探偵日記

探偵日記 5月22日木曜日 晴れのち雨

少し早まったが予報が当たり、事務所に着いた頃には雷雨となった。事務所は駅前なので、調査員に傘を持ってきてもらい濡れずに済む。気持ちのいい朝で、昨夜酒を抜いたこともあって、5時前爽快に起き、すでに僕の部屋の前で待機していたタイちゃんを連れて散歩に。あちこちで他の犬に遭遇し、そのたびに逃げ回って小一時間歩いて帰宅。しかし、数メートル後ろに犬が居ても気付かないことがあり、彼も老いたなぁ。と、痛感する。8時に朝食。新聞を読んで、ふとテーブルの上の郵便物に目がとまり、手にしてみると区役所から介護のためのアンケートだった。まだまだ先のことだとは思ったが開けてみると認知症云々と書いてある。僕は比較的このようなことが好きで早速やってみた。(一日15分以上歩くことがありますか)毎日歩いていますよ。ハイにO(入れ歯は毎日洗いますか)ふざけんな、俺はまだ全部自分の歯だ。で、O(銀行でお金の出し入れをしていますか)う~ん、やって出来ないことはないが残金がない。でもまあO(良く出掛けますか)出て行き過ぎるほど出掛けるよ。で、これもO というふうにやってみたらすべてハイか設問によってはいいえだった。これじゃぁあんまり質問者に悪いと思い、読み直してみたが特に見栄を張っている箇所はない。

いつも思うことだが、僕が比較的丈夫なのは、勿論健康な両親から生まれてきたからだろうが、育ち盛りの年頃は、戦後間もない時代で、世間全般が食糧不足だった。したがって僕も満足に三度のご飯が食べれたわけではない。周りには一杯ひもじい思いの子らが居て、学校の行き帰りに、畑にトマトが生っていればもいで食べ、みかん、野いちご、あけび、柿、山葡萄、スイカ、さつま芋、などがおやつならず腹の足し。暖かくなったら海に飛び込んで、さざえ、あわび、うに、中学生になれば素もぐりで魚やタコを桶一杯に採ってきて、夕飯のおかずにしたものだ。育った村が漁村だったため魚介類には事欠かないし、漁師が日干ししているいわしなど、学生服のポケットに入れて歩きながら食べた。コーラーとかバーガーも無い時代で、僕の基礎体力はこの頃に形成されたようだ。

と、威張ってはみたがやはり年々衰えてゆく。ゴルフの飛距離は無残なまで落ち、電車の中の広告はぼやけて見える。阿佐ヶ谷のオバ様たちから(福ちゃんは若くて格好いい)と言われなくなるのも時間の問題だろう。あと5年?否あと10年?いやいや、100歳まで。(笑)