二人は、、伊勢丹を過ぎたあたりから体を密着させ、手をしっかり握り合い肩を寄せて歩いてゆく。僕は(はてな、この先にラブホテル有ったかな)と思いながら尾行を続けた。時々Kさんの方を見ると、真剣な顔で10メール後方から追尾していた。やがて、新宿病院前を通過。新宿御苑の大木戸門の信号を四谷方面に渡る。すると、(ホテル長良川)というネオンが見え、(あそこかな)と思っていたら、外苑西通り、四谷一丁目の信号を渡ったところで、左折。間違いない、あのホテルだ。と思っていたら、案の定二人はもつれ合うようにけばけばしいネオンの下の入り口にすいこまれていった。
実を言うと、探偵になって2ヶ月余、尾行する相手がラブホテル行く場面に遭遇していなかった。勿論Kさんも初体験である。僕たち二人は、ホテルの前でまさに抱き合わんばかりに興奮し、喜んだ。ご依頼人には申し訳ないが、何回尾行してもそういうところに行かないカップルもいる。お互いの家だったり、公園のベンチでただ語り合うカップルもいた。しかし、本件は、これで一件落着である。所長の喜ぶ顔が目に浮かぶ。依頼人は若いサラリーマンである。調査が長引けばそれだけ費用も嵩む。探偵や、探偵事務所は、長期化する調査は好まない。中には、結果が出た後もさらに調査の継続を求める依頼人もいるし、プラトニックラブに終始するカップルもいる。
翌々日の午後、依頼人が事務所にやって来た。N所長が(どうぞこれをご覧下さい)と言って、僕たちが作成した報告書を渡した。若い依頼人は静かにページをめくり、ぽつねんと読んでいる。所長と僕、事務のおばさんも、所在無げに依頼人が読み終わるのを待つ。
やっと読み終わった依頼人が顔を上げ、「有難うございました。良く分かりました」と、所長に礼を言っている。(どうするの)所長が優しく聞く。報告書を読んで、これからどうしたいのか尋ねているわけだが、僕は、どうしたら良いのか短い時間に結論は出ないだろう。と考えていた。再び所長が(色んなことはこれから解決して行くとして、戸籍上の婚姻関係は一旦解消して置いたらどうですか)と言い、(確か婚姻届は挙式の当日出したんだね。そうすると今日で12日目だからまだ間に合うと思う。すぐに区役所に行って、事情を話し、取り下げなさい)とアドヴァイスする。依頼人は「そんなことが出来るんですか」と聞いている。註)僕の記憶違いでなければ、役所に提出する書類の大半は、14日の猶予期限があり、婚姻届や離婚届の場合も期限内ならば、「錯誤」で抹消されるはずである。
午後4時を回っていた。(とにかく急いで行きなさい)と言う所長の声に押され依頼人は事務所を飛び出した。-------
8月29日水曜日、8月もあと2日しかない。抱えている調査は計6件、うち、報告するばかりのが1件、残り5件のうち3件が頓挫している。特に、(個人情報保護法)が邪魔をする。昔なら何でもないことに手間取り、或いは障害となって調査が進まない。(悪い奴の不良行為まで、保護と言う名目で助成している)例えば、既婚者が「結婚して下さい。僕は独身です」と言っても、一般の人たちには、確認する術がない。探偵もしかり。最近は弁護士も身元調査の目的では、第三者の住民票や戸籍は取得できない。
あ~あ嫌な世の中(笑)