探偵日記 9月3日火曜日晴れ
9月に入って初めてのブログ。8月31日(土曜日)と9月1日(日曜日)は、群馬県昭和村に住む友人の画家「塚越仁滋」氏のアトリエ兼ご自宅にお邪魔した。関越自動車道を130キロほど走り、昭和インターから一般道へ。10分も走ると、昭和の森に着く。バブル期、日立金属が開発したという広大な別荘地の中に画伯の山荘があった。「集古庵」と命名された山荘は、緑の木々に囲まれた閑静な中に建ち、一隅をアトリエにしている。9月15日から銀座で、10月10日から池袋の東武百貨店で個展を開く。そのための制作活動に追われている最中に、文字通りお邪魔したことになる。実は、この群馬行きは以前から計画したもので、株式会社TDA社のコンペを兼ねていた。別荘地の中にある「昭和の森ゴルフクラブ」現在は、日立金属から寄贈された昭和村が経営している。ちなみにプレー費は一人2000円。小社が8名、そこに画伯が加わり3組で回った。酒好きで絵を描くしか能が無い(失礼)と思っていた僕は、2日間一緒にプレーして上手いのに驚いた。特に、力強いショットは賞賛に値するものだった。僕が飛ばないからなおさらなのだろうが、168ヤードのショートホールで、ややオーバー気味に1オンしたショットは見事だった。池越えなので僕はウッドを使用したが、画伯は6番Iだった。コースは、手入れも行き届き箱庭のように綺麗で、戦略性に富んでいた。
2日間のトーナメントは、我が社の仲野プロ(ハンデ0)が優勝。ハンデ14の僕が準優勝。オーガスタのショートホールを模した4番ホールで、僕の打ったボールはピンに向かって真っ直ぐに転がり10センチに付き、あわやホールインワンという場面も有ったがミスショットの結果では威張れない。
昨日は一日中外に出ていたので事務所に来ず、今日10時前久しぶりに出社した。
自分勝手 5
暫くすると玲子も落ち着きを取り戻し、夫との会話も穏やかに出来るようになった。(ねえ、その人どんな人)と聞く玲子に「うん、素晴らしい女性だよ。僕は彼女と結婚するためならどんな犠牲も厭わない。二人はそういう運命なんだよ」と夫。(じゃあ私達はどうなるの?)「だから言ってるだろう。養育費はきちんと支払うって。君だって働いてて収入が有るから子供一人に月4万円でどう」入社して10年以上経ち総務の準管理職的な玲子は500万円強の年収を得ている。勿論夫はその倍程度の収入だが、弁護士にでも相談したのだろう的確な数字を提言する。この頃になると、玲子の父親も事情を知ることになり、或る日、実家に呼ばれ「離婚はしょうがないとしても、子供のこととか家のローンのこともあるので弁護士に相談しよう」と言われた。何とか離婚を避けたいと思っている玲子は、弁護士に依頼すると「離婚」が決定的になるような気がして嫌だったが、父の言うことももっともだと思い、数日後父の友人の弁護士を尋ねることになった。
午後1時、日比谷の弁護士事務所を訪問。弁護士は「じゃあ早速離婚の調停に入りましょう。まあ、先方もそれを望んでいるのならあっさり決まるでしょう。それで良いんですよね」玲子は、いやそれは違う。と思ったが、父の「結構です」と言う言葉を聞いて否とは言えなかった。そのあと、弁護士は何を思ったか「ああ、ご主人は浮気をしているんですよね。その証拠は有りますか」と聞いてきた。(ハイ、夫からはっきり聞いています。好きな人が出来たと)「名前や住所は?」(それは分りません。ただ、そういう関係になったのは3ヶ月ぐらい前だと言っています)「う~ん。もう少し詳しく知っておいたほうがいいな。色んなことを有利に進めるためにもね」
この日の話し合いで、離婚の調停を申し立てること、夫の不倫の状況を把握するために調査をしよう。ということが決まった。父も弁護士も(離婚ありき)で、玲子の気持ちを慮る言葉は一切出てこなかった。玲子は、弁護士は夫婦の危機を救ってくれるものとばかり思っていたので意外だったが、案外そんなものかもしれないなあ。と思いつつ弁護士事務所を後にした。2日後、弁護士の知っている探偵社の人を交えて再度話し合おう。というのが今日の結論だった。ーーーーーーー