探偵日記

探偵日記 3月13日金曜日 晴れ

先月に続いて13日の金曜日。2月のその日は何事も無く過ぎた。果たして今日はどうか。迷信やゲンなど気にしない僕だが用心に越したことはない。なるべく大人しくしていようと思う。
今朝はタイちゃんのお散歩家人に代わってもらって、ゆっくり寝ようと思ったが、何時もの癖で5時に目が覚めた。気配を窺うと玄関がカチャリと閉まる音が聞こえた。さあ、もうひと寝入りしようと思っていたらメール。事務所から転送になって僕の携帯に来たもので、コマーシャルだ。それでも少しは寝たようで、8時、快適に目覚めた。小田急と伊勢丹に寄ってホワイトディのお菓子を買って事務所へ。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-1

 それから約2時間、オーナーの説明を聞いて漸く納得できた。Sグループの店を我が物にしている人物は、Gと称す50歳くらいの女性で、小さな宗教団体を主宰する(教祖)で、関東で三本の指に入る広域暴力団I会の大物幹部の元女房らしい。その幹部は、一方で、右翼団体の首領でもある。犬鳴も名前だけは良く知っている人物だった。そんな男の前の妻だという。それにしても乱暴な話である。いくら閉店しているとはいえ他人の所有物である。どんな理由で横領しているのか。(どうせ訴えることも出来ないだろう)と、思っているに違いない。犬鳴は、(とにかく、各店舗の状況を把握しましょう。その女性が店を返さないと言うんなら、その時はまた別の方法を考えます)と言って、ひとまずオーナーの怒りを鎮め、「もう遅いからどこかに泊っていってください」と言うオーナーの言葉通り市内のビジネスホテルを予約した。

 ホテルに入ってから調査部長の池辺に指示し、Sグループの全店舗の実態を明日までに報告してくれるように頼み、「翌朝、経費を取りに来い。」と言うオーナーの部屋を訪れ、その足で帰京した。調査の結果、Sグループの主だった店はGの配下が責任者となり、Sグループの元従業員を使って営業していた。そして、それらの店はすこぶる盛況であった。
仙台のホテルで(オーナー、顧問料を払っている例の組に相談してみたら如何ですか)と進言すると、「犬鳴さん、私はやくざが大嫌いです。お金で何とでもなるけど場面次第ですぐに敵に回るから」と答える。なるほど、そんな経験を嫌というほどしてきたのだろう。この人も学習したようだ。犬鳴は目の前の、自分の妹ぐらいの女性を見て、(一肌脱いでやるか)と思い、その後のあれこれを考えながら事務所に戻った。池辺に指示した調査の結果、手入れを食った池袋店以外は総て営業されていた。しかもなかなか盛況だという。これらの写真と偽オーナーの顔写真を撮って依頼人に見せる。黙って見つめていた真のオーナーこと依頼人は、「犬鳴さん、I会にものが言える人は居ませんか?こうなったら戦争です。向こうもせっかく手に入れた金脈を簡単に手放す筈は有りません。お金はいくらかかっても構いませんから全部取り返してください。」と言う。この世界のこのような場合、警察や裁判所は関係ないらしい。卑怯な手段で乗っ取られたものを力ずくで取り返せ。と言う。もう常識では割り切れない世界に犬鳴は入り込んだようだ。新宿で20年以上探偵事務所を経営してきた犬鳴は、警察にもヤクザも山のように知っている。ある意味、この依頼人は適材適所に適った探偵社を選んだともいえよう。ヤクザでもない。勿論、役人でもない。犬鳴はヤクザのように無法者でもなく、役人みたいに法に縛られることもない。ただ、ギリギリのところで行動できる。下命する側にとって、犬鳴は、まことに都合のいい、使い勝手の良い男であり、犬鳴の率いる探偵事務所は都合の良い集団だといえた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー