探偵物語 7

探偵日記 7月10日木曜日 とりあえず晴れ

4時半、散歩に出ると本降りの雨。30分ほどで切り上げる。少し横になって朝食のあと支度をして家を出る。10時、麹町の弁護士事務所へ。若くて美人の先生から調査依頼を受ける。某日、家庭裁判所から被告人の男性を尾行し、住居を特定する仕事。この種の調査は難易度が極端に分かれる。当該夫婦は離婚調停が不調となって、裁判にもつれ込んでいる。夫のほうに、現住所を知られたくない理由があれば、かなり警戒するであろう。逆に、知られて困るようなことが無ければ無警戒だろう。しかし、平日の午前中のことなので、真っ直ぐ帰宅するとは思えない。勤務先に行くかもしれないし、退社後、同僚と飲みに行くかもしれず、いずれにしても長い時間の尾行調査となるはずだ。
午後4時、銀座の弁護士事務所に、受件の打ち合わせに行く予定。台風は6時ぐらいから影響が出始めるという予報なので、それが終わったらさっさと阿佐ヶ谷村に帰るつもりだ。

探偵物語 7

依頼人と会って報告をする。着手金を大目に貰っているので精算は楽である。残りを頂いて調査終了。訳有りの依頼人だから今後の付き合いは遠慮したいと思う。自分を尾行している相手が探偵社と判って安心したらしい。(その探偵社に一体誰が頼んだのか調べてくれ)というアンコールが有るかなと思ったがそれは無かった。しかし、一応リップサービスで「また何かあったら宜しく」と言われ、僕も、(また思い出してください)と返して別れた。数日後、テレビや新聞で依頼人の会社絡みのニュースが大々的に報道され始め、1ヶ月以上続いた。僕の依頼人は有名な詐欺師で、業績が悪く倒産の危機に陥っている会社に僅かな出資を行い「再建」を約束し、代表に代わって経営の一切を引きうけ、手形を乱発し、サッと逃げるやりかたで、特に、老舗の会社を狙って食い物にする手法で悪事を重ねていたらしい。警察も目をつけているものの、商法に則って行うから、なかなか逮捕に踏み切れないで居たらしい。ただ、今回の会社は 恥をしのんで告発にふみきったらしく、警察も立件可能と見たのだろう。しかし、大金を手にした依頼人は偽造されたパスポートで出国しており、国内の捜査では実を結ばなかった。

そんなことも有って、事務所も多忙を極めながら数年が経った頃、我が国もバブル時代に突入した。残念ながら、大きな経済の波を理解できず、これがバブルという認識の無いまま、気がつくと40歳を目前に控えていた。探偵になって15年、脂の乗った時期でも有った。業界は相変らず関西勢に押されていたが、そんなことが気にならないぐらいひっきりなしに仕事の依頼が入り、世帯も大きくなり、NTTの営業マンが宣伝するものだから、業界でも「新宿探偵事務所」の名前が知られるようになってきた。昭和59年の師走、朝早くから福島県に出張し、帰ってきた夜。事務所の忘年会を催した。その昔、歌舞伎町のコマ劇場の横に「地球飯店」という中華の店があり、かっての同僚や知人友人を招き総勢30名ほどで繰り出したのだが-------------