探偵物語 20

探偵日記 7月30日水曜日 晴れ

昨日一昨日と比較的過ごしやすい日が続いたが、今日は湿度も高く日陰でないところはうだるようだ。昨日やっておけば良かったものをずるしたお陰で、今日、日本橋で内偵しなくてはいけなくなり、都営新宿線及び半蔵門線を経由して水天宮まで行った。工事中の水天宮を左に見て5~6分歩き目的地へ。現場はこれからの調査が思いやられるような条件で、少々腰の引ける思いで事務所に帰る。
今朝のタイちゃんは元気で、朝4時15分から5時半までたっぷりと歩かれた。それでもまだ帰りたくない。と駄々をこねるのを無理やり連れ帰った。

探偵物語 20

勿論、離婚届や婚姻届を偽造したなんてことは後日判ったことで、その時は(へ~そんな若い子が良く承知したな~、しかも母親の愛人であることを承知して)と思ったが、とりあえず受件した。依頼人は「じゃあこれ着手金」と言って、横柄な感じで10万円出した。(嫌な野郎だな)と思ったが、(お客様は神様)である。神妙な顔をして領収書を渡してその日は別れた。しかし、翌日から電話攻勢で、「ミーティングしたい」と言っては呼び出され、「どんな方法で調査をするのか」と、しつこく聞いてくる。そんな日が数日続いて、段々追い詰められてゆく心境になった。

まだ大学生の新妻は当然ながら学校に通っているらしいが、大学で彼女を捕捉することは極めて困難で、(探される)と思っている彼女、すなわちマルヒがきちんと学校に行っているとも思えない。「学校で張り込んだら簡単じゃあないか」と言う依頼人に怒りさえ覚えた。それでも(調査料をもう少し払ってくれ)と要求すると、渋々払ってくれたのでやらざるを得ない。奥の手を使い母親の自宅に特殊工作を施し、数日後、ようやく母親とマルヒの会話を傍受した。(あいつやっきになって探しているようだから用心するんだよ)と言う母親に対し、マルヒの娘は(大丈夫、あいつの知らない友達の部屋に居るから)と言い、さらに、母親の質問に対し、おおよその住所や下車駅、近所のクリーニング店のことなど話した。

翌日から、ヒントとなった私鉄の某駅で張込を開始。マルヒの隠遁先はあっさりと判明した。実は、マルヒと母親の会話はその後も録音し、その内容から依頼人の仕業も総て知ることになった。本心を言えば、マルヒの居場所を教えたくなかったが、かといって、依頼人に叛くわけにもいかず、また、成功報酬も貰わなければならないので、事実を報告し、約束の報酬を請求した。ところがいっこうに払ってくれない。何度か請求するのだが言を左右にして埒があかない。暫く放っておいたら数日後電話がかかり、猫なで声で「所長、例のやつもう少しやってくれませんか」と言ってきた。例のやつ。すなわち母親と娘の会話がもっと聞きたいのだ。冗談じゃあないよ。そう思った僕は、すっかり切れてしまった。(ちゃんと精算するものをしてからいいなよ)と言って電話を切った。

ちょっとけんか腰だったかな。と後悔したが、案の上、折り返しかかってきた電話は、もの凄い剣幕で、「何で途中で切るんだ」と言う。しかし、もうこっちも引けない。(ふざけんな。自分の娘みたいな女の子を手篭めにして、逃げられたら探させ、費用も払わないでもっとやれってどういうことだい。そんなこ汚ねえことをするから女に逃げられるんだよ。)と言ったからもう収集かなくなってしまった。挙句「よし、山口組を使って手前を海に沈めてやる」なんて言っている。僕も若かった。(おう、上等じゃあねえか。山口だろうが川口だろうが何時でもよこしな相手してやるから)なんて、愚連隊の喧嘩である。

翌日、紹介者のAさんから笑い声で電話があり「俺が中に入ってやろうか」と言う。僕は丁重に断り(もう結構です。Aさんにはご迷惑をかけましたね)と言って、報酬を貰えないまま本件は終了した。稀にあることだが、仕事は成功したにも拘らず最後の金を惜しむ。特に、女性のことを依頼してくる男性にこの傾向が強い。潔くない男は女に嫌われる。典型的な例である。-------