裏口入学 2

探偵日記 9月30日月曜日晴れ

昨日は久しぶりに現場に出た。都内某所のURの公団、真新しい10階建ての建物が並ぶ。思えば、昭和46年、独立したばかりの頃、ダメもとで申し込んだ多摩ニュータウンが当った。タイミングが悪いとはこういうことをいうんだろうか、子供も二人になるので1Kのアパートから脱出したいと思い、戸建の借家を探して契約を済ませ帰宅したらハガキが届いていた。あ~あ失敗したな。と思ったが、入居は半年後らしいので結局その貸家に引越しをして、また半年後ニュータウンに移った。京王線「聖蹟桜ヶ丘」駅からバスで10分ぐらい。真新しい団地で、1歳と0歳の子を交えた生活は平凡ながら充実したものだった。狭いアパートと違って3DKあり、家賃は月9000円。1Kのアパートより3000円も安かった。早速、二段ベッドを購入し子供部屋も出来た。そんなことを思い出しながら午前8時40分から張り込みを開始。本件は、75歳の老人の行動監視が目的である。生憎別件もあり調査員の手当てがつかない。土曜日に大阪出張の調査員らが帰ってきたが、翌早朝からの調査はきついだろうと思って僕が出張ってきた次第である。本格的には月曜日からだが、依頼人が急いでいたこともあって、とりあえず老兵のお出ましと相成った。
 前日、仕掛けておいた工作の結果、ドアが明けられた形跡があり、マルヒの在室を確認。オートロックだが出入は比較的簡単だった。しかも出入り口は一つ見逃しようも無い状況で、秋晴れの1日をのんびりと人間ウオッチをした。それにしてもなんと老人の多いことか。1棟に約200世帯入居しているが出入するのは9割がた高齢者で、昨今の社会現象を改めて痛感した。午前9時に近所のスーパーが開店すると、大勢のお年寄りが店頭に集まり、本日最大のイベントが始まった。ネギを1本買い物袋に入れて、ヨタヨタと帰るご婦人。多分奥方に命令されてきたのであろう初老の男性が、馴れた様子で惣菜を買い物袋に入れている。良く観察してみると、7対3の割合で男性が多い。そして、杖を持っているのは大方がご婦人である。女性は高齢になると股関節を痛める傾向にあるらしい。だからテレビのコマーシャルで、皇閏とかグルコサミンが登場しているのだと再認識する。午後5時、辺りがたそがれ始めた頃調査を終了。この日はとうとうマルヒの顔を見れなかった。

裏口入学 2

或る日のこと。中間報告のために新宿の喫茶店で会ったとき、「ねえ、犬鳴さん誰か学校に強い人知らない」唐突に依頼人が言う。(いや、僕は特に知らないけどどうしてですか)と聞くと、小学5年生の二男をしかるべき中学に入れたい。と言う。お兄ちゃんは自力でさる名門私大の付属に入ったらしい。「クラスの順位は上から3~4番ぐらいだけど、塾の成績が思わしくないの。担任はT大付属かOなら何とかいけるっておっしゃるんだけど」と言い、さらに、「S学園に入れたいんだけど」と言って、お礼のほうは十分させてもらいます。とも。(儲かってしょうがなく、隠すのに苦労する)開業医だ。数千万円、いや、もしかしたら1億円ぐらいなんとも無いかもしれない。犬鳴は特にあてのないまま(分りましたちょっと伝を当ってみましょう)とリップサービス位の軽い感じで応えた。

それからも何度か依頼人に会ったが、そのたびに、二男の話になった。長男は夫に似ており、二男は依頼人似で、「スポーツ好きで元気な子だがお勉強が嫌いなの」と、可愛くてしょうがない感じで言っている。その言葉の裏に、(夫が好き勝手なことをして家庭を顧みなくても、私はしっかり母親をしています。その証拠に、少々出来の悪い二男をこんな学校に入れたでしょう)という依頼人の自負心みたいなものが覗いた。依頼人は、夫が出身校の付属病院で働いている時の同僚で看護婦だった。当時結婚していた夫が離婚した後、後妻になった。前妻との間に子供が出来なかったが、依頼人とは二人の子宝を授かった。以来十数年、夫も依頼人を認め周囲が羨むほどの生活を営んでいた。成城5丁目の中でもひときわ目立つ豪邸に、夫と依頼人が乗るベンツが2台。年に2回は必ず行く海外旅行。「この間、二男のお誕生日に犬のオモチャを買ってきた」と言うので、貧乏性の犬鳴が、(へ~それって幾らぐらいするんですか)と聞くと、「たったの25万円よ」と言い、犬鳴に自分のしている腕時計を見せて、「これ、私の誕生日にくれたんだけど2000万円だって」と、誇らしげにのたもうた。

犬鳴が麻雀好きなのは有名だが、雀荘で知り合った連中の一人に、(何でもブローカー)がいる。名前はO。或る日、麻雀が終わった後、(Oさん、ちょっと一杯やって行こう)と誘い、酒好きのOも待ってましたとばかりに連れ立って雀荘を出た。行きつけの居酒屋で機嫌よく飲んでいるとき、犬鳴は、成城夫人のことを思い出し、(そうだOさん、今やっている仕事の依頼人のことだけど小学5年生の坊主をS学園の付属に入れたいって言ってるんだけど何とかならないかな~)と持ちかけると、そこは何でも屋のOのこと「分った。ワンちゃんも知っているK代議士、ほら、この間大臣も勤めた。あれの秘書に話してみよう」と言って胸を叩く。まあ、ちょっと頼りないけどいいか。と思いその夜は別れた。-------------