探偵物語 27

探偵日記 8月8日金曜日 曇り

昨日の立秋は35度を越す猛暑日で、とても秋を思うような陽気ではなかった。13日にプレーするため、山口のゴルフ場へバックを送るついでに車で出勤する。10時、事務所到着。今日は酒を飲む予定があるので電車で出勤。

探偵物語 27

A社の調査員から第一報を聞いた依頼人は違和感を覚えた。勿論、顧客を接待するため飲食することはあるが、調査員の言うようなクラブには決して行かない夫である。(夫はどんな服を着ていましたか)と聞いてみる。すると調査員は「ハイ、グレーのジャケットです」と応える。(変だな)今朝夫は濃紺のスーツに黒の短靴。グレーのジャケットなんかもって行かないし、ノーネクタイで、しかも一人でクラブに行くことは考えられない。依頼人は恐る恐る(あの~人違いをしていませんか)と言ってみる。勿論、グレーのジャケットなんかもって行かなかったこと、役人時代の癖でネクタイははずさないこと、などを説明した。

結果的には、A社の調査員の大失態で、札幌のホテルまでは何とか尾行したが、夕方、部屋を出てきた段階で別人を尾行したらしい。背格好や眼鏡等似た部分もあったようだが、送られてきた写真は全くの別人であった。2日後、A社の担当者がやってきて「奥さん申し訳ありません。如何でしょう、もう一度チャンスを頂けないでしょうか」と慇懃に言ったという。怒ってもいたし、少々ガッカリもしていた依頼人だったが、高額な調査料を前払いしていたので、(じゃあお願いします)不承不承ながら承知した。すると担当者は「有り難うございます。じゃああと250万円追加で払ってください」と言われて、この日、協同組合に相談にやってきた次第であった。依頼人は2泊3日の尾行調査を依頼し、前金で450万円支払っていた。しかし、失敗した挙句に更に250万円要求されたのである。

聞いていて僕はため息が出た。自分の事務所ならばどのくらいの料金になるのだろうか。1日20万円かける3日だから、基本調査料は60万円、飛行機代などの実費が20万円として、どう見積もっても100万円には達しない。マルヒは長年役所に勤めており、やたらとタクシー等は利用しない。ましてや今は民間の会社に勤務し、経費も限られているはずである。可能な限りバスや電車を活用するだろう。尾行調査の対象としては楽なマルヒであろう。札幌グランドホテル、かなりの客室数があり、チェックアウトの時間帯はロビーに大勢の客が押し寄せるが、その他の時間帯はエレベーターから降りてくる人の数は限られる。ましてや、自宅から半日尾行してきた人物だ。間違えろ。と言っても間違えようの無い場面である。相談者の婦人は、A社と同じ探偵社の僕をどのように観察しているのだろうか。少なくとも「同類」には見ているだろう。僕は恥ずかしくなり(申し訳ありませんね。少し技術的に劣った調査員が担当したのでしょうか。)というのが精一杯だったが、本心は別な所に有った。

相談者は(調査は続けたい)と言う。しかし、この事務所はもう信用できないので他のしっかりした会社を紹介して欲しい。と思ってここに来たらしい。何はともあれ、同業者を悪しざまに言うのは気が引けるし倫理にも反する。ただ、ここははっきり言っておく必要がある。と考えた僕は、業界に於けるA社の評価が劣悪であること、ただ、(貴女にこれ以上の負担をかけないようにしたいので任せて欲しい。)と言い、次の出張の日にしかるべき方法で調査し、結果を報告する約束をして相談者に帰ってもらった。このままA社に委ねたらこの依頼人は数千万円使うことになるだろう。

当時の協会は僕のポン友が実権を握っており、協同組合のトップでもあったので、早速本件を相談し、ポン友と、僕の会社と、僕の所から独立して間もない男の事務所で担当することにした。ポン友と僕は、A社の代表を呼び、きつく叱責した上で、渋るA社に半金の225万円を返金させ、次回の調査料に充てることを相談者に告げて次の指示を待った。今でも、A社の代表が言った「福田はん、仕事にミスはつきもんでっせ」言葉を時々思い出す。-----------------