探偵日記 7月5日金曜日曇り
朝、窓を打つ激しい雨音で目覚めた。気配を窺うとタイちゃんが廊下で待っている。(しょうがないなあ)と思いながらも、彼(ワン公)だってオシッコはしたいだろう。と考え散歩に出た。高架下まで抱っこしてタイちゃんが濡れないよう傘を差す。僕が小学校の頃、下校時間に雨が降ってくると級友たちはみな父兄が傘を持って迎えに来たが、僕はただの一度も来てもらえなかった。養母が忙しかったわけではない。また、僕に対する愛情が希薄だったわけでもない。太っ腹というか、暢気な人だったようだ。(誰かに入れてもらって帰ってくるだろう)ぐらいに考えていたようだ。しかし、僕は、誰かに入れてもらって帰った思い出はない。勿論そう言ってくれた父兄や級友はいたが、僕は頑なに拒みみんなが帰った後、濡れながら走って帰宅した。タイちゃんを抱っこしながら、(犬でもこんなに恵まれた奴がいる)少し腹立たしかったが、僕に抱かれて満足げな顔を見たら負けて1時間たっぷり歩いた。
昨日、或る依頼人に報告するため、時間の約束をして自宅を訪問したが待てど暮らせど帰ってこない。電話しても出ず仕方なくメールを送って出直すことにした。その後、その依頼人から謝罪と、明日電話するというメールが届き、朝から待っているが連絡が無い。依頼人は71歳の女性。ボケる年齢ではないのにこのところ何回かすっぽかされている。やはり少々訪れているのかな?4通の報告書、全部で200ページの冊子を持って行ったり来たり。探偵も苦労する。
怪しい探偵 2
北海道での調査は順調に進み帰京後早々に報告した。依頼人の娘さんは重度の身体障害者であるが、適齢期に差し掛かって猛烈に結婚願望が高まり、やはり障害を持つ男性との縁談が持ち上がり、その何人目かの相手が北海道に住む青年だった。依頼人方は相当な資産家で、少女の時、事故が原因で障害者になった娘のため自宅にエレベーターを作った。両親は、一人では日常の生活ができない娘を手放したくなかったが、娘のたっての希望を叶えてやりたい気持ちも強く、そうした事情も帝國00とかいう探偵社に伝えてあるという。
僕は、その結婚調査を数日で終え、早速報告したが、その探偵社からの報告書は未だに届いていないという。ところが、それから更に数日して、依頼人方に待望の報告書が届いた。母親が赤坂署に訴え、警察がその探偵社に事情を問い合わせたため、ほっとけなくなったのだろう。実は、この他数件の苦情が警察にも届いており、署内でも少し問題にされていたらしい。某日、依頼人がその探偵社の報告書を持って事務所に訪れ「福田さんこれを読んでください。貴方の報告と全く違います。」と言う。僕の事務所の結婚調査報告書は30ページを下らない。巻末に(家系図)を付けるようにもしていた。(勿論、個人情報保護法が制定される前の話)僕のほうに落ち度は無いけどなあ。と思いながら、僅か3ページの報告書に目を通す。
まず、被調査人の父母の氏名年齢が異なっているうえ、対象の自宅住所も違っていた。極めつけは、やはり幼少時の交通事故で重度の障害を持つ青年の(体格及び健康状態)の項に、(四肢に異常も無く極めて健康体)と記されてあった。その探偵社が、警察の問い合わせに慌てふためき、電調(調査地に行かず電話で聞き込みをすること)で辻褄を合わせようとしたらしい。それにしても酷い調査内容だった。数日後、赤坂警察の担当者から電話があり、「お宅の報告書を証拠資料に使っていいか」と言う。勿論結構です。と応えておいたが、その後、その探偵社は詐欺犯として逮捕された。
驚いたことに、被害件数は3000件に及び、たった一人の、受付兼調査員兼経営者は50億円の荒稼ぎをしていたという。手口はシンプルで、全国のタウンページに広告を出し、電話で受件。最初に全額を振り込ませ、依頼人の泣き寝入りを想定し、その後は知らんぷりを決め込んでいたようだ。何度電話で催足しても「もう送ってありますよ」と言われ続ければ、不審に思っても諦める依頼人が多かった。犯人の探偵は、検事にそう供述したという。僕の計算だと、人件費のかからない事務所の維持費は僅かなもので、経費の大半は広告宣伝費である。しかも、その総てがNTTに入っている。お叱りを受けるかもしれないが、同社も共犯ではないか。当時は真面目にそう思ったものだ。犯人のエセ探偵はもうとっくに刑期を終えて社会に出ているだろうが少なくても20億円は隠匿しているはずである。今はもうこんな探偵が存在していないことを信じてやまない。------------