探偵日記 10月3日木曜日晴れ
昨日の午後、例の裏口入学詐欺師Bの件で、五反田まで行く。元刑事さんに追い詰められたBが、「別れた妻の住む場所」として白状した住所。イコールBの住民登録がなされている住所を内偵するためである。僕は最初から期待しなかったが、案の上、でまかせだった。強度の統一障害である元妻が一人で住んでいるというマンションは、NTT関東病院近くの小洒落た建物だった。1階のメールBXには名前の表示が無く、部屋のドアに、全く無関係と思われる女性の氏名が書かれてあった。送られてきたダイレクトメールを見ると住んでいるのは若い女性であることが推測出来た。帰りに、ついでに現在のマンションを見てきたが、(仮住まい)の雰囲気で、(何時でも逃げ出せそうな)ところだった。恐らく、家具付きのウイクリーマンションだろう。そして、この日の夜「必ず参ります」と固い約束をしたにも拘らず、遂にBは現われなかった。またもや調査員は空振りだ。午後11時30分、疲労感を背負って帰路についたはずだ。
今朝も、朝食を済ませて早々に事務所に出た。タイちゃんの散歩を辞めてから寝起きが辛くない。やはり、睡眠を中断されてリズムが狂ってたのだろうか。
裏口入学 5
その夜、ブローカー氏から連絡があり、「悪いけど明日もう一度受験して欲しい」という、秘書さんの伝言を伝えてきた。犬鳴は早速依頼人に電話して(何か手違いがあったようです。申し訳ありませんが明日の二次試験受けてもらえませんか)と言うと、夫人も了承してくれた。夫人は同郷の代議士が自分の目の前から学校に電話をかけた姿を見ている。ほんの手違いであって、他の理由は考えられない。そんな気持ちなのだろう。ところが、翌日の夕方、「犬鳴さんやっぱりダメだったわよ」沈痛な声で夫人から連絡が入った。
そしてまた、何時ものの喫茶店で、ブローカー氏、秘書と犬鳴の三者会談が開かれた。犬鳴はこの段階で(もうこの話はダメだろうな)と感じていたが、これまでの推移を考えると釈然としない。秘書さんも困った困ったを連発し、ほとんど要領を得ない。(先生は何て言ってるんですか)犬鳴が聞くと、秘書さんは「先生もおかしいな~って言ってる」と言う。あの子の成績がお話にならないほど劣悪だったとは思えない。こちらは、代議士の要求どおり寄付もした。しかも、その代議士は大学の理事であり、代議士の妻はOGだ。受験生の親は開業医。例えば、学費の滞納なんて考えられないし、その都度の寄付だって弾むはずだ。学校側にとって悪いところは何も無い。
この夜の三者会談の結果(明日の三次試験を受けてもらい、その間、代議士に工作してもらおう)ということになり、犬鳴が夫人に連絡する。さすがに、渋々といった感じで了承してくれたが、犬鳴は面目なさで一杯だった。もしかしたら預かった1000万円は返さなくてはならなくなるかもしれない。あれから大船に乗った気分になって、三人で何度も祝勝会を開き、半分ぐらい使ってしまった。いざとなっても、ブローカー氏や秘書さんは返すお金が無いだろう。本当に困ったな。と思いながら、飲みに行きたそうな二人を無視して帰路に着いた。
思ったとおり、三次試験の結果もダメだった。「どういうことかしら」夫人の言葉は優しかったが明らかに犬鳴を責めている。この話が始まってから間もなく、犬鳴は(多分大丈夫だとは思いますが、念のためT学園かO大付属を受けさせておいたほうがいいんじゃあないですか)とアドヴァイスしたことがある。その時夫人は「そうね~」と応えたがどうなったんだろう。数日後、預かったお金を返すため夫人と会った。夫人は「だって、議員の先生が私の目の前で学校に電話してくれたのよ。大丈夫だと思って願書を出さなかった」と言う。生憎三次試験当日は氷雨の降る寒い日だった。子供は(ママ、もういいよ僕は嫌だ)と言って泣いたらしい。そのことを聞いて、子供を持つ親として、居たたまれない気持ちになった。夫人は、お金についても「そんなお金要りません。犬鳴さんも色々動いてくれたんだし」と言って受け取ろうとしなかったが、犬鳴は無理やり押し付けて喫茶店を後にした。
この依頼人とはそれっきりになったが、犬鳴はどうしても納得がいかず、知人の刑事(警視庁捜査二課ー二課は知能犯や贈収賄を扱う部署)に事の顛末を話して意見を聞いた。刑事は「その代議士の先生が、その日のその時刻に、学校に電話をしていなかったら立派な詐欺だね」ということだった。(了)