相続 その5

事務所では早速元ホステスの身元調査と、主たる被調査人(マルヒ)の経営する会社について、内偵調査を開始した。内偵調査とは、簡単に言うと(聞き込み)である。今でこそ、個人情報保護法などという悪法が出来て、法律を良く理解できない者たちがやたらと権利だけを振り回すものだから、例えば、数室しかないアパートの大家まで、「入居者のことは言えません」などと、したり顔で言う。しかし、当時はまだ、手順を踏んで訪問すれば銀行さえも取材に応じてくれた。

というわけで、マルヒの会社の業績や主な取引先、取引銀行などすっかり分かった。一方、ホステスちゃんのほうも、基本的な人物概要が判明した。年齢は26歳。ホステスとしてはそろそろ油の乗ってくる頃だろう。決して美人ではないが、健康的でチャーミングな印象だった。その後、二人に対し、3名づつ調査員をつけて尾行調査を開始。これとは別に、特殊な工作を施した。

第一回目の中間報告の日、わざわざ事務所に来てもらうのも面倒だろうと思い。依頼人の自宅がある三番町の喫茶店で会うことにした。新宿通りを皇居に向かい、麹町警察の信号を左折。イギリス大使館裏手を九段方面に少しいったところに、依頼人が自殺未遂を図ったというマンションがあった。ちょうど、二松学舎や、大妻高校に挟まれたあたりに位置していた。「子供たちは学校に行ってますので上がってきて下さい」と言われ、ちょっと気が進まなかったがエレベーターで5階に上がった。

その日は、正式な報告書の形にはしていなかったので、要所要所の写真を見せながら口頭で報告した。一度死を決心した人だからか、女性の顔を見せても、家賃150万円のマンションを見せても動じない。何となく腹が据わった。という印象で、僕のほうが少々気後れするような気になった。

(本格的な調査と言いますか作業はこれからですが、ご主人と女性は知り合ってそんなに期間が経っていません。いままさに、燃え上がっている時期ですから、少し時間を下さいね。)と言うと、依頼人は、「勿論結構です。全て福田さんにお任せしますから、やり良いようになさって下さい。」と言って、ちょっとお待ち下さい。と言いながら別室に入っていった。すぐに現れた依頼人が紙袋を僕に渡し「少ないかもしれませんが取り合えず3,000万円用意しました」と言った。---------



探偵日記 10月15日

今月も今日で半分過ぎた。早いな~事務所はメチャメチャ暇である。昨日の「村人会」でも、長老たちに「君のところはこう不景気だと忙しいだろう」などと言われたが、とんでもない。先輩たちには(えぇ、まあまあです)と応えたものの、昨年辺りから続く不況感は僕が今まで味わったことの無いもので、先行きの展望も暗い。同業者や若い人たちはどうして凌いでいるんだろう。と思うが、もしかしたら、僕の事務所だけが取り残されているんじゃあないだろうか。などと、大いに不安になる。

そんな時に、(相続)みたいなバブル期の話を書いて、余計侘しくなって来た。でもまあしゃあないか。40年以上同じ道を歩いて来たんだ。神様もまさか見捨てたりしないだろう。なんて、B型(僕の血液型はAB)の僕が出てきた。