探偵日記 9月4日水曜日雨のち曇り
今日は山梨県甲府市に出張。内偵調査(聞き込み)で市内の数ヶ所を車で回った。最近のお嬢さんは行動的だ。まだ正式に婚約もしていないのに依頼人の息子さんと同居しているようで、マルヒである対象者の顔写真を撮るべく数日間試みたが自宅の出入はなかった。最近は、再三書いているように(個人情報保護法)のせいで、第三者の住民票や戸籍の入手が叶わない。したがってこのような結婚調査でも余計な調査が増え手間がかかる。「結婚」はその人の人生にとって重大なセレモニーである。良く、男子の場合、結婚とマイホーム、転職はそのときの勢いだと聞く。確かに考えてみればそうだろうと思う。自分自身に置き換えて考えてみてもそうだった。僕は、35歳の頃、通りすがりのモデルルームを見て、新宿駅近くのマンションを購入した。今考えると全く無計画な行動だが一種の勢いのなせるわざ。だったのかもしれない。幸いというか他に能が無かったから転職の経験は無いが、その後、3度住居を持った。マンションと一軒の住宅は売却したが、僕のポリシーは(宿借り)で良いと思っている。仮にマイホームを持ったとしても永久に住み続けられる保証は無い。寿命もあれば住居の耐久年数もある。その他、住みたくても住めなくなる事情が発生することだってあろう。今書いている「自分勝手」のように、折角得たマイホームを夫の自分勝手が原因で手放さなくてはならなくなる場合もある。
ある都市銀行の住宅ローンの担当者に聞いたことがある。若い夫婦が契約にやってくるが、大概の場合共有の設定になるらしい。担当者は考える。(果たしてこの夫婦は何年続くだろうか)と。
自分勝手 6
その日、弁護士事務所で待っていると、探偵は定刻にやってきた。年齢は60歳位だろうか。弁護士に軽く挨拶して、父と私に名刺をくれた。玲子は、探偵の自分を見る目の鋭さに驚いた。決して怖い目ではない。柔和な顔でさりげなく見たのだろうが、何もかも見通されたような気がした。ひとしきり話が進み調査申込書にサインをしている時、犬鳴と称す探偵が言った。(これは僕の持論でですが、夫婦はどんなことが有っても添い遂げるってことが大切だと思います。)さらに、(ご主人は今酷い熱病に冒されていて正常な判断が出来ないのでしょう。調査をして見なければ何とも言えませんが、相手の女性がご主人ほど真剣じゃないってこともあります。例えば、本当に浮気をしているとして、相手の女性に損害賠償を求めたら、びっくりして女性が逃げ出した例もあります)と。すると横で聞いていた弁護士が慌てて「いや、犬鳴さんもう離婚は決まっているんです。相手の女性に慰謝料の請求もするつもりはりません。ねえ奥さん。そんなことをしたら泥仕合になって、今よりもっと辛くなります。ご主人も意地になるかもしれないし」等と反論した。探偵は、弁護士の方針を覚ったらしくそれ以上のことは言わず(分りました。早速調査にかかります。1週間程度で結果が出ると思いますのでその時は先生にご連絡致します。と言って、早々に帰っていった。
帰り道、父は何も言わなかったが探偵の言った(添い遂げる価値)と言う言葉を反芻しているようだった。玲子も、さっさと離婚に応じることが自分や子供達にとって良い選択なのか分からなくなった。もともと離婚に応じたくない気持ちのほうが強い。夫とのやりとりや、弁護士事務所での打ち合わせが夢の中の出来事のような気がしてならない。今日にでも夫が笑いながら「ごめんね。ちょっと冗談が過ぎて」等と言いながら抱きしめてくれるんじゃあないか。などと淡い期待までしてしまう。今日は有給休暇をもらったので、明日明後日の土日はお休みである。もう一度夫にお願いしてみよう。駅前で父と別れ帰宅した玲子は、探偵のひと言で何となく元気付けられた自分を感じていた。
翌週の水曜日、弁護士から連絡が来て、「相手の女性が分ったようです。ただ、僕がちょっと郷里に帰らなければならないので奥さんが直接犬鳴さんに会ってくれませんか」と言い、その後追いかけるように探偵から電話がかかった。(仕事が終わったらすぐに子供を迎えに行かなくちゃあならない)と言うと、「じゃあ、お昼休みに会社の近くまで行きましょうか。」とのこと。結局、明日の12時に、最寄駅の改札で待ち合わせることになった。弁護士曰く「二人がラブホテルに入った事実と、相手女性の住所は分ったが超高層マンションで、女性の車がそのマンションの駐車場に入ったが部屋番号までは分らないらしい。まあ、僕はそれで十分だと思うけど」と言う。探偵は、相変らず損害賠償にこだわっているみたいで、相手女性の身元を詳しく知るべきだ。と主張しているらしかった。-------------