探偵日記 3月10日火曜日 晴れ
昨日は雨の中、阿佐ヶ谷の川端通り商店街の中にあるレストランで夕食を摂った。友人はイタリアンと言っていたが、入ってみるとスパニッシュの傾向の強い店であった。味はアメリカのお母さん(マーマー)ビールやワインをボトルで頼んで、会計は8000円ちょっと。まあ、阿佐ヶ谷じゃあこんなものか。と思って帰宅。21時には就寝。
今朝のタイちゃんは20分少々で散歩を切り上げ、僕の意見も聞かずさっさと家に向った。路面が濡れて好きな匂いが無いのだろう。11時に来客があるので10寺に家を出る。
新宿・犬鳴探偵事務所 7-7
犬鳴は、1束取り出して新聞紙の日付を見ると昭和のものだった。中身は同じように100万円で、それを無造作に包んだ大きな固形物が三つ入っている。オーナーと呼ばれているあの女性は犬鳴との約束をしっかり守ったようだ。しかし、彼女はどんな商売をしているのだろう。犬鳴は、僅か3日で3500万円を貰ったが、その前に、遁走したヤクザに一億円払っている。(風俗業とはそんなに儲かるものなのだろうか)若い頃、悪友と飲んだ後、面白半分で吉原のトルコ風呂(今は、ソープランドという)に行った経験はあるが。歌舞伎町や渋谷のど真ん中にそんな店があるとも思えない。(東京って所は不思議で面白い)そんな感慨に耽っていたらみんながランチから戻ってきた。
依頼人は領収書は要らないという。ならば、正直に事務所の収入にする必要はない。そう考えた犬鳴はひとまず自分の個人口座に入金することにした。その足で、懇意にしているM刑事の居る新宿警察署に電話を入れる。幸いM刑事は出勤していた。聞けば今日は泊まりと言う。(ちょっと頼みたいことがあるんだけど)と言うと、阿吽の呼吸で、「分った、ややこしい話じゃあなかったらこっちにおいでよ」と言う。何も悪いことをしていなくても警察は嫌なところだ。特に新宿署は(淀橋)と言われている頃からしょっちゅうお世話になったところである。念のために断っておくが、泥棒とか詐欺の類ではない。喧嘩沙汰である。犬鳴は昭和38年に上京したが、アルバイトにキャバレーのボーイを選択した。当時学生のバイトは結構有って、真面目な奴は書籍の配達とか食堂の出前持ちなんかをやっていた。しかし犬鳴は本来チャラチャラしたところを好む。キャバレーならばホステスさんも大勢居て、もしかしたら可愛がってくれるかもしれない。そんな極めて不純な気持ちで応募したら即決採用された。今考えるとこれがいけなかった。ホステスさんには振り向きもされなかったが、ボーイ仲間とつるんで遊ぶ面白さを覚えた。午後11時半、ラストソングが流れ、数曲あとの蛍の光で閉店となる。20数人いるボーイ達は、後始末は翌日に回し、よーし、とばかりに歌舞伎町に繰り出すのが日課となった。当時は、(深夜喫茶)なるものがあり、コーヒー一杯で朝まで屯する。そして、ほかのクラブのボーイや、ヤクザの予備軍のチンピラと衝突するのだ。まるで、蜘蛛が喧嘩するようなものですれ違っただけで(なんだこの野郎)となる。歌舞伎町の場合、区役所通りを挟んで西武新宿駅方面が新宿署、明治通り側が四谷署の管轄である。犬鳴は両方の警察署を行ったり来たりした。しまいには(なんだまたお前か)と言われる有様で有名人にはなったが、勤め先のキャバレーはあっけなくクビになってしまった。
この日訪ねた刑事も少し前まで四谷署に居た。勿論、喧嘩三昧の生活はその頃だけで、探偵になってからは言葉で応酬することは有っても手を出すことはなくなった。一つには、犬鳴自身、(自分はそんなに強くないんだな)と気づいたからで、次に(負けるが勝ち)という精神を身につけたからである。どんな場合でも喧嘩をして得することはない。ただ、男子として、(ここは引けないな)と思うことはある。そんな時は、気迫では負けないように構えてみせる。そしてほとんど実際の喧嘩にはならない。
「今日はなんだい」空いてる取調室で二人きりになると、刑事は弟に言うような優しい言葉で聞いてきた。(池袋に知っている刑事さんは居ませんか。実は僕の知り合いが経営している店にガサが入って、とりあえず体をかわしているんだけど指名手配になってないか心配しているんです)「なんていう店だよ」(学園生活)っていうらしいです。知り合いはXっていうんですが)「ああそう。うん、居るよ。俺の後輩だ。だけどそいつが担当しているかどうか分んないからとりあえず聞いてみるか」と言って、取調室を出て捜査の室へ向かう。
すぐに戻ってきた刑事は、「ワンちゃん手配されてるよ」と、結果を教えてくれた。犬鳴も多分そうだろうな。と思っていたので驚きはしなかったが、指名手配にも種類があって、一番簡単なものだと言う。何かの拍子にひっかかればいいなあ。という程度で、例えば、オームの信者達のような写真による公開手配では勿論ない。まあ、ビクビクしなくても良いといえばそれまでだが、当事者は気持ちの良いものではないはずである。犬鳴は、すぐに報告すると3000万円の価値が無くなるような気がして3日後、(やはり手配されていました)と、報告した。ーーーーーーーーーーー