探偵日記 03月07日木曜日 雨
朝家を出たところで現場監督らしい男が話しかけてきた。「すみません私はすぐそこで、足場を組み壁塗りをしている業者です」僕は、通行の邪魔になるから断ってきたのかな。と思ったが違った。続いてその男は「こういう者ですがお宅様の壁塗り直しませんか」と言ってパンフレットを差し出した。僕は、な~んだ営業か。と思い(ちょっと急ぎますので)と言ってその場を離れた。色んな営業方法もあるもんだ。我々探偵もあんな営業が出来たらどうだろうか。無差別に訪問して(お宅のご主人最近変な行動はありませんか?)なんて言ったら問題だろう。そういえば、まだ駆け出しの頃、仲間の一人が似たようなことをやって警察から注意されたことがあった。彼は、電話帳から比較的富裕層の住む地域から抽出し、まず、(ご主人をお願いします)と言う。電話に出た主婦が「いいえまだ帰っておりません」と応じると、(ああ、そうですかやっぱり)とかなんとか言って不安にさせたらしい。友人曰く、たまたま夫の浮気に悩んでいた主婦がいて「実は探偵さんを探していたのよ」と言って翌日どっかの喫茶店で会ったららしい。まあそんなタイミングもあるだろうが「禁じ手」であろう。実は最近僕も変なハガキを受け取った。裁判に絡んだもので期日が押し迫っているので早く処理をしたほうがいい。と書かれて、調べてみると本物の裁判所の住所が記載されていた。これで2000万円だまし取られた高齢者がいたという。幸い、僕はそんなお金がないので騙されずに済んだ。
その日、本郷の依頼人の自宅に行くと、開業医の夫とその妻、それに、出戻りの長女が僕を待っていた。長女は品の良い楚々とした美人で、丸々と肥えていたマルヒ(被調査人の次女)とは真逆だった。夫のほうはにこにこと笑顔を絶やさず「こんな写真がよく撮れるものですね。気づかれませんか」などと言っている。本件を担当した調査員のOは中野坂上にある写真の専門学校を出た仕事のできる男だった。やがて開業医の妻も報告書を見始めたが、突然大声を出し「へぼ探偵、何なのよこの写真は、娘でもないし孫でもない。こんなものでお金は払えない」と、怒鳴りまくる。これまで2度会ったが非常に穏やかで丁寧な物言いをする婦人だったので、豹変ぶりに驚いた。返す言葉もなく黙っていると、さらに激高して罵詈雑言を浴びせる。大人しい僕も(この野郎)と思い言い返そうとしたところで夫がまあまあと妻を宥めた。すると、その夫の顔を平手打ちしたあと、台所に駆け込み包丁を持って来るや「殺してやる~」とわめき暴れだした。
ほうほうの体で逃げ出したが、後日、精算に訪れた夫はひたすら僕に謝罪し「妻は統合失調症なんです」と言っていた。その後、再調査を頼んできたが丁寧にお断りした。