相続その2
僕も黙っているので、依頼人も何をどう言って良いのか分からないようで、何時までも黙っている。(夫の帰るところが分かればそれだけでいい)と言われていたので、追加の調査はないのだろうと思っていたが、依頼人はまだ何かいいたそうにもじもじしている。調査料の30万円はすでに領収済みである。早く帰ってもらいたいが(麻雀したいから、じゃあ)という訳にも行かず、僕のほうから口を切った(奥さんは、ある程度この結果を予想されていたと思いますが、今後はどうなさるおつもりですか)と聞いてみた。
すると、待ってたとばかりに「私はどうしたら良いんでしょうか」聞き返された。僕は、少し案じるふうを装って、(まあ、ご主人は稼いでいらっしゃるのでしょうから、暫くの間黙認する。のも良いかもしれませんね)さらに、(女性にとって夫の浮気が一番堪えるっていいますから、むやみに我慢しなさいって言うつもりはありませんが、熱くなっている二人を引き離すのは至難の業ですしね)と付け加える。依頼人を見ると微動だにせず、両手を報告書に乗せて俯いている。あぁ、僕の言うことは彼女の思うところと違ってたんだな。しかし、これは当然である。60や70の主婦ではない。仮に、高齢に成っても夫や異性に執着する女性は多い。ましてや、今、目の前にいる依頼人はおそらく40歳にも成っていないだろう。子供が二人いるとはいえ十分に女であろう。
今回の調査で、依頼人は推測どおり(夫に特定の女性が存在する事実を知った。)じゃあどうする?依頼人なりに考えていただろう。(不潔)だと思い、すぐに離婚を前提に行動を起こす。または、離婚を避けたいための努力をする。さっき、僕が言ったように、黙認して時間稼ぎをする。黙認するメリットは、やや消極的かもしれないが「時間が解決してくれる」という古くからの言い伝えを期待する。人の心は変化するものである。僕は、それで良い。と思っている。ましてや、彼らのやっていることは(不倫)である。今でこそ燃え上がっているが、どちらか一方の心変わりで、一瞬で儚く消え去る関係であろう。対する妻は、法律で守られた(夫婦)である。結婚という、民法でいう期限の無い契約を締結しているわけだから、たんに、心変わりだけで、(バイバイ)とはいかない。
今、依頼人の夫が相手にしている女性は、ホステスである。依頼人の夫と出会う前、複数の男と関係を持っただろう。こんなことを言うと、世のホステス達に叱られるかもしれないが、僕は、確立を言っている。毎日毎日、色んな男性が客として訪れ、その大半が気に入ったホステスを口説いて帰る。対するホステスのほうも、一目見て惚れてしまうような客もいれば、酔った勢いで危ない関係になる場合もあるだろう。或いは、お金の力に負けてゆくホステスもいるかも知れない。
客は皆格好良い。洋服も仕立て下ろしを着て、ブランドものネクタイを締め、これ見よがしに出すお財布にはン十万円入っている。僕の知人に、気に入った女性を連れてヤナセに行き、ベンツを買ってあげると言って、実際に女性の名前で契約を行う。店員が「あのーご決済方法は」と聞けば、(あたりまえでしょう。現金だよ。僕がここでローン組んだことがあるかい。彼がヤナセで車を買ったことは無い)などと言って帰り、翌日キャンセルする。女性はそんなことを知らないから(玉の輿)と勘違いする。この知人は我々男友達にも平気で嘘をつくので、今では誰も相手にしない。しかし、夜の世界は危険が一杯なのだ。
話がちょっと横道にそれた。依頼人の夫がそうかどうかわからないが、お金の力を如何なく発揮していることは間違いない。当時、(不動産会社の社長さん)は、大いにもてた。後日、依頼人に聞いた話だが、バブル前、金に困った夫は、依頼人の時計を質入したこともあったらしい。
「あの~夫とその子を別れさすってことは出来ませんか?」依頼人が恥ずかしそうに言った。ウン?。少しだらしなさ気に腰掛けていた僕は、依頼人のそのひと言で気持ちを切り替え、同時に、座りなおした。そして(奥さん、そんなことは出来ません。うちは、別れさせ屋じゃありませんし、人の心を変えるのは安易なことではありません)言葉にすると少し冷たい感じだろうが、実際には努めて優しく言ったつもりである。ただ、依頼人の表情には失望した様子が見て取れた。--------
10月11日木曜日
月曜日が祭日だったので、どうも調子狂ってしまう。今日が水曜日のように思えてしかたない。昨日のゴルフは、1年に1回あるかないかの最高のゴルフ日和だった。微風快晴、コースも名門「日高」いずれも阿佐ヶ谷の先輩たちで、日高の地主さんは、元、上場会社の副社長。行きつけのお寿司屋の旦那、駅前にビルを数棟所有する社長、ただ一人、異色のメンバー貧乏探偵の僕。(笑)毎回そうなのだが、夜は、4組の夫婦でパーティー。この日は、中華料理「孫」六本木が本店で、赤坂と阿佐ヶ谷に支店があるそうな。ビールのあと、紹興酒をかなり飲んでお開き。そのせいか、今朝は、アラームで起きられず、タイちゃん(犬)に起こされた。