探偵日記

探偵日記 3月6日金曜日 晴れ

5時起床。散歩を終えてすぐに新座市のゴルフ練習場(ウインズ)へ。そろそろ帰ろうかと思っていたら、サンサン会のメンバーの一人、阿佐ヶ谷で塗装業を営むTちゃんとばったり会った。僕が1階の9番で打っていたら、隣の10番にやってきて遭遇。僕は最初からドライバーをブンブン振り回していたが、彼はサンドウエッジでアプローチの練習を念入りにやっている。先月の優勝者、やることが違う。少し横になって事務所へ。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-5

 翌日、案の定というか、考えてみれば当たり前というか、半端ヤクザは1000万円持ってこないばかりか、その日を境にぷっつりと連絡が途絶えた。その代わり、周囲から(オーナー)と呼ばれているくだんの女性から電話があり(会ってくれ)と言う。犬鳴は、昨夜とは違う指定されたホテルに行った。昨夜一緒に居た男はおらず彼女一人で待っていた。部屋に入った犬鳴に、「犬鳴さん、私はお金がありません。だから、貴方に色んな形でご協力頂いても支払えないのです」と言う。(じゃあ何故僕を呼んだんだ)と言いかけたが、その代わりに、(分りました。まあ、彼に紹介されてこうしてお会いしたのも何かの縁でしょう。僕に出来ることであればやりますからおっしゃって下さい。)と言い、女性の言葉を待った。

 「私は、あの人に一億円渡してあります。でも何もしてくれませんでした。だからもう一銭も無いのです。そうこうしている内に池袋の店に手入れが入り、私や従業員はこうして逃げているんですけど、店長ともう一人が逮捕されてしまいました。放っても置けないので弁護士さんを紹介してもらいたいんですが如何でしょうか」と言う。お安い御用である。犬鳴探偵事務所は東京の弁護士事務所が主要な顧客である。逆に依頼人を紹介することも良くあることだ。犬鳴は二つ返事で引き受けた。この女性から報酬を得なくても、弁護士に仕事を紹介することで、一つの営業にはなる。犬鳴が若い調査員らに良く言う(損して得とれ)だ。犬鳴は、すぐに女性の前で刑事事件を得意とする弁護士に電話した。幸いにも弁護士は事務所に居て、(今ちょうど依頼人が帰ったところだから何時でもいいよ)と言ってくれる。(お金が無い)と言い張る女性に、(僕のことはいいけど弁護士はただっていう訳にはいかないよ)と言ってあったので、その辺は覚悟しているだろうと思いすぐにホテルを出て、新宿一丁目の弁護士事務所に向かった。女性は犬鳴に「とりあえず留置されている従業員に接見してもらいたい。」と言って、犬鳴さんから渡してください。と言って、100円を預かった。

 逮捕容疑は(風営法違反)である。間違っても実刑はないし、3週間辛抱すれば罰金で釈放される。ただ、経験の無いものにとっては恐ろしく嫌な経験だろう。とにかくせっかちな女性で、今日にでも会ってきてくれ。と言う。弁護士もバブル崩壊後の暇な時である。じゃあ。というわけで、早速行動を起こしてくれた。まず、池袋警察に問い合わせ、留置されていることを確認。もう一人の社員は共犯ということで大塚警察に居ることが分った。犬鳴は自分の車でひと回りすることにしたが、どういうつもりか女性も「私も一緒に車に乗せてもらってもいいでしょうか」と言う。犬鳴は深く考えず(どうぞ)と言って、弁護士と女性を乗せてまず大塚警察に行き、次に、店長が留置されている池袋警察を回って、横浜に帰るという弁護士を新宿駅でおろし、まだ後部座席に座っている女性に、(オーナーはどうしますか?)と聞くと、「帝国ホテルに行ってくださる?」と言う。時刻はもう22時を回っていたが、まあ、夜鷹みたいな人種だろうからしかたないか。と思って快く承知した。新宿から日比谷までの20分足らずの間、女性はこんなことを言う。「犬鳴さん、今日はどうも有り難うございました。本当に助かりました。あの~これは失礼かもしれませんが」と言って、古新聞にくるんだお金らしきものをよこしし、「領収書は要りません」と言う。やがてホテルに着いて女性を降ろした後、新聞紙を開いてみると何と500万円入っていた。総て古札で、1万円札を10枚にしたものを、更に10に重ねて輪ゴムで束ねたものが五つ入っている。

 女性と別れて家に帰る車の中で考えた。ヤクザの話を聞いて、山吹色の感触をもった犬鳴だが、今度の仕事は、これまでの通り一遍の事件とは異なり、ちょっと面白くなるかもしれない。バブルを経験した身に500万円はさほどの額とは思わないが、何だかもっと奥が深い気がした。
翌朝、まだ犬鳴がベッドで夢を見ている時、その依頼人から電話が入る。「あ、犬鳴さん。昨日はお疲れ様でした。今日お昼ごろお会いできませんか」と言う。昨日の今日で、少し胸騒ぎがしたもしかしたらあのお金を返して欲しい。なんて言うんじゃあないだろうか。しかし、犬鳴は明るい声で、(分りました。何時に何処へお伺いすれば宜しいでしょうか)と応える。依頼人は少し考えるようにしてから「じゃあ、目白のホーシーズンで午後一時に」と言って電話を切った。昨夜は帝国ホテルに泊まっていたはずである。それが今日は目白か。しかし、依頼人のことをあれこれ詮索してもしょうがない。探偵の犬鳴にとって、刺激的な仕事をして適正な報酬を得ればいい。しかし、およそ半年かかった本件は、終わってみれば、刺激が強すぎて、なお且つ、鶏がらみたいな女性から得た報酬は想像以上のものだった。ーーーーーーーーー