探偵日記 04月10日火曜日 晴れ
朝家を出ると肌寒むかった。今日はジャケットだけでいい。とNHKの予報官はいっていたが本当かな?11時、事務所に着く。
株式会社ティー・ディー・エーの歴史
< 創 業 >
神田の「東京探偵事務所」でのしょっぱなの仕事は見事に失敗した。しょげて帰ってきた僕を見て、所長も怒るに怒れず苦笑いするだけだった。ただ、やがて所長も参加して解決。その後も、たった一人の調査員として重宝され、依頼人との交渉までやらされたので、大いに勉強になった。興信所で1年、探偵事務所で半年、叔父の手伝いをした期間を入れて2年ちょっと。まず、神田小川町で小さな事務所を借りてスタートしたが、まもなく、JR神田駅前に移転。本格的に営業を開始した。調査員4名、明治大学の2部の女子学生を事務に雇い事務所の体裁も整ってきた。
或る日の事、前の興信所「日本商工リサーチ」時代、社長の代理で訪問した大手企業の総務部長から突然電話がかかってきた。「独立したんですってね。ちょっと頼みたいことがあるんだけど来てくれるかな」と言われ飛んで行った。勤務してい居た会社を出し抜くようで気が引けたが、部長の「いやあ、案件が興信所向きじゃあないから君に相談しようと思って」という言葉で、僕は(なるほどそういうこともあるのか)と思った。部長は、僕が日本商工リサーチを辞めて探偵事務所に移ったことを聞いていたらしい。一般の人は興信所も探偵事務所もリサーチ会社もみな同じだと思っているが、仕事の進め方が全く違うのである。まあ、調査の心得があれば、その案件ごとに工夫を凝らすだけだが、探偵の仕事は時間もかかるし、機器も必要になってくる。しかし、この時の案件が、僕の事務所の。というより、僕の考え方を大きく変える案件になった。---------------