探偵物語 8

探偵日記 7月11日金曜日晴れ

朝4時半、散歩に出た時はまだ霧雨が降っていた。雨が苦手の我が家のワン公は、することをするとさっさと帰宅した。5時、再びベッドへ。昨夜は台風のニュースに恐れおののき早々に阿佐ヶ谷へ帰ってきた。銀座の弁護士事務所を出たのが16時20分、もう雀荘に行く気にもなれず地下鉄と中央線で、17時過ぎに帰宅する。昼ごはんが14時頃だったので腹も空かない。どこにチャンネルを回しても台風関連のニュースだが眠ることも出来ず20時頃まで悶々とする。特に食欲もなかったがおいなりさんを3ヶつまみようやく寝る気になった。23時目が覚める。01時、また目が覚める。ただ、酒を抜いたので目覚めは快調。10時、新宿御苑前の事務所に出勤。

探偵物語 8

この頃の僕は先頭に立って仕事をしていた。福島出張も進んで引きうけた。東京の老教師と、福島に住む幼馴染の女性の不倫調査の後始末。やや非弁行為に近いものだったが、依頼人の奥さんから「福田さん彼女と会って、もう二度と会いませんという誓約書を取ってきて欲しい」と懇願され、若い人じゃあ無理だろうと思って僕が行くことにしたのだ。二人は、マルヒが結婚する前からの仲で、延々と続いていた。一年に1度か2度の逢瀬。勿論彼女のほうにも夫がいた時期がありW不倫ともいえた。マルヒの夫は里帰りを口実にして彼女と会っていたのだが、こんな中身の薄い浮気に気付く妻もたいしたものである。僕も、いくら尾行しても女性の影すら見えず(奥さんの思い過ごしじゃあないの、調査料がもったいないよ)と言って、何度か調査を打ち切りにしようと試みたが、「絶対やっています。調査の費用は心配しないで」と言われ、数日前まで継続し、押し迫った或る日動かぬ証拠が掴めたのだった。

前の晩、依頼人の奥さんから電話がかかり、「明日、主人は実家に帰ると言っています。前々からカレンダーに小さく印が付いていたので怪しいと思う」との由。事務所でも急遽尾行の段取りを付け、早朝より張込を開始していた。調査員から(今ラブホテルに入りました)と連絡があったのが正午頃、郡山駅前で落ち合った二人はろくに会話も交わさずタクシーに乗って郊外のホテルに直行。数時間過ごし、帰りも駅前でタクシーを下りた二人は、会釈を交わしたのみで、コーヒー一杯飲むわけでもなくあっさり別れたらしい。調査員は、その後、女性の身元を調べるため帰路を尾行し、住所及び氏名の確認を済ませて帰京した。事務所はその後、女性の公簿(住民票や戸籍)を取り寄せ報告を済ませた。女性は依頼人も良く知っている人で、二人の長年にわたる裏切りに心底怒っていた。

師走の郡山は小雪が降っており、女性の家を訪問する道のりで何度か滑りそうになった僕は、ブーツを履いた足を踏みしめながら歩いた記憶がある。そしてその晩のことである。中華料理を食べ、大いに飲んだ僕達は、誰ともなく(麻雀をしよう)ということになって、行き付けの雀荘でゲームを始めたのが午後10時を回った頃、もうその頃は、腕に多少の自信もあって、仲間とやる時は(赤子の手をひねるようなもの)と思っていた僕は、つきも味方して連戦連勝。ちょうど0時の時報を聞く時に役満までやってしまった。すると面子の一人で、神様の子(彼のお母さんは、日航機が羽田沖に墜落したことを予言し、00の宮となっていた)が「福ちゃん罰が当るよ」と言う。

郡山からの帰途、右足に違和感を感じていた僕は、(雪道で足を踏みしめて歩いたからかな)と思っていたのだが、先ほどからずきずきと痛み始めていた。(もうそろそろ止めようよ)僕が提案すると、他の面子は口を揃えて「勝ち逃げは許さない。こんやは徹マンだ」と言う始末。勝ち逃げ。と言われては仕方なくゲームを続けたが、痛みは酷くなるばかりで、靴を履いていられなくなり、脱いで見ると腫れあがっている。靴下も脱ぐと、右足の親指の辺りが赤くなって腫れている。それでも許してもらえず朝を迎えた。痛みは頂点に達し、みんなに(俺の勝ち分は放棄するから勘弁してくれ)と頼みやっとお開きになった。さあそれからが大変である。靴が履けないので雀荘のスリッパを借り、タクシーに乗ったが、まさに這うようにして帰宅した。これまで感じた痛みとは異なる。虫歯の治療も痛かったがその比ではない。なんとかパジャマに着替えてベッドに入ったら、同居していた女性が「寒いでしょう」と言って分厚い布団を足からかけてくれた。ぎゃあ。と言ったかどうか覚えていないが言語に尽くせないほどの衝撃を受け、失神するかと思った。女性は「ふん、男のくせに大袈裟ね」と笑う。(よーし、この女とは別れてやる)---------------