探偵日記 1月15日水曜日曇り
今朝も寒い朝だ。右腕の痛みがますます激しくなる。友人の勧めでちょっと変わったストレッチをしたとき、上腕の筋を痛めたらしい。放っておいたら悪化したみたいで、徐々に上のほうに移動して、この頃は腕の付け根から肩にかけて痛む。ゴルフのスイングをしてみると余り影響がないようにも思えるが、とにかくじっとしていても痛いのだからそのうちゴルフどころではなくなるだろう。今週は火曜日から始まったので、今日高ちゃんがお休みだということをすっかり忘れ、部屋でぐずぐずしていたが、水曜日だと言うことに気づき慌てて支度をして外出。本当は、雪も降りそうなのでズル休みするつもりだった。
新宿犬鳴探偵事務所 3
とにかく一旦日本橋の弊社にお届け下さい。と言われ、建築中の看護士寮の工事現場に運ぶものとばかり思っていた沢井は(どうしてかな~二重手間なのに)と思ったが、向こうの都合でこっちには余り関係ないや。と考え、納入する商品と共に約束の午後3時、C社を訪問した。日本最大の医療グループと取引している会社だからさぞかし大きなビルに入っているのだろう。と想像してきてみるとC社が入居するビルは、こじんまりした8階建てで、半分は空室だった。それでも、1階に画廊が入っており多摩地区では見られない洒落た印象を受けた。C社は約30坪の広さで、電話に出た女子事務員の他にもう一人女性の姿が確認できた。花岡以外にも数名の男性がいたが手持ち無沙汰のような感じで机に向かっている。沢井は、花岡に招じられ応接室で契約を交わし、納品伝票に受け取りのサインをしてもらう。残りは明日中にお持ちします。と言うと花岡は相好を崩し「実は他にも建築中の現場が有りまして、沢井さんとこで集められだけ集めて欲しいんです」と言った後、「ところで沢井さんとこは他にどんなものを扱ってるんですか?」と聞いてくる。沢井工機は厨房機器の専門業者でこれまで他にてを出したことはなかった。ただ、沢井は、(何も無い)と答えるのも能がない。と思い、(カーナビゲーションなんかも有りますよ)と応じると、花岡は「じゃあそれも下さい」と言う。ちょっと意外に思い(そんなものも欲しいんですか)と言うと、花岡は「手前どもは総合商社ですからどんなものでも扱います。だから、沢井さんも気がのついたものがあればおっしゃって下さい」と言う。成程、商社ってところはそうなんだ。沢井は、自分の知識の浅い面を指摘されたような気がして恥ずかしくなった。
翌日、残りの商品を納め、やれやれあとは来月末の振込みを待つだけだ。と思っていたら、花岡から電話がきて「沢井さん、このたびはありがとうございました。しかしどうしても足りないんです。大至急同じだけ調達して頂けませんか」と言ってきた。花岡の言葉によれば、例の総合病院以外にも数箇所の現場を抱えていて、年内に1000個以上の需要がある。と言う。仮に、その総てを沢井の会社で補えば、今年の年商は前の年の20倍近いものになる。出来ることならその全部を自社でやりたい。今回の取引は手間がかからず、メーカーで調達した商品をC社の売るだけの、いわば電話一本で利ざやの稼げるブローカー的商売だ。30パーセント抜いたとしても初回だけで1500万円の利益が転がり込む。滅多にない(上手い話)である。
沢井はこの日も行きつけの居酒屋で軽く食事をした後、やはりなじみが大勢顔を出すワインバーへ足を伸ばした。相変らず懐は淋しいが、間もなく大きな金が入ってくる。そんな充実した気持ちでバーのドアを開けた。案の上カウンターを埋め尽くす顔ぶれは飲み仲間、ゴルフの仲間達だけだった。誰ともなく(さわちゃんお疲れさま)と言う声がかかり、何時ものように他愛ない話で盛り上がった。すると、沢井よりひとまわりぐらい年上の津田が、「さわちゃん最近顔色がいええけど何か良いことあったんとちゃうか」と関西訛で聞いてくる。皆も、そういえば最近少しばかに機嫌いいよな~と津田をあおり、ひとしきり沢井の近況を聞きたがった。沢井も隠し事の出来ない性格で、まあ、隠すことでもないか。と思い、(実は・・・)と、C社との思いがけない取引の顛末を話し始めた。沢井の自慢交じりの話を聞き、若い連中は単純にうらやましがったが、ただ一人津田だけは黙って聞いていたが「さわちゃん、君の会社のことで水をさして悪いけどそのは話し大丈夫か?気に障ったらごめんよ。だけど世の中って上手い話は気をつけろって言うじゃあないか。ああそうだ、いっぺん犬鳴さんに相談してみたら」と。するとマスターも賛成した。犬鳴は新宿で長く探偵事務所を経営している人で、ワインバーにも良く顔を出していたし、彼らの行くその他の店でも良く会っていた。(ヤクザかもしれない)という噂もあるが、紳士的で若い人たちには優しかった。
沢井の話題はそれですみ、皆もそれ以上口にすることはなかった。言いだしっぺの津田も他意のある言い方ではなかったし、皆も深く気に留めず、以後、ゴルフの話に変わった。というのも、数日後にワインバー主催のゴルフコンペが主催されることになっていた。--------------