探偵日記

探偵日記 2月23日月曜日 雨のち晴れ

今朝は5時前からタイちゃんが騒ぎ、仕方なく早めに起きて散歩へ。外に出ると本降りの雨。ギョッとしたように玄関でたたずむタイちゃんを小脇に抱えて高架下へ。すると、遥か前方からセパードを二頭引きしたじいさんが来るのが見えた。覚悟を決めてすれ違うが思ったほど険悪にならずほっとする。朝食の後、20日に行った検査結果を聞きにクリニックへ。覚悟はしていたものの数値はかなり悪化していた。中でも、「検査の前日、暴飲暴食でしたか」とドクター。(いいえ普段どおりでしたが)と僕。中性脂肪が普段の月の10倍だとか。数字的にいうと1000を越えている。(乳ビ)なんとかといって、血液が牛乳みたいになっているとか。検査ミスじゃあないの。と思ったが口には出さずクリニックを後にする。まあ、ちょっと調子に乗りすぎたきらいはあるので、今後は慎もう。

新宿・犬鳴探偵事務所 6-2

 「ワンちゃん、ちょっとこいつを調べてくれ」と言って雑誌の記事と写真を見せる。写真のマルヒはT。我が国を代表する某大手企業の社長である。(会長、何か根拠があるんですか?)犬鳴が聞くと、Wはその風貌に似合わないくらい可愛い顔でニツコリ笑う。そんなことは知るか。と言っている。要するに、ターゲットを決めて、無差別に調査を依頼する。W独特の手法である。丁が出るか、半が出るか。Wの、自分の勘に賭けた出たとこ勝負の調査依頼である。帯封の付いた百万円をポンと投げて遣す。「何か出たらあと五つな」と言う。

 犬鳴は時々考える。政治家や大企業のトップ達はどうしてこんなに脇が甘いのだろうかと。最高学府を出て、それなりの努力をした結果、一握りの者しか到達しない栄光のイスに座る。成長過程や社会に出てからも羽目をはずすことなく来たのだろう。終着駅ともいえる立場になった途端箍が外れてしまうのだろうか。極めてみっともない状況を自ら作ってしまう。数ヶ月前、外資系企業のトップが痴漢で逮捕された。彼は、ゆうに還暦を越え、勿論妻子も居る。もしかしたら、結婚前のお嬢さんだって居るかもしれない。例えば、脱税とか、贈賄であれば、少なくとも妻は子らに何とか言い繕うことも出来ようが、痴漢では助けようも無い。おかげで、その人は、数千万円の年収と、本業以外の名誉職まで失った。まあ痴漢は擁護しようもないが、(浮気)位なら、場合によっては笑って済ませるかもしれない。ゴメン。

 ただ、もう少し上手くやってもらいたい。少なくとも我が妻には絶対知られないよう注意に注意を重ねてするべきである。それでも、探偵にかかるとあっという間に暴かれてしまう。犬鳴が常々言うところの(日本人に最も欠如しているものは、危機管理と防衛の意識)である。犬鳴探偵事務所を、晩節を汚さないためにも、読んだ人は是非心に留めて欲しい。
T社長の自宅は鎌倉にある。しかし、多忙を理由に港区内の超高層マンションで仮住まいしていた。妻は三日にあげず訪れ、掃除や洗濯をして帰るようだった。調査員は、調査初日の朝、まず仮住まいのマンション前で張り込みを開始。人相は依頼人が出版している怪しげな雑誌に出ていたし、その他、一流経済誌や新聞でお馴染みの顔である。したがって、勤務先からでも良いと思うが、マルヒはひとかどの人物である。普通のサラリーマンと違い出社や退社の時間は不定期な筈だ。とりあえず出社の状況を把握したい。午前8時43分、黒塗りのハイヤーがマンション前の玄関に横付けされ、間もなく、見るからに余裕綽々な紳士が玄関に現れる。すでに車を降りて待っていた運転手が、恭しく出迎え左側の後部ドアを開けて、腫れ物に触るようにして乗せる。

 この頃は、社用車よりハイヤーを利用する会社が増えていた。契約しているハイヤー会社から専属の車両と運転手を差し向けてもらうのだ。これで、Tの使用車両が分った。
数日後、何時ものように麻雀をしている犬鳴に調査員から連絡が入った。「所長、マルヒが品川プリンスに入りました。」(ああそう、宴会かな)「違います。フロントに寄らず真っ直ぐ部屋に行きました。」(キーは)「ポケットから出してマルヒが開けました」(よし分った。後から女が来る筈だから、女の身元を確認してくれ、ああ、それから写真もな)何しろ、ポン、チーしながらの会話である。短く済ませたい。それに、犬鳴以外の三人はいずれもヤクザ者である。迂闊に固有名詞など言えない。それでも電話を聞いていた一人が「何やワンちゃん。おもろそうな話やんけ」と、笑いながら言う。こいつは、関西方面の某組の幹部だったらしいが、ミスをして破門になっていた。嗅覚は鋭く何でも食いついてくる。

 翌日、事務所で報告を受ける。調査員の話によれば、午後五時過ぎ、ハイヤーで送られたマルヒはフロントでキーを受け取ることもせず、直接部屋に入り、10分後やってきた妙齢の美女を招じ入れ、0時まで過ごしたらしい。犬鳴は指を折って数えてみると7時間だ。マルヒは還暦を越えているはずだ。(飯は食わなかったのか)「ルームサービスでお寿司を取ったみたいです」調査員は交代で廊下に佇み監視していたようだ。0時近くにTが部屋を出て、直後に女性が出てタクシーで帰宅したという。
Tの追尾は中止し、女性の尾行を行った調査員の報告で、プリンスホテルからワンメーターの距離に住んでいることが分った。その後の調査で、調査員らには、若く見えた美しいその女性は年齢51歳、夫や子供のいる歴とした主婦であること、さらに、ほんの少し前まで某政治家の秘書だったことなどが判明した。
その翌日、やはり麻雀をしている犬鳴のもとにT班の調査員から報告が入る。「所長、今日も昨日のホテルに来て同じ部屋に入りました」と言う。(へ~随分元気な社長さんだな。何とかツーショットが撮れないかな~)犬鳴がそう言うと、調査員は、「努力してみます」と言って電話を切った。この日も、Tが部屋に入った直後、くだんの女性が訪れ、同じように時間が経過、0時過ぎ別々に部屋を出てホテルをあとにした。結果は、やはりツーショットは叶わなかったが、ルームサービスを受け取る際、女性の姿をカメラが捉えた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー