カンクラ 3

探偵日記 8月21日水曜日晴れ

最近は身元調査が困難になった。というのも、毎度ぐちっているように(個人情報保護法)のせいだ。われわれ調査会社は人の調査をするとき、最初にしなければならないのが調査対象者の住民票を取り、次に戸籍謄本を取得する。そうすることによって、その人物の基本情報が判明する。氏名、年齢、現住所、同居者の有無、それらの氏名年齢、転入日、本籍、筆頭者名、等々次の戸籍謄本で、出生地、父母同胞の氏名年齢、結婚していれば配偶者の氏名年齢、婚姻日、その父母の氏名、したがって、この二つを得ることである程度の人物像が描けるのだ。しかし、最近はこの二つが入手できない。雲を掴むような状態で調査を開始しなければならないのだ。役所はもとより、一般個人もこの法律を盾に、異口同音に「お応えできません」と言う。僕に言わせれば、極めて閉鎖的な世の中になった。ということになる。最近のこと、僕の郷里の家の住所を詳しく知りたいと思い、下関市役所に電話をかけた。なにしろど田舎である。OO町の福田政史と書いただけで手紙は届く。ところが正式には大字OO字・・・というふうに番地を書かなければならない。たいがい4桁の数字になる。僕はこの番地が知りたいと思い市役所のしかるべき部署に電話をかけた。市役所では年4回固定資産税の請求をしているので僕のことは勿論承知していた。担当者曰く「個人情報保護法でお応えできません」と言う。どうしても知りたければこっちに来て台帳を閲覧せよ。というのが担当者の言い分だった。カッとした僕だが市役所内には知り合いが居るかもしれない。と思い直し(分りました)と大人しき電話を切った。

このように、極端に非公開とする反面、インターネット上には個人情報が氾濫している。また、図書館に行けば一定の情報はいとも簡単に取得できる。最近、僕の事務所である女性の調査を行った。調査の目的は単純なもので、(住所が知りたい)というものだった。勿論依頼人の目的がストーカー的でないことを確認して着手した。結果はあっという間に判明した。詳しい手法は書けないがネットに掲載された数個の会話から辿ったのである。これも最近のこと、JRがスイカの情報を企業に販売するという。ニュースにはなったが、違法行為で取調べを受けたとはいっていない。おかしいではないか。官色の強い会社や大企業が行うのなら良くて、一般の者はノーか。僕もスイカを常用しているが、あの一枚に僕の個人情報がかなり入っている。日々の行動、嗜好など。日本人は穏やか過ぎる。もっと怒るべきだろう。

カンクラ 3

翌日の午後、犬鳴は新宿駅に近い喫茶店でそのホステスと会った。色が白く見ようによっては美人なんだろうけど犬鳴が最も嫌いなタバコを吸う。それとスタイルが良い。犬鳴は6頭身のような体型を好む。まあそんなことは関係ないが彼女の相談は(ある男性の所在調査)だった。彼女は数年前、日本で働くため多額の借金をして来日した。何故そんな借金をしたか?まず、パスポートを偽造し、次にビザを申請し取得する。こうした一連の作業を(日本通)の韓国人ブローカーに頼むためである。晴れて来日できた彼女はそれからというものビザの更新に悩むことになる。来日当初は(就学)を目的とし、真面目に通学し一定の成績を上げれば1~2年は滞在できた。但し、お金の稼げる仕事には就けない。韓国クラブのホステスは出来ないのである。それでは母国の人たちが忌み嫌う日本に来る意味が無いし、借金も返せない。じゃあどうするか。安心して滞在出来、しかもクラブで働けるには「結婚」することが手っ取り早い。ということで(偽装結婚)が大流行した。

彼女も先輩ホステスの指導を受け、或る日本人男性と結婚することが出来た。名前はS。結婚といっても同居するわけではない。戸籍上の婚姻を結び入国管理事務所に行くときだけ夫を演じてもらえば良い。その代わり、Sに代価を支払わなければならない。当時の相場は300万円ぐらい。またまたブローカー氏は仲介し、その中から大半を搾取する。自分の戸籍を他人に利用させるぐらいだから住所不定で無職の者が多い。Sもその類だった。やがて2年目の更新時期になり、彼女は1年ぶりにSと夫婦を演じる時が迫ってきた。入国管理事務所もそんなことは百も承知で、(大目に見ている)ただ、3年ビザの時は綿密に調査をするようだ。今回の彼女は2年目で、1年ビザを申請するという。ところが、肝心の夫と連絡がつかなくて困りきっていた。

犬鳴が聞く。(ブローカー氏はどう言ってるの)彼女「知らないよ。お金貰ったら逃げたよ。」要するに、100万円程度をSに渡し、後は知らん顔を決め込んでいるらしい。母国に夫や子供、或いは両親を残し、必死の思いで来日し、まさに体を張って出稼ぎに来た同胞を食い物にする連中も大勢居たようだ。1年後、入国管理事務所に一緒に行ってくれれば、また30万円位のお礼をする約束になっている。だからSもそれを楽しみにしている筈だ。だから、連絡がつかないのはSが期日を忘れたか、何らかの事情で部屋に帰って来ていないのだろう。というのが彼女の考えだった。Sは池袋の3畳一間を家賃2万円で借りて生活しているらしい。「私もお店が終わって何度も行ったんだけど居ないんだよ」彼女は必死の形相で、「とにかく3日しかないから探して連れてきて」と言う。4日後、入国管理事務所に行ってもスンナリビザが出る保証は無い。意地の悪い担当官に遭遇すれば(帰んなさい)と言われることもあるらしい。仮にそんなことになれば多額の借金だけが残ってしまう。じゃあ、日本でホステスをしていればそんなに稼げるのか?いらいらしながらタバコを口から離さない彼女を見て犬鳴は複雑な気持ちになった。-----