探偵日記 1月16日木曜日晴れ
昨日は雪が降るような予報だったが雨さえ降らずただ寒いだけだった。僕はといえば、昨年から続いている肩の痛みが本格化し、たまらず治療院へ。自社の入居するビルの5階に名のある先生がいるというので下りてみると来週まで一杯とのこと。仕方なくネットで調べて近くのマッサージ店で治療を受ける。受けながら、ああ、これは根本治療ではないな。と思ったが、19日にあるコンペのために多少なりとも良くしておきたいと考え、実は今日も行った。若い治療師のK君曰く、「もの凄く長くかかると思って、ああ、こんなに早く治ったのか。と思えればベストですね。」と言う。ん、ということは、かなり長引くと言うことか?生まれて初めての経験で何が何だか判らないが四十肩ってそんなに厄介なのかな~。お昼ご飯を食べて事務所へ。
新宿犬鳴探偵事務所 5
その日、犬鳴は比較的早めに多摩市の自宅に帰り、着替えをしてぶらっと夜の街に出てみた。行きつけの居酒屋に行くと(本日貸切)の紙が貼ってある。なん~だ。と思って歩いていると、前方から津田君が歩いてくる。もう少し酔っているようで足元がおぼつかない。犬鳴を見て「ああ、犬鳴さん。沢井君から何か相談されましたか?」と言う。(ううん何も)と言うと、「近じか相談すると思いますけど聞いてやって下さいね」と言って別れた。犬鳴も、沢井が父親の会社を継いで頑張っていることは知っている。仕事絡みかな。と思ったがすぐに失念した。そんなことが有ってから数日経った頃、当の本人から電話がかかり「ご相談したいことがあるのでお時間を作っていただけませんか」と言う。新宿の事務所まで来いというのも可哀想なので、(じゃあ、今夜Sホテルの下のBにおいでよ)と言って、その日の午後7時、Bで合流した。Bは馴染みの店である。若い沢井君と何やら話しこんでいると、ゴルフ仲間達が興味津々と言った感じで様子をうかがっている。
予想したとおり沢井君の相談は彼の会社の業務に関することだった。しかし、犬鳴は最初のさわりを聞いて(ああこれはダメだ)と思った。せめて商品を卸す前に相談してくれれば、間違いなくストップをかけただろうし、そうしないまでもいざという時のための(保険)は掛けられた。とはいっても、若い沢井君に(棚ぼた)の話を疑ってかかれ。というのも無理だったかも知れない。何しろ、1回の取引で自社の年商を上回る大仕事だ。有頂天になり舞い上がったとしても責められないだろう。ただ、「これが集金できないと首をくくるしかありません」とうなだれる沢井君を見て、(まあ、いい勉強になったじゃあないか)と言って放り出すのも気が引ける。犬鳴は(まだ決済日が来ていないので、今騒いでも無駄だろうからとにかく来月末まで待とう。その間、俺のほうも出来るだけ調べてみるし、仮に逃げられた時の保全も考えてみる)と言って、悄然とBを出る沢井君を見送った。
今時だから形ばかりのホームページはあるものの、これといった宣伝や営業も行っていない零細の沢井工機を突然訪問した人物が(場合によっては億の取引を持ちかける)まずありえない話だ。顔を真っ赤にして訥弁で応対する若い沢井を見て、その花岡とやらはほくそ笑んだに違いない。厨房機器がメインとはいっているが持ち掛ければ何でも仕入れてくれそうだ。このくそ暑い日に多摩くんだりまで来た甲斐があった。帰社のため京王線に乗った花岡は周囲の乗客が訝しく思うぐらい相好を崩していただろう。犬鳴は腹を決めた。幸い大きな案件が終わって、多少調査員を割ける。一つ調査員達の勉強も兼ねて徹底的に調べてみよう。犬鳴はこれまで数多く同種の案件を経験している。今更驚くほどのことではないが、若い調査員達には大いに勉強になるはずだ。沢井君の5,000万円は恐らく回収不能だろうが、場合によっては少しぐらい取り返せるかもしれない。しかし、本人には一切期待を持たせるような発言はせず、翌日からC社の内偵に入った。------