自分勝手 7

探偵日記 9月5日木曜日雨

昨日は山梨県甲府市まで行く。相変らず不安定な天気でところどころで猛烈な豪雨に見舞われた。しかも予期しない渋滞にはまり、家を出てから八王子を通過するまでに2時間かかった。
帰りはもっと酷く、甲府から下高井戸まで3時間以上の表示。じぇじぇじぇだ。仕方ないので八王子から圏央道に入り、入間を経由して帰宅。時間がかかった割には成果の少ない出張調査だった。ただ、少し気になる状況がある。依頼人に報告するとき若干気をつけなければならないが、もしかしたら?
昨日は休肝日にしたので、今朝は4時前にすっきり起きた。ちょうどタイちゃんも起きてきたので散歩に出る。住宅地を歩いていると遠くで稲妻がひかり雷の音も。途中で降られるのは嫌だなと思い進路を変更、嫌がるタイちゃんを無理やり引きずって駅方面に行く。すると何を勘違いしたのかさっさと高架下に入り、(もう少し歩こう)と言う僕を振り切って家に入った。計30分、短い散歩になった。

自分勝手 7

12時05分、駅前で探偵の犬鳴さんと会う。生憎お昼時で何処も一杯なので、少し歩いて「ドトール」に入る。落ち着かない雰囲気で話し合いが始まり、犬鳴さんも私の時間が気になるのかしばしば時計を見ている。「これが相手の女性です」と言って見せられた写真は、夫のパソコンに入っていた人と同じだ。車種は分らないが高級外車で夫をピックアップし、近くのラブホテルへ。写真はホテルの出入やスタンドでガソリンを入れているときの様子など鮮明に撮影されている。にやけた顔で助手席に乗る夫を見て吐き気がした。

「先生はどうおっしゃってるんですか?」(写真が撮れたのでこれでいいんじゃあないかっておっしゃってます)「すると奥さんはご主人の希望通り離婚を承知して、この女性にもペナルティは求めないのですね」いや、そうじゃあない。私は離婚はしたくないし、相手の女性を許すことも出来ない。大声で叫びたいのをやっとのことで堪え、私は聞いた。(こんな時、他の皆さんはどうされるんですか?弁護士さんも父も早く離婚したほうがいいという意見ですから、私もそのほうがいいのかなあって思って)すると探偵さんは、「そうですね。離婚の裁判というのは昔は7年かかるっていわれた時期もあるのです。それだけ泥仕合が長く続くことになりますから、先生もお父様も、貴女にそんな思いをさせたくない。というお気持ちなんでしょう。僕はあの時、添い遂げる価値もあるって申し上げましたが、人それぞれのお考ええがあるんでしょから、奥さんの本当の気持ちで進めてください。これは、もう死んだ僕の母のことですが、祖母が、浮気者の僕の父を許せず、娘の気持ちを斟酌せず離婚を決めてしまったそうです。母は、そんな夫でもまだ十分愛情を持っていたようで、後年、(私は貴方のお父さんと別れたくなかった)なんて言っていました。だから奥さんも、例えばお子さんのこととか、周囲の人たちのことはさておいて、最終的にはご自分の意思で決めてください。前に言ったことと矛盾しますが、奥さんはまだ若いんだからこれからの自分の人生をまず第一に考えて下さい。子供って案外強いから父親がいなくたって大丈夫ですよ。ただ、今後も含めて、彼女達に父親を悪く言わないで下さい。そのほうが子供は傷つきますから」

その後、依頼人からも弁護士からも音沙汰は無かった。犬鳴探偵事務所は、数日後、相手女性の身元の項に、フェイスブックで判明した限りの、氏名、年齢、住所(ただし部屋番号の無い)彼女の夫のこと等添えた報告書を作成して届けた。事務所的にはこれで一件落着だが、なぜか暫く犬鳴の心に残った。

あれから半年以上経っただろうか。依頼人から長いメールが届いた。読んでみると、「あれから間もなく離婚が成立し、私と子供達三人はマンションに移って生活しています。家は売却し、ローンを精算した残りを半分ずつに分けました。勤務先にも知れてしまいましたが、周囲の人たちは知らない振りをしてくれています。何かと大変ですが頑張ってゆこうと思います。それから、あの時、犬鳴さんがおっしゃてた、(子供に父親を悪く言わないように)というご忠告、この頃になってやっと判ってきました。彼は、私の住所に近いマンションで彼女と彼女の子供と一緒に暮らしているようです。長女は全て理解しているようで何も言いませんが、下の子を納得させるのに大変でした。本当に色々と有難うございました。」

犬鳴は思う。藤井達哉とあの女性は早晩破綻するだろう。それも、多分藤井が捨てられる形でそうなるはずだ。あの二人は、弛緩した日々の生活の中で、ふと知り合った異性に(この人こそ自分に相応しい相手だ)と、大きな錯覚をし、持ち前の、(自分さえ良ければ相手の気持ちなんか関係ない)自己中心的な性格で突っ走ったが、人を不幸にして自分だけ幸せになるなんてことは絶対無い。藤井は勿論だが、彼女も彼女の夫も皆自分勝手な人種だ。断言できるのは、彼らの、これからの人生の中で必ずしっぺ返しがあるだろう。しかし、彼らは、「因果応報」と反省することなく、どんな時でも、(相手のほうが悪い)と考えるのではないだろうか。なぜなら、自分勝手だから。-----------