探偵日記

探偵日記 3月5日木曜日 晴れ

今朝のタイちゃんは何だか変だった。5時、元気良く飛び出し、少し長い散歩になるコースを目指した。二日酔気味で寝不足の僕は一大決心をして起きたのだが、始まってみれば仕方ないというか、嬉しそうに歩く彼を見てるとこちらも元気になってしまう。スターロード商店街を抜け、阿佐ヶ谷駅前を通り、パールセンターのアーケードに入る。彼が最も好むルートだ。この後、商店街の終いまで行き、杉並区役所の周囲をなぞって、中杉通りを駅方面に向う。だいたいこの辺りで(タイちゃんもう帰ろう。帰ってご飯食べよう)と声をかけて、川端商店街経由で中央線の高架下に入って我が家へ。これで、約1時間ほど歩いたことになる。ところが、今日のタイちゃんは、パールセンターに入ったものの、すぐに中杉通りに出て帰路に着く。まあ、僕としては(ああ、良かった)のだが、どこか悪いのかな。と気になってしまう。およそ30分で終了。足を拭くのももどかしい感じでご飯に飛びついた。な~んだお腹が空いていたのか。9時半、家を出て事務所へ。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-4

 新しい事務所は市ヶ谷の防衛庁(今は防衛省)のはす前で、都営地下鉄「曙橋」及び、丸の内線「四谷三丁目」駅に近く、通勤の便も悪くなかった。むしろ、オカマの町で有名な新宿二丁目に比べればうんと良い環境と言えた。おかしなもの。というのか、犬鳴の運の強さか、移転する少し前から調査依頼が多くなり、平成元年から始めた社員のための海外旅行も中断することなく続けられた。この年は、うんと気張ってパリに行くことになった。例によってシーズンオフ11月下旬、一行は成田から空路ブリュッセルに到着。翌日、バスで花のパリに入った。

 無事帰国した翌日、雀荘や歌舞伎町で良くニアミスするS会のヤクザに「ワンちゃんちょっと手伝って欲しい事があるんだけど」と言われた。もともと、ヤクザ映画は好きだが本物のそれは敬遠したい。と思っているが、ちょっと可愛い奴だったので承知した。「こっちの依頼人が夜中じゃあないと時間が作れないので、どっかで時間を潰しててくれ」と言われ、少々億劫だったが、午前2時、指定されたホテルに赴いた。ロビーで待っていたヤクザと依頼人の部屋へ。犬鳴は男女二人で待っていた依頼人の女性を見て、(何だシャブ中か)とすぐに分かった。年齢は35・6歳か、お世辞にも美人とは言えないが、痩せ細った体からは異様なオーラを感じさせた。ただ、どういう理由か分らないが、ヤクザは男よりもその女性に対しペコペコして、頭が上がらない様子であった。犬鳴が言葉を挟む間もなく面談は数分で終わり、ヤクザの(これからは犬鳴さんに協力して貰いきちんとしますから)と言って退室した。

 午前3時、犬鳴はヤクザと歌舞伎町のスナックに居た。苦し紛れに言うヤクザの話はこうだった。「ワンちゃん、あの女どう見た?あれでなかなかやり手なんだよ。山手線沿線の繁華街に20店舗以上の風俗店を経営しているんだ。それで、俺に頼んできたことは、歌舞伎町のある店を潰してくれっていうんだ。ちょこっとやってみたけどなかなか難しくて、だから頼むよ」と言う。何でも、彼が所属する組で彼女のケツ持ち(俗に言う用心棒みたいなもの)をしているらしい。犬鳴は組長も良く知っていたので、親指を立てて、知ってるの?と聞くと、ヤクザは「いや、おやじは知らない」と応える。何のことは無い、組に内緒でアルバイトしているのだ。組長は元関西系のヤクザで、所属していた組が解散したため、関東のS会系の某組に拾われた人物である。しかし、元々ヤクザとしての器量があったようで、僅かの間に一家を構えるほどにのし上がった。ただ、子分に厳しいことも有名で、満足に小指のある子分はいなかった。今、目の前に居る男も二度詰めており、おそらく近々三度目を経験するだろう。

「ワンちゃん明日とりあえず1千万円渡すから頼むよ」と言う。犬鳴は、へえ~と思った。あの鶏がらみたいな女性がこんな半端ヤクザにいくら渡したんだろう?犬鳴の特殊な感覚が(金脈)の匂いを嗅いだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー