恋愛ごっこ 4

探偵日記 9月19日金曜日 晴れ

天下のソニーが株式上場以来始めて無配に転落したというニュースを聞いた。僕の同級生も就職したとき誇らしげに自慢していたものだ。赤字の理由は携帯電話市場での目算違いだとか、担当者は大きな責任を負わされるに違いない。良く(企業は生き物)と言われる。ある時期隆盛であってもエッというような原因で、業績が急速に悪化することがある。それは、経営者の資質とか、社員の頑張りに関係なく襲ってくる現象である。僕のところのような極めて小規模の経営でも然りで、月の初めに問い合わせがあり、受件目前で流れたりすると(ああ、もしかすると今月はツキに見放されたかもしれないな~)と思ったりする。したがって、受件に至らなかった要因を分析してみる。(見積もり金額がいささか高めだったかな)とか、(面談の際、依頼人の心情を損なうようなことを言ったかしら)などなど。探偵のような水商売的なサービス業は営業も難しく、業績の見通しも立てにくい。だから、これまでの僕は、ケ・セラ・セラでやってきたが、次の世代には通用しないだろう。もっと現実的に地道な努力を要求されるはずだ。僕はいい時代に生きた。感謝感謝。

恋愛ごっこ 4

演出家は突然のOの申し出に戸惑ったが、Oの言い分は最もだと思うし、ここ数ヶ月思案をめぐらせてきたが名案は浮かばず、いっそ正直に何もかも妻に打ち明けてしまおうかと思ったりしていた矢先だったから、Oの提案に強く心を動かされた。Oは、自分が何らかの形で妻に接近し束の間の「恋人」を演じ、(不貞を働いた)という理由で離婚にもっていけないか。と言っている。Oは、打ち上げのパーティに何度か顔を見せた妻を見知っている。演出家は、これまで試行錯誤した中に、(妻が浮気でもしてくれないかな~)というのも入っていたが、旧家で厳しく躾けられて育った妻に、夫以外の男性と情を通じるなんて出来るはずもないと、選択肢からはずしたぐらいだった。世の中の夫がそうであるように、まさか自分の妻に限ってそんなことをするとは思えない。演出家もそう思っていたし、妙なことだが、妻に対し全幅の信頼をおいていた。

それにしても、OはどうしてMとのことを知ったのだろうか?まあ、Mとの仲を知れば、自分が妻との離婚を考えている。と推測してもおかしくないが。しかし、ここでそれを認めるわけにはいかない。何もかもOに知られることで立場が逆転するかもしれない。といって、このままOの申し出を拒絶すれば、妻との離婚は永遠に叶わない。そうすると、Mをこれからずっと日陰者にせざるを得ない。なにより、自分はMを愛しているし、Mも心底自分に惚れているし頼りにもしているはずだ。Mは控えめな女性で、自分から妻との離婚を迫ったこと等一度もなく、話題にもしなかった。夜更けにMの部屋を出る時も、一瞬悲しそうな目はするが(帰らないで)と引きとめたりもしない。ただひたすら耐えて待つ。そんなMを哀れに思ったことはあっても疎ましく感じたことなどただの一度もない。劇団の中でも目立たず、たまに良い役を振っても(私はまだそんな立場では有りません。他の人に上げて下さい)と言う。

二人は黙ったままで30分余り黙々とグラスを口に運び、時間だけが無為に流れていった。演出家は決心した。「君の言うことは良く分った。まあ、僕とM君が愛人関係にあるかどうかはともかくとして、君の言うように妻との離婚は考えていたことだ。しかし、こんなことを君に依頼したということが世間に知れたら、妻との離婚や不倫など問題にならないくらい大きな失態となって、僕はこの世界で生きてゆけないだろう。君のほうで絶対に周知されないという自信はあるのか。まあ、君の思惑通りに事が運ばなくてもそれは仕方ない。君の努力を決してないがしろにはしないし、君の力なら近いうち大役を掴めるだろうが、僕がそうしたあげても構わない。決して口外しないという約束が出来るのか」演出家は、じっとOの眼を見つめながら聞いた。-----------