探偵日記

探偵日記 11月06日木曜日 曇り

今日は曇り時々小雨という予報。台風20号の影響があるようだ。明日の定期検査のため今日まで休肝日。友人は、普段どおりの状態で検査してもらわなければ意味無いだろう。と言うが、僕としては、酒量を軽減した場合の数値が知りたいのである。仮に、前回と全く変わらなかったり、悪化していたならば「酒」のせいではない事になる。全く酒を飲まない夕飯は本当に味気ないものだ。ドクターは、「貴方の体にとって今の量は多すぎ、消化出来ないのでしょう。だから量を減らせ」と言う。もっとも、僕の家系は父方も母方も下戸揃いで、父なんか、正月のおとそを舐めただけで寝込んでしまう。叔父も同様、奈良漬けを食べて運転していたら、酒気帯びを疑われたほどで笑い話にもならない。僕も、生まれて初めて飲酒した時は、全身に蕁麻疹が出来て往生したし、動悸は激しくなるは、眠くなるで、体質に合わないことは良く分っていたが、酒席は嫌いではなく、日常的に飲んでいるうち少しづつ強くなった。今では、かなりの量を飲んでも苦しくならないし、めったに二日酔もしない。そして、除々に身体が蝕まれてきたのかもしれない。
若い頃、知り合った女性に「酒を飲む人は人生が二つある」なんて、意味深で甘く危険な言葉に惑わされ、以後、酒におぼれる日々を過ごし(ちょっと大袈裟かな)本当なら150歳位まで長生き出来るのに、この分だと100歳も覚束ない。もし、早死にしたらあの女(女房)のせいだ。

娼婦 7

さらに1年経った。十分用心していた佳枝だったが、近所の人たちの噂に上るようになりやがて夫の両親も不信感を抱きはじめた。佳枝の住む町は、最近になって都心に勤めるサラリーマンが移り住むようになったが、まだ大半は比較的古くからの家が多く所々に田畑もあり田園の名残が残っていた。住民も真面目な人が多く、したがって、ニュースになるような事件もここ十数年起こっていない。そんな土地柄が災いしたようで、二人の子を持つ主婦が派手な服装で出掛け、時に深夜、タクシーで帰宅する様は、主意の人たちの好奇の的となった。知らず知らずのうちに化粧も濃くなり、潤沢な小遣いで買い求めた服も流行の先端を行くブランド物である。羨望が好奇に変わり、やがて棘を含んだ風評に変わってゆくのにそれほどの時間はかからなかった。

佳枝44歳の春、何時ものようにクラブの事務所兼待機所でくつろいでいると、責任者の男性が「佳樹さん新規の客です。宜しくね」と言ってホテルの部屋番号を教えた。ホテルは何時ものところだが、部屋番号を聞いた佳枝は(上客だな)と思った。例えば、給料日の後など、少ない小遣いを握り締めて遊びに来る客は、決まってランクの低い狭い部屋を指定する。部屋に入ると料金制度を詳細に確かめ、お釣りの出ないようにキッチリ払う。そのくせ、時間ギリギリまで離さなず求めてくる。今や、超売れっ子の佳枝は様々な客を得たが、中には、3万円要求したのに、ポンと10万円呉れて、「お小遣いにしなさい。その代りたっぷりサービスしてね」と言う客もいた。佳枝はマンションを出て、今日の人はどうかな~なんてぼんやり考えながらホテルに向かった。

指定された部屋の前に着きチャイムを鳴らす。カチッという短い音がしてドアが開き、中から比較的若い声で「どうぞ」と言われ、少し緊張しながら部屋に入った。慣れたとはいってもやはり初対面は緊張する。これから数時間過ごす相手が(どんな人だろうか?)何時ものことだが、期待と怖れの入り混じった気持ちでおずおずと入室した。客の男性はその声のとおり若い人だった。やや小柄だが筋肉質の体にぴったりと包まれるように、安物のスーツを着ていた。髪は短く刈り上げて何かしらの制服を着せれば似合いそうな印象を受けた。靴を脱いで部屋に入った佳枝は、床に座って両手をつき、(初めまして佳枝です)と、これも何時ものスタイルできちんと挨拶をした。佳枝の接客の手法は、ごく普通の人妻を演じることと、この世界を知らない真面目な主婦を印象付けることだった。何らかの事情で、プライドを捨ててこんな仕事をしているが、一日も早く解放されたい。可憐で押しつぶされるようなか弱く小心な人妻を演じることに腐心していた。

客の男性はそんな佳枝を、一目見て気にいたようで「こちらこそ宜しく」と言ったまま身じろぎもせずソファに座って佳枝を見つめ、佳枝のほうから何か言ってくれるのを待っている風情だった。まだ背広も脱がずネクタイをほどこうともしない。佳枝も勝手が違い黙ったままでいると、男性が「どうしたらいいんだろうか」と聞いてきた。------------