探偵日記 6月13日木曜日雨
今朝目を覚ますと微かに雨足が聞こえる。4時半、高架下に行くと考えることはみんな一緒で早くも2匹がそぞろ歩きをしている。まいったなあ。と思ったが後の祭り。覚悟を決めて、先方の犬が近づくと回れ右して避け、後方の犬が見えたら強引にUターンするなど苦労して約30分の散歩を終えた。昨日今日と散歩の時間が短いので調子が出ないのかタイちゃんの食欲がいまいちだ。人間の僕はどんなことがあっても、食事は美味しく頂く。8時、麻布十番の依頼人に会うため家を出る。10時前事務所へ。
昨日来た依頼人。前日僕と電話で話したのだが、少し言い合いになってしまった。理由は、案件が何も探偵事務所に依頼するようなものではなく、それなのに、「依頼するかどうか分らないが相談したい」というので僕もめんどくさくなって、少々ぞんざいな口を利いてしまった。ところが、約束の時間ピッタリに訪れ、開口一番「いやあ、昨日はちょっと険悪になりましたね」と言う。僕も、(申し訳ありませんでした)と、素直に詫びたのだが、依頼人は「福田さんの物言いで、信用できる事務所だと思った」らしい。正解ですね。と言いたいところだが、それは言わず(有難うございました)と応じる。依頼人は、僕より一回り若い56歳という。髭面だがいかにも誠実そうな印象が気に入った。調査費用など要らないぐらいのことなので、僕と話してる間に、事務所に残っていた調査員に指示して、依頼人が知りたいことを教えてあげた。しかし、律儀な依頼人は「どうしても」と言って、ン万円を置いて帰った。
中には、物凄く苦労して得た情報を報告しても「こんな内容じゃあ子供でも出来る。お金なんか払えないね」と、憎らしいことを言う人も居れば、昨日の依頼人のような人も居る。探偵稼業は難しい。
温泉芸者 7
食事をしながら先生がしみじみと言う「子ぶた、君とはずいぶん長い付き合いになったね。大袈裟かもしれないけど、僕の人生の最高の収穫だと思っている。出来ればこの先も君と生活を共にしたいけど、君が幸せになれる結婚ならば応援するから僕のことは気にしないでくれ」子ぶたは慌ててこたえる。(あら嫌だ先生、私結婚なんかしないわよ。昨日酔っ払って何を言ったのか分らないけど、もし、結婚するなら先生みたいな人がいいなあ)言いながら子ぶたは、私ってどうしてこうなんだろう。優柔不断っていうか嘘つきなのかなあ。と思うのだった。しかし、この後、思いがけない展開になって行く。はっきりしない子ぶたの態度に業を煮やした会社社長は、秘かに探偵を雇い子ぶたの行動を探った結果、出るは出るは、次々と子ぶたと関係を持つ男性が現われ、とうとう先生の存在も明らかとなった。
一方、子ぶたとの生活を夢見て、妻との離婚話を進めていた社長は、後戻りできず、遂に妻との離婚が成立して、田園調布の豪邸と、所有するビル数棟、有価証券や現金等、20数億円の財産分与を余儀なくされ、それらが終了した直後、突然、国税庁のマルサの訪問を受けた。次に、上手く隠匿したはずの不動産を、金融機関に根こそぎ差し押さえられ銀行預金も凍結されてしまった。こうした一連の騒動はマスコミに取り上げられ、子ぶたも知るところとなった。
逮捕された社長は間もなく保釈で出てきたが、いくら連絡しても子ぶたから返事が来ない。裁判所に東京を離れる許可を貰い、数日間の旅行に出た。行き先は子ぶたのいる温泉場。
その翌々日、全国紙の一面に(昨日未明、群馬県のS温泉のK旅館に於いて、殺人事件が発生。犯人と思われる会社社長も殺害現場で自殺を図った模様)こんな見出しの記事が載った。さらに、三面記事を読むと、(K旅館に投宿中の東京のT医学博士と、同温泉の芸者子ぶたさん(本名・・・)が就寝中、犯人の会社社長が侵入、出刃包丁で二人を刺殺した。凶器の包丁はK旅館の板場から盗んだらしい。警察は、犯人死亡として検察庁に書類送検する模様)とあった。
美人だが尻軽女の芸者子ぶたの壮絶な最期だったが、可哀想なのは先生である。それから暫くは、温泉街の格好な噂話になり、芸者達は訪れる客から「君の彼氏は大丈夫か」と、嫌味を言われる始末で、それでなくても不況なのに、次第に客足も遠のいたという。会社社長の元妻は、自分より一回り以上若い男性と豪邸で優雅に暮らし、男性は、銀座や六本木にあるビルの管理会社の社長をしている。----------