探偵日記

探偵日記 6月18日水曜日 曇り時々雨?

今日は老コナン犬鳴吾朗(僕)の誕生日。1944年(昭和19年)6月18日、我が国の属国だった頃の朝鮮京城(現在の韓国ソウル)で、銀行マン福田信次の三男として生まれ、翌年11月、日本に引き揚げてきた。いわゆる「引揚者」として成長した。幸い、いい環境で育ったため大きな挫折も無く今日まで生きている。満70歳、古希である。良く生きたと思うと同時に、これから何年元気でいられるだろうか?とも思う。僕的には、まだ「死」は現実的ではなく、予期すら出来ない。幾つかの成人病みたいなものはあるが、至って健康なのだ。

なのにである。今朝、朝食の時、区役所から届いた郵便物を見ると、(高齢者用健康保険)が入っている。読んでみると医療費の負担を軽減する由。そういえば、毎月検査と診察を受け、調剤薬局で薬を貰う(貰うといってもただではない)1回でおよそ5~6000円払うので、年に換算すると6~7万円、仮に、1割安くなれば、天国に一番近いスナック「ほろよい」に2回行ける。高齢者扱いされてむっときたが、考えてみればまんざら悪い話でもないことに気付く。しかし、我が国は高齢者に優しすぎる。歩行が困難な人はお迎えの車でどっかに連れて行き、至れり尽くせりのサービスをする。高齢者は、毎日楽しみがあって長生きする。かって我が国には、その家の老人を山深い場所に置き去りにして死に至らしめる風習があった。エスキモーでも、生肉が噛めなくなった老人は氷上に置いてけぼりにされ死んでゆく。いずれもそれを家族が行う。現代は、親が幼子を殴って殺す。或いは物言えぬわが子に食事を与えず餓死させる。両方ともやむにやまれずの事情があるのかもしれないが、食糧難の時代、自分達は裏の畑から盗んできた芋を食い、僕達子供に白米を食べさせてくれた大人たち。古希を迎えて改めて思う。感謝、感謝である。

新米のM君が不倫相手の女性の身元調査を行った。僕と所長とで聞き込みのテクニックを教え、勇んで出掛けたものの収穫は無かったらしい。その女性が住む家は、築50年を経た多摩地区の団地で彼女は生まれた時から、2DKの部屋に両親や姉、祖母と共に住んでいる。しかし、40世帯ある入居者の誰も彼女について知らない。と言う。東京は怖いところである。