探偵物語 26

探偵日記 8月7日木曜日 晴れ

今日も早めに出社し昨日受件した素行調査の方針についてミーティングを行う。マルヒが住むのは都内の高級マンション。最近はセキュリティがしっかりしているのと、近隣住民の危機管理が厳しいので張込は困難である。ものの30分も車両を停めているとチャリのお巡りさんがやってくる。ただ、法律で張込尾行は正当な業務として認められているので身分を明かせば「ご苦労さん」と言って帰ってくれる。通報した住人は、お巡りさんが来たのにまだ居る。ため、場合によっては(警察関係者かしら)と早合点する人も居て、その後、通りすがりに「ご苦労様」なんて言われて面ばゆい気になったりする。対象のマンションは150世帯が入居するファミリータイプの高層建物である。さあどうするか。

探偵物語 26

或る月曜日、例によって秋葉原の協会に出ると、事務の女性が「ああ、福田さん今相談の電話がありました。10時になれば担当の者が来るので掛け直してくださいって伝えてあります。女性で兵頭さんとおっしゃる方です」と言う。(ハイわかりました)と応え椅子に腰をかけると同時に電話が鳴った。(組合です)と、短く言って出ると、くだんの相談者で、「あの~先ほど」と言いかけるので、(今聞いたところです。業者は何処でしたっけ)と言うと、「A社です」と言う。またか。と思った。とにかく苦情の多い業者で協会でも手を焼いていた。

これからそちらに伺っても良いか。と言うので待っていると、最初からそのつもりだったらしく相談者は間もなくやって来た。50絡みの落ち着いた印象の婦人で、サラリーマンならば管理職以上の人の奥さんであろう。僕は、(ここはご存知のように業者が集まって運営しているところで、今日は僕の担当になっています)と言って,探偵事務所の 名刺を出す。主管の警察庁は、社団法人の認可をする際の条件として、加盟員の教育、苦情の処理などを行うように。としていたので、これからやろうとする苦情の処理はまさに、お上の意に沿ったものであった。

相談者イコール依頼人の相談の内容はこんなものだったが、聞いた僕が唖然とするような凄まじい内容だった。相談者の夫、すなわちマルヒは、元、通産省の管理官だったが、早期退職して関係先に天下った。そして、前職で構築した人脈を活用した渉外を担当し、好成績を挙げていた。天下りと言うとどうしても贈収賄に結びつけて考えるが、僕は決して悪いことではないと思っている。勿論、役人が立場を利用して便宜を図った見返りを得る行為はダメである。しかし、人間関係を上手く活用して商売に結びつけるのは、日本特有の良い慣習である。それが高じて汚職に発展するわけだが、まあ、「探偵」は余り正義感ぶらない。(笑)ちょっと横道にそれたが、マルヒは、北海道や東北方面を担当し、毎月数回札幌に赴く。相談者は、「主人は通産省時代、札幌に単身赴任していましたが、その時、職場の女性と親しくなって、今も続いているようだ。「ですから、A社にお願いしたのはそのことをはっきり確認したかったからでした。先週の木曜日、札幌に行く夫の尾行調査を依頼したのですが失敗してしまいました。」

僕は聞いてて、まあ、人のやることだから失敗をすることも有るだろうな。実際、僕の事務所でも何年かに一回ぐらい信じられないミスを犯すことがある。そんなことを考えながらさらに聞いてゆくと、羽田から搭乗する飛行機の時間や便名、札幌で2泊するホテルの住所と名前、当然ながら、夫のスナップ写真数枚を渡し調査に臨んでもらったらしい。A社の調査員は夕方になって第一報を入れた。「奥さん、ご主人は今すすき野のクラブに入りました」と。-------------------