探偵日記 2月6日木曜日晴れ
平成不倫考 5
えッ、と言ったあと、僕の頭は混乱した。依頼人は「悔しいから女房に頭を下げて頼んだんだ。だから、彼女から取れたら払うからさ~」と言う。M部長の話はこうだった。彼は、マルヒの女性が愛の巣に帰ってこなくなって間もなく妻子の元に戻っていたらしい。妻は(何を今更)という感じでそっけなかったが、そこは元夫婦(戸籍上は歴とした夫婦なのだが)不承不承ながら家に入れてくれたという。一つには、中学生の男の子が(お父さんに帰って来て欲しい)と言ったため、母親も折れたようだ。まさに、(子は鎹)そのものである。
そこで、M部長は妻に対し一切を説明。勿論嘘も交えて。「実は、君との離婚話も彼女に迫られて仕方なく起こしたものなんだ。本当はもっと早くここに帰ってきたかったんだけど、そんなことをすると死んでやるって脅かされて、そうこうするうちに別の男を作っちゃって、結局、あの女に俺達夫婦はめちゃくちゃにされたんだ。だから、俺が証人になるから君が妻の権利であの女を訴えてくれないか」と。とんだ逆パターンの(美人局)である。(それで奥さんは承知してくれたんですか)僕が聞くと、M部長はにんまり笑って、「女房だってあの年だもん俺が帰ってやって本当は喜んでいるんだよ」と言う。本当かな?僕はチラッとそう思ったが勿論言葉にはしない。「だから、裁判やって、女房が勝つだろうから、その時払うよ」と言うM部長の言葉に負けてとりあえず承知した。その後、妻に対する離婚調停を委任した弁護士には頼めない。と言うM部長に懇願され、知り合いの若い弁護士を紹介することになった。
喫茶店でM部長の妻と会い、弁護士事務所を訪問する道すがら妻が言う。「私本当はこんなことしたくないんです。だって変でしょう。まるで夫とグルになって若い女性からお金を取るようで」M部長に比べて、奥さんのほうがよっぽど常識的である。(男のクズ)とはこういうことを言うのだろう。僕も調査料欲しさにM部長の言いなりになってこんなことをする自分を責めたくなったが、僕の何倍も辛いだろう奥さんを心底哀れに思った。
マルヒの女性も抵抗し、弁護士同士の話し合いではけりがつかず、遂に法廷に持ち込まれたが、結局、妻に対し150万円の損害賠償金を支払い落着した。何はともあれ、これで調査費用を頂けると待ったが、M部長からはなしのつぶて。痺れを切らして請求したら「弁護士費用もかかったし、女房にも取られたので1円も無い」の一点張り。僕が、(部長それはないでしょう。費用だって友達料金にしてくれって言うから三分の一にしたのに)と言うと、M部長がのたもうた「僕は君のことを友達なんて思っちゃあいないよ」えッ。僕は、本件で2度驚かされた。結局、調査費用は踏み倒された。その後、社長の急死であっけなくS社も倒産。あんなに可愛がられたM部長は葬儀に姿を見せなかった。ーーーーーーーーーーーー