探偵日記 3月25日水曜日 晴れ
今日は給料日。僕の一番嫌いな日である。考えてみればもう40年以上給与というものを頂いたことが無い。何時だって、経理担当の見張り番から(以前は僕の実姉だったが)あ(ハイ)と言って渡される小額の小遣いがその月の慰労金である。その額、若い調査員より少ない時の方が多い。だから今まではせっせと内職に励んだ。そうして得たお金は誰かに見つかるとまずいのでさっさと浪費することにしている。ン、探偵がやれるアルバイトって何?と思う人が多いと思うが、有るのだ。それがバブルの頃には年間1億近いこともあった。今は?0(笑)
新宿・犬鳴探偵事務所 8-8
取っ掛かりの仕事は、数名の人物の所在と現況を調べるという平凡なものだった。しかも、それらの基本情報は裁判所の資料から抜粋したものだったから、探偵にしてみれば造作のない調査であったが、犬鳴はこれら数名の顔写真や数日間の行動、家族の写真などを加えて報告した。というのも、犬鳴は、黒木に会った途端、自分を使う彼の目的を理解したからである。黒木は、何気ない感じで調査の指示をしたが、彼の両肩に覆いかぶさっている重みを感じたのだ。「とりあえずこれ」と言って黒木が渡してくれた金額も、バブルが崩壊し、数年経過した時期にしてみれば法外なものだったこともある。報告書の内容は黒木はもとより、事務所に関係する者たち全員が納得する内容だったらしく、黒木以外の人たちとの関係が一挙にちじまって、赤坂や銀座を飲み歩く仲に発展した。そして、彼らの話から、後述する事件の真相や関係者の役割等鮮明に分ってきた。
平成三年、時の大蔵大臣橋本竜太郎と、日銀三重野総裁が打ち出した「総量規制」政策で、百鬼狂乱したバブル経済が驚くべきスピードで衰退したが、その結果、金融機関の杜撰な取引及びそれに目をつけた金融ブローカー達の悪さが一挙に表面化したが、その中の一つに富士銀行や東海銀行を舞台にした詐欺事件があった。犬鳴が沢田に紹介されて会った黒木は富士銀行を舞台にして3000億円以上を詐欺った主犯の実弟だったが、東海銀行秋葉原支店の事件にも関連し警視庁に逮捕されていた。では、依頼人の黒木は事務所を設け大勢の配下を従え、何をしようと言うのか。その目的も次第に明らかとなって行く。しかし、犬鳴にはそんな事情は関係ない。求められる情報を、より正確に伝え報告すれば良い。
数ヶ月もすると、サティアン(黒木や配下の者たちは、駒沢サティアンと呼ぶ馬鹿でかい一軒家で集団生活をしていた)の関係者とも仲良くなり、犬鳴自身、その家に入り浸って同士のごとくなっていた。世田谷の住宅地に建つその家は、以前は外人の住居だったらしいが、50人は裕に入れる応接間があり、上階に行くためのエレベーターもついていた。彼らは、毎日のように作戦会議を開き、週数回は弁護団も加わった。沢口が教えてくれたところによると、七人の弁護士は総て元裁判官で構成され、一人頭5000万円の着手金を支払っているという。「無罪」を主張する黒木を支える大弁護団とその一味。といった態で、当時の犬鳴もふんだんに貰える調査費用で、十分な態勢で調査にあたり相応の成果を挙げていた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー