスさんはやって来た。着物姿で着こなしも堂に入っている。ただ、一人ではなかった。もう一人は、その後の会話の中で(ママ)と呼ばれていた。同じように着物姿で、少し年上に見えたが二人ともなかなかの美人である。ぽつんと座っていた僕の席が一瞬の内に華やぎ、隣席の男性が羨ましそうな顔で見ているのが分かった。初対面の軽い挨拶が終わり、まず、ママと呼ばれている年かさのほうが話し始めた。良く観察すると本来の依頼人はそれとなく憔悴した印象で、ママの話を黙って聞いている。

依頼の内容はこうだった。主たる依頼人の名前は源氏名を真紗美という。ママ曰く「調べていた頂きたいのは真沙美ちゃんの元彼です。」そのあと、何故調査をしなければならなくなったのか、その理由を話し始めた。二人とも少し離れているが麻布十番のマンションに住んでいるらしい。或る日、というか、毎朝(といっても夕方6時とか7時のことだが)六本木のお店に出勤するバス停で顔見知りになって、半年ぐらいお付き合いしていたんだけど、最近ちょっと変になって。と言う。僕は、聞いていて、ママの言うことが良く理解出来ずにいた。ママのほうも何となく説明しずらい感じで、(あとは真沙美ちゃんが言ってよ)というように、彼女のほうを見ながら、その先を促している。

その後、二人が交互に話す内容をまとめると、(付き合い始めは好感の持てる青年だったが、何となく一緒に暮らすようになった辺りから嫉妬深くなり、うんざりした真沙美が避けるようになると更にエスカレートし、店の終わる時間になると張り込んだり尾行するようになり、先日は、真沙美の洋服ダンスの中のドレスや着物を包丁のようなもので滅多切りされたという。それ以外にも、勤務する店に、頼んでもいないお寿司が20人分出前されたり、店の顧客の会社に怪文書を送られたりした。)ああ、それでママとしても放っておけなくなったのか。と、僕は理解した。世の中には嫉妬深い男は沢山居る。僕とても、まるっきりやきもちを焼かないわけではない。ただ、度が過ぎると、かえって女性に嫌われることを承知しているし、(男の沽券に係わる)と思っているから、仮に、疑問に感じることがあっても軽々しく口にしない。

しかし、本件のマルヒは病的であるし、やっていることは明らかに犯罪である。(警察に)と言いかけて思い留まった。彼女らは、客の弁護士を介して僕に相談している。公権に頼る気は、はなっから無いのだろう。要するに、二人の希望は、マルヒを尾行し、その行動から一連の嫌がらせがマルヒの仕業であることを立証したい。らしい。仮に、警察に行くとしても自分たちの話だけでは信じてもらえない可能性もあるし、場合によっては、大袈裟にしないで解決したい。という気持ちが強いようだった。かりにも、好きあった相手である。今となれば、身の毛のよだつぐらい嫌悪しているだろうが、そんな男と知らずに交際し、部屋の鍵までも渡した自身の軽率さを恥じている部分も感じられた。ママのほうは30台後半か、依頼人は、彼より3歳年上というから、32歳。ホステスとして油の乗ってくるころである。

正式に受件し、早速翌日から着手した。マルヒの住所は神奈川県横浜市、調べてみると間違いなく独身で、真面目な会社員の長男。その日の朝も実家から出勤した。勤務先は依頼人の住むマンションから2~3分のところにある中堅のゼネコンで、マルヒは学卒後入社し、経理部に配属されていた。調査員から見せられたマルヒの写真は、いわゆる、醤油顔で、今の流行り言葉で表現すると(草食系男子)に属すようだ。

午後5時55分、勤務先のビルを出たマルヒは、道路わきにある電話ボックスに入りカードを使って短い電話をした。--------