探偵日記


2025・11・13 木曜日 ☁




何事においても几帳面で律儀な僕は、朝は10時前に事務所に着くように心がけている。今朝もそのつもりで家を出たが駅に着くとまた中央線がトラブルで遅延。結局、5分遅れで出社した。たかが5分と言うなかれ、その短い時間の中で何が起こるか分からない。例えば、ビルの下を歩いていて屋上から何か落ちて怪我をすることもあるだろうし、逆に、免れるかもしれない。だから、何があってもそれが自分の人生だと思うことにしている。ただ、外敵に対しては可能な限り防衛し、攻めることを信念にしている。ま、今のところそのような相手に遭遇していないが。                     探偵業は一種の客商売であるから波がある。僕の経験では、年末に依頼が増える傾向があり、特に大きな案件が入る。我が貧乏探偵事務所にもこのところ大きくはないが数件の新規の依頼が入ってきて、無能でぐうたらな僕もあちこちに行く羽目になった。そこで思い出した案件がある。




探偵の仕事 2




ある日の午後、一人の青年が依頼にやって来た。年のころはまだ30には届かないだろう。それと、比較的お堅い職業の人に見えた。まだ、個人情報保護法などという探偵泣かせの法律が無い時代だったが、僕は基本的に、ご依頼人のことは自分からは聞かないようにしている。その青年、実は、と言って恥ずかしそうに話しだした。「三か月ほど前に妻が家を出て、その直後、弁護士さんから、妻が離婚を望んでいるのであなたのお気持ちをお聞きしたい」と言ってきた。らしい。勿論、寝耳に水だから、(自分にはそんな気持ちは無いし帰ってきて欲しい)というと、次に、家庭裁判所から調停の呼び出しが有った。という。その際、(妻はどこにいるんですか)と聞くと、弁護士事務所の住所と電話番号を伝えられたらしい。これも普通のパターンである。そこで依頼人は、裁判所から尾行したらどうだろうか。と思いつき、自分の家からも勤務先からも遠い我が探偵事務所を選んだらしい。申込書には、氏名、住所、職業などを書いてもらうが、職業欄に勤務するM銀行の名前が記され、なるほど、と納得した。次に、費用の話になり、僕は、どうせ一日仕事だし3~4時間で済むだろうと考え、10万円で引き受けた。     ところが、当日、(自分が必ず尾行されるだろう)と考えたマルヒは警戒に警戒を重ね遂に調査員をまいてしまった。さあどうするか、依頼人にありのままを伝え、依頼人と同じ銀行の別の支店に勤めるマルヒの勤務先から尾行する了承を得て、計11回尾行してようやくマルヒの住むアパートを突き止めた。この間、依頼人は何度も追加の費用を払いたい。と申し出てくれたが、貧乏なくせに見栄っ張りの僕はその都度丁寧に断った。当時、7~8人の調査員がいたが、僕から見ると、とても優秀とは言えず、いわば少年探偵団である。それでも、プロであることには違いない。そのプロのトップが(1日で済む。)と判断したのだから・・・それから数か月後、「○○さんから紹介されて」と言うご婦人から夫の素行調査を依頼された。そのご依頼人は田園調布にすむ超セレブ奥様で、事務所が数か月やっていけるくらいの費用を頂いた。探偵冥利は色んな形で味わえる。