温泉芸者 4

探偵日記 6月6日木曜日晴れ

昨日は疲労が頂点に達した感じで恥ずかしながら早退した。午後3時帰宅。ベッドに倒れこむようにして暫し眠る。7時頃、空腹を覚えノロノロと起きだし阿佐ヶ谷駅前のうなぎ屋さんへ。前の日が焼肉で次の日がうなぎでは少々カロリーの摂りすぎではないかと心配になるが、元気にならなければ始まらない。
今朝もタイちゃんのお目覚めが遅く、5時に散歩に出る。1時間たっぷり歩いて、8時に朝食。少しゆっくりして12時前事務所に着く。

温泉芸者 4

そんなことがあって東京の弁護士さんとは疎遠になった。しかし、男女の仲がそんなことですっきり切れたりはしない。それから30年以上経った今も付かず離れずの関係は継続している。ただ、形を変え、もっぱら子ぶたが上京する方法で月に1~2回都内のホテルを利用していた。なにしろ子ぶたは田舎芸者ながら超売れっ子である。大袈裟に言えばほぼ毎日誰かに口説かれている。対する子ぶたも淫乱に近いほどの男好きだ。しかもまだ若い。直情的な面もあり、自分が気に入ると姉さん芸者の客も横取りしてしまう仁義の無さで、時には取っ組み合いの喧嘩沙汰になったりした。その温泉場は、一人前の芸者は、(一人置屋)を持つ慣わしで、子ぶたも歴とした置屋の主人兼現役の芸者という立場で働いていた。そんな或る日、子ぶたを訪ねてきた娘があり「どうしても芸者になりたい。」と言う。一目見て(仕込めば物になる)と踏んだ子ぶたは、その子を雇い入れ自分のマンションに住まわせることにして、名前を(梅奴)とした。

その梅奴を数ヶ月仕込んだあと俄仕立ての新米芸者として、お座敷デビューさせたらあっというまに人気芸者となり、子ぶたと二人、旅館やホテルを走り回る日々が続いた。当然のことながら子ぶたの置屋は繁盛し、彼女のために新築間もないマンションの1室を借りてやった。しかし、子ぶたと違って梅奴は身持ちが固いというか、容易に客のいいなりにならなかった。むしろ、誰かれなく身を任す子ぶたを批判的な目で見たりした。ある時、(ねえ、梅ちゃん。あんたのように男嫌いじゃあこの世界で生きて行けないよ。玉代なんてたかしれてるし)と諌めたら「かあさん、私は枕芸者になりたくてここに来たんじゃあありません」ピシャリと返され、鼻じらむこともあった。しかし、梅奴は決して男嫌いではなく、秘かに想いを寄せている人が居た。その客はこともあろうに、その頃は、周囲も認める子ぶたの旦那、東京の会社社長だったのである。しかも、すでに二人は子ぶたや他の芸者衆の目を盗んで秘かに逢瀬を重ねていたのだ。

子ぶたも三十路半ばとなり、男遊びにも拍車がかかり、どうかすると、馴染みの旅館の番頭を自分の部屋に連れ込むこともあった。とにかく、男無しでは一夜も過ごせない女だった。
ただ、子ぶたなりの計算もしっかり出来ており、いいよる客の値踏みも達者だった。そんな子ぶたが最近ちょっぴり気になる客が現われた。その客は40代後半と思えた。やはり東京で会社を経営するが、バブルに乗じて急成長した企業と違って相応の歴史のある企業の創業者である。俄か成金と違い遊び方に派手さは無いが、芸者を一人の女性として見てくれる。そんな大人の優しさを感じる人だった。何でもその会社は、その人が考案した特許製品を製造販売しており、企業家でありながら博士号も取得しているらしい。同席する者たちが、社長と言ったり先生と呼ぶので、こんがらがった子ぶたが(なんとお呼びすればよろしゅうございますか)と聞いたら、その客が他の者に聞こえぬよう「子ぶたパパ」でどうか。と言った。----