新宿犬鳴探偵事務所 2

探偵日記 1月14日火曜日晴れ

3連休も終わり今日から本格的な新年が始まる。と僕は思っている。町もみんなもお正月気分が抜けきった頃であろう。事務所的にも個人としてもやや淋しい滑り出しではあるが、長年の経験から驚くこともない。「探偵」という水商売に近い職業はそんなもの。だから、いかに暇な日が続こうとあせる必要はない。そのうち、(宝くじ)に当ったような仕事が舞い込むことだってあるかもしれない。と、期待しながら早や40年以上経過。実際に数十件そんな大きな仕事に出会ったが、収入は総て使い果たす性格のため貯蓄は0、しかも、ここ数年はそんな大きな仕事も入らずちまちまと生活している。というわけで、3連休の初日、11日(土曜日)久しぶりに姉の墓参に行った。3歳上の姉とは成人してからも密接に交わった。日産のセールスマンと結婚して、子供を二人産み、子育てが終わった頃から約30年、僕の事務所に勤務し、経理を見てくれていたが、体調を崩し辞めていったあと亡くなった。弟が言うのもへんだが頭の良いなかなかの美人でもあったが、性格が少し頑なな面が有り僕とも良く衝突した。生まれて初めて長い時間墓前に佇んだ。

その足で栃木県小山市に赴き、グランドホテルに泊まり、翌12日(日曜日)ひととのやCCの月例に出場。普段の僕ではなかったようで着外。良かったのは天気とキャディさんが美人の綱川真弓嬢だったことぐらい。2月は頑張ろう。昨日(月曜日・祭日)はそれなりに充実した1日を過ごし、阿佐ヶ谷で夕飯の時、サンサン会のメンバーと偶然遭遇。和気藹々と過ごせた。


新宿犬鳴探偵事務所 2

約束の午後1時、C社の花岡某はきっちりとやって来た。この日も猛烈な残暑で左手にかばんを持ち、右手で滴り落ちる汗を拭いながら、しかし、きちんと挨拶しいかにも優秀な営業マンという感じで事務所内に入ってきた。中肉中背、短髪で、グレーのズボンに白いYシャツという軽装だが、大手商社の社員らしい品のよさも感じられ、なかなか精悍な印象だった。名刺を交換したあと、ひとしきり沢井工機を褒めちぎり、なぜC社がこのたび沢井の会社と取引しようとしたか話し始めた。沢井は少々くすぐったい心持で聞いていたが、褒められて怒る人は居ない。だんだん花岡を好ましい人物のように思えてきた。「というわけで、沢井さんところの商品を是非納めていただきたいのです。とりあえず台所用品のセットを100、それとウオーシュレットも100ほど頂きたいのですが如何でしょうか」と、本題に入ってきた。勿論、沢井に断る理由はない。というより、むしろ夢のような申し出である。最近は過去に設置した商品の修理が主で、新規に販売することなど稀だった。しかも、価格について「とにかく急いでおります仕切りは沢井さんの言い値で結構です」花岡は沢井の心配を見越すように柔和に笑い「まあ、初めての取引ですし細かいことは言いません。お支払いも月末締めの翌月末現金ということで如何でしょうか」沢井は(それは大変結構なお話で当方に依存はございません。ただ、お急ぎということですが、商品を取り揃えるのに4~5日ぐらい頂きたいのですが)あまりの好条件の取引で恥ずかしながら口が縺れてしまった。花岡は「それは当然です。突然ご無理を申しているのはこちらですから沢井さんのご都合に合わせます。ただ、先ほども申し上げたように、工事が進んでおりますので調達できた分だけでもその都度お運び願えませんでしょうか」聞くと、某大手総合病院の看護士寮は完成間じかで、あとは室内の作業が残っている状態のようだった。

正式な契約は、明日沢井がC社を訪問して交わすことになった。「とにかく急いでいますので、一つでも二つでも入り次第お願い致します。」再び丁寧に挨拶して花岡は帰って行った。時間を見ると午後3時近くなっている。沢井は電話に飛びつき関係先にかけまくった。父親から継承してジリ貧の状況から脱出できるかもしれない。C社との今回の取引だけで5000万円は下らない。沢井工機の年商をはるかに上回る数字である。沢井は体が熱くなり頭のしびれさえ感じてきた。その日のうちに注文の半分近くを調達でき、夕方、早速C社に電話する。「C社でございます。ああ、花岡課長ですね、ちょうど今戻ってまいりました。少々お待ち下さい。」年の頃は30歳ぐらいか、良く訓練されたらしい女子事務員の受け答えは、沢井の心をいやが上にも舞い上がらせ、沢井の目の前が洋々と拓けゆく前触れのように感じた。電話口に出た花岡は、商品が半分揃い明日納入できることを伝えると大袈裟に喜び、明日の契約に花を添えることが出来た。等と言って電話を切った。夜、行きつけの居酒屋で、馴染みの人たちと軽く飲みながら、不景気な話題に終始する彼らの顔をながめ、(俺はお前達とは違うんだ。)と、暫し優越感に浸った。世の中にはこういうことも有るんだな~というのが今夜の沢井の偽らざる心境であった。------------