自分勝手 4

探偵日記 8月30日金曜日晴れ

今抱えている案件のうち最も力を入れている詐欺事件の結果が出た。と言っても全面的な解決ではなく取り合えず重要な部分と言う意味でだが、依頼人の希望に添えないものだった。購入した不動産の名義人(売主)が全くの別人だったのである。ということは、買主の依頼人は(まんまと騙された)ことになる。そうすると、(善意の第三者)として同情はされるだろうが、実際に支払った10億円余りは返ってこない。転売したため最終購入者から損害賠償を求められることになるうえ、銀行預金を差し押さえられることもある。小規模の仲介業者ならば一巻の終わりであろう。しかし、僕が困るのは、依頼人が小社の報告を信じたくないことだ。あくまでも当該取引が正当なものという証明が欲しい。と言う。「弁護士が、あんたが腕の良い探偵だと言うから依頼したんだ」とも。腕が良いかどうか分からないが、事実を糊塗したり、でっち上げの傍証を報告することは出来ない。人は時に10万円のお金で殺人を犯す事もある。10億円は人を狂わすほどの大金で、時に、間違った判断をする。

今朝は4時に目が覚めた。廊下の気配を窺うがタイちゃんはまだ起きていないようだ。20分ほどぐずぐずしてトイレに行く。タイちゃんの部屋のドアを開けるとしっぽを千切れんばかりに振って待機中。ところが、散歩に行こう。と言って手を出すとベッドの下に逃げる。全く厄介なワン公だ。やっとその気にさせて外に出る。1時間歩き帰宅。昨日買った万歩計を見ると4700歩歩いていた。11時に事務所へ。

自分勝手 4

坂道を転がり落ちるように家庭生活が悪化する。妻の玲子は夫の(突然変異)に戸惑い、次第に恐怖すら覚えた。二人の娘も両親の異変を察知し寡黙になった。外泊が続くにつれて、達哉の無心も頻繁となり、毎月のお小遣いを大きく上回っている。しかし、夫を愛し、信頼しきっている玲子は、その理由を糺す勇気が無い。ただおろおろするばかりで、達哉の一挙一動に神経を張り巡らせ、顔色を窺う毎日となった。家の中でたえずイライラする夫を見て(何時か何かを言い出してくる)それはなんだろう?週末には必ず行われた夫婦の営みも途絶えた。ふとした仕草に、自分に対する達哉の憎悪すら感じられる。玲子自身は気づかなかったが、或る日近所に住む母に「玲子どうしたのそんなに痩せて」と言われ、ヘルスメーターに乗って驚いた。1ヶ月余りで8キロも体重が減っていた。そして鏡に写った自分の顔を良く見ると、ふくよかだった頬はこけ、目じりや口元にシワが寄っている。

そしてとうとうその日がやって来た。「玲子、少し話したいことが有るんだけど」日曜日の午後、娘達はそれぞれのお友達の家に行き夕方まで帰宅しないはずだ。リビングのテーブルで向かい合い、夫の顔をまともに見れずうなだれている玲子に、達哉はなんでもないような口調で「好きな女性が出来たから別れたい」と言って切り出した。やっぱりそうだった。ほど良くエアコンの効いたリビングが瞬間真冬になり悪寒が玲子を襲った。(何かいわなければ。)必死にそう思うのだけど言葉が出ない。黙っている玲子を見て、(承知してくれた)と思ったのか、達哉は嬉しそうな顔で「養育費等出来る限りのことはするから」と優しく言い、家のローンのことなどとともに、協議離婚の日程まで口にした。それでも玲子は抗議出来ず、ただ泣きながら顔を横に振って意思表示をするのが精一杯だった。ただ、不思議なことに、(これはテレビのびっくりカメラかもしれない)と思えてきた。

それからの日々は地獄の苦しみで、離婚届にサインを求める夫に対し、泣きながら逃げ回る玲子、そんな二人を見て長女は父親に対し反抗的になったが、下の子は何が何だか分らないようで、パパ、パパと言ってじゃれつくが、そのたび邪険にされる娘が哀れだった。しかし玲子は、母親である前に、一人の女として(この人が私から去ってゆく)焦燥と寂寥感のほうが勝った。-------------