探偵日記 3月2日月曜日 晴れ
昨日は春の嵐みたいな悪天候だったが、今日はうって変わって晴天の小春日和。人の運命同様天気もめまぐるしく変わる。13歳で殺される子供も居れば、踏切で電車に衝突して亡くなる人も居る。まだ25歳というから本当に惜しい命だ。もう余命幾ばくも無い(本当はそんなこと思っていない)僕が代わってあげたいぐらいである。たった今、組合に相談の電話がかかり、聞けば20歳の娘が20歳以上年上の男と駆け落ちしたという。探したいがどうしたら良いか。という相談で、早速優秀な組合員の探偵社を紹介した。恋に盲目になった若いお嬢さんを諭すのは容易ではない。僕が父親なら、とことん経験させて学習能力を養わせる。若いときの過ちは(融けてしまえば春の淡雪)で、さほどおきな傷として残らないだろう。というのが、僕のような無責任な父親の意見である。どうだろうか?
新宿・犬鳴探偵事務所 7-1
相変わらず浮気の調査や金銭絡みの事件が多い。時はバブルの真最中である。金額の規模も大きく他人事ながらため息が出る。そんな或る日、聞き覚えの無い会社から「調査依頼をしたい」という電話がかかり、初めての依頼先なので犬鳴が訪問した。受付の横にショーウインドーがあり、金の延べ板が数枚飾ってある。何だろう?と思いながら応接室で待っていると担当者が現われ、ある社員を調べてくれという。取合えず30万円の着手金を貰い事務所に帰る。翌日、言い忘れたことがあるので来てくれと言われ、再び犬鳴が赴く。面談が終わった時、担当者が「えーと、本日はおいくら用意すれば良いでしょうか」と言う。エッと思ったが、犬鳴は(いいえ不要です。まだ着手していませんので)と応えると、担当者はなぜか怪訝な表情で、「ああそうですか、必要な時は何時でもおっしゃって下さい」と言う。後で聞いたところによると、犬鳴探偵事務所の前に、当時超悪徳といわれていたA社に依頼していたらしい。その探偵社は細切れに費用の請求をしていたという。犬鳴は勿論その業者も良く知っていたが、(そんな商売の仕方もあるのか)と感心した。
調査は一般的なものではなく、極めて特殊な手法で進めたが、当然ながら、費用も嵩んだ。しかし、担当者は、犬鳴が恐る恐る差し出す請求書を、ほとんど吟味せず、金額のところだけ見て、すぐに現金払いしてくれる。バブル時期とはいえ随分おおらかな会社だな~と思い、それから頻繁に発注してくる案件をそつなくこなし次々と集金した。
それから間もなくの頃のこと、何時ものように犬鳴が集金に行くと何だか妙な雰囲気である。受付嬢もおらずシーンとしている。どうしたんだろう?と思って入り口に佇んでいると、黒いスーツ姿の男が20人ぐらい入ってゆく、するとその後から、NHKや民放のテレビ局のカメラマンや記者が続く。ここに至って犬鳴もようやく異変に気がつき、早々に退散した。
夜、自宅でテレビを見るとその会社のニュースでもちきりだった。何でも、年寄りを相手に地金を売りつけ、実物の代わりに(証書)を渡し、「近い将来必ず高騰し大儲け出来る」と言って、3000億円を集め倒産したらしい。だから、詐欺だというわけで、以来、数ヶ月に亘って世間を賑わした。最後は、その会社の代表者が隠遁していたマンションに、小窓から入ったヤクザの天誅を受け死亡するという事件で終焉した。くわばらくわばら。犬鳴は(都会は本当に怖い)としみじみ思った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー