新宿犬鳴探偵事務所 6

探偵日記 1月17日金曜日晴れ

今日も事務所に出る前治療院に寄る。担当の坊やがにこやかに迎えてくれて、早速痛い思いをさせられた。可愛い顔しているのに滅法力強く思わず(あ、痛たァ)と叫んでしまう。なんだこいつドSかと思ってしまうぐらい容赦ない。それに、一応勉強もしているのだろうこっちがのけぞる壺を良く知っているらしい。明後日ゴルフだと言うと(置き針)とやらをしてくれた。何だか気持ちが悪いが坊やは「これで日曜日まで大丈夫です」と、したり顔で宣言する。
散々痛い思いをさせられて事務所へ。すると、虎ノ門の弁護士から内容証明が届いた件で、「どうしましょうか?」と所長。先方は5年前に行った調査報告書を(デタラメ)で、裁判所に、あそこは信用できない探偵社だと印象付けたいらしい。バッカじゃないの。そんないい加減な事務所なら東京の弁護士事務所が使うはずもない。それより、あんたのほうはどうなの。って聞きたい。昨今、弁護士の色々だ。最近も数億円の詐欺容疑で逮捕された弁護士だっている。国家資格を持っているといって威張るんじゃあないよ。人間叩けばほこりが出るんだ。何なら10日余り尾行してやろうか。良く分ってもいないのに、頭ごなしに(信用できないインチキ探偵事務所だ)と決め付けるあんたの理性を疑うよ。しかし、と考える。(小社は真面目で信用できる探偵事務所です)って、どうして証明すれば良いのか?声を大にして信用信用と言ってもかえって怪しい。

新宿犬鳴探偵事務所 6

事務所では、2名の調査員をC社に張り付かせ、C社に出入りする者達の顔写真を撮影すると共に、花岡他、幹部と思われる人物数名の尾行を行った。その結果、彼らの動静や帰宅先、交際中の女性などが判明。加えて、各社から納入された品物が何処に運ばれるのかも調べ、100パーセント「詐欺」である裏付けを得た。C社は上手いことを言って仕入れた商品を総てその日の内に、俗に(バッタ屋)と呼ばれる業者に売り捌いていたのだ。勿論、総合病院の看護士寮の建築現場やゼネコンの倉庫でもない。張り込みは当初の予定だった1週間をはるかにオーバーし20日に及んだ。

案の定と言うか、初めからのスケジュール通りと言うか最初の支払日である10月31日、1円の振込みも無かった。C社曰く「集金が遅れているので10日ばかり待って欲しい。」と言う。犬鳴は、今度は手形をちらつかせるだろうな。と思っていたら、支払い代金を越える金額の手形を「とりあえずこれを預かってて欲しい」と言ってきたらしい。(そうか、年内は頑張るつもりだな)と思い、要所要所の日には特に念入りに張り込んだ。すると、11月29日、銀座の弁護士事務所から「C社は資金繰りに行き詰まり倒産いたしました。追ってご連絡します」というFAXが沢井工機に届いた。

会いたい。という沢井とBで落ち合った。沢井は観念した表情で「こんなことって有るんですね」と言った後、「花岡の野郎ぶっ殺してやる」と呟いた。犬鳴も(これで彼の会社もお終いだろう)と思うだけに慰めの言葉も出ない。だからといって、殺人をけしかけるわけにも行かない。しかしまあ、ひ弱な感じの沢井に見るからに与太者風の花岡やその仲間を殺せないだろう。これまで、沢井はもとより、犬鳴も弁護士や警察のOBに相談をしてきたが、いずれも「回収のて立てはないし、詐欺容疑で警察が動いてくれる可能性も低い」という回答だった。要するに(騙され損)で、泣き寝いりするしかない。というのが彼らの一致した見解だった。

12月に入り、犬鳴探偵事務所も多忙になりいつしかC社のことを忘れかけていた或る日の朝、自宅で新聞を見ていたら、港区の高級マンションの中庭で中年男性の刺殺体が発見された。という記事に目が止まった。するとNHkのニュースでもその事件が報道され、マンションの全景が映し出された。まぎれもなく調査員から見せられた花岡の女が住むマンションで、住所も一致した。殺された花岡には同情できないが(誰がやったのか)は、大いに関心があり場合によっては少なからず巻き込まれることになるだろう。などと考えていると沢井から電話が入る。出ると「犬鳴さん俺じゃないっすよ」と沢井。(判ってるよ)と言った後、二人で推理しあったが結論は(被害者の誰かだろう)ということで電話を切った。-----------