探偵日記 5月18日月曜日 晴れ
先週はゴルフが2度あり、久しぶりに事務所に来たような感じがする。毎度同じような感想だが、時の流れは早いもので、その時々の予定をこなすうち、あっという間に（次の時間)がやってくる。厄介なことに、過ぎ去った時は取り戻せない。後悔して、また後悔して、徒に齢を重ねてゆく。世の中のどれだけの人が（ああ、自分の人生は十分満足のいくものだった）と思って死んでゆくのか。僕の考えでは、誰一人として居ないのではないだろうか。と思う。ここ数年来、僕は1日3度の食事を大切にしようと心がけている。例えば、或る日、ランチに入った店で、どうしょうもないくらいまずいご飯を食べたとすると、残り少ない人生の貴重な一時を失ったような悔悟に襲われる。逆に、思いがけず美味しい食事に出会うと（もうかった）気分になれる。かなり単純な人間なのだろう。
Ｍという女 15
年増の売春婦Ｍのことを書いてみたが、これ以上深く書くと支障が生じる危惧があるので、今回で終わりにする。折角掴んだ幸運を、所詮はバカな女性だったようで、自分から手放すことになるのだが、あくまでも、相手の心変わりを責めるぐらいしか能が無くジタバタして終焉を迎えようとしている。若社長は、今でも、出来ることならＭを手放したくない。と思っているのだが、毎日毎日送られてくる怨さのメールに辟易ともしていた。若くて可愛いガールフレンドが出来たものの、何となく物足り無さも感じていた。3回に1回ぐらいはＭとの濃厚な営みが恋しくなるのだった。
しかし、他方でお国元の家老じゃあなくて専務の水面下の計画も確実に功を奏し徐々にＭを追い詰めていた。若社長はもとより、当のＭも気付かない手法で、二人を引き離す作業は着々と進行していた。専務の考えは、（離婚して独り身になった若社長が、何人愛人を作ろうとそれは構わない。しかし、若社長よりも年上で、しかも歴とした人妻で、二人の子供も居る売春婦では何ともしようがない。）古いしきたりや慣習が根強く残っている東北の名家の関係者となることなどもってのほかであった。
専務は、在京の関係者に依頼して、Ｍの実家や夫、及び夫の親族に莫大な金額を提示し、一旦、婚家に戻すことに成功した。某日、家庭裁判所に呼び出されたＭは、調停員から「ご主人が今までのことは水に流すから子供達の所に帰って来て欲しい。と、言っていますがどうですか。」と言われ、若社長に心を残しながら戻る決心した。あの執念深い夫が本当に私を許してくれるのだろうか？一抹の不安はあったが、子供達との暮らしには大いに期待した。そうして、6年ぶりに我が家に戻ったＭだが、1ヶ月もしないうちに地獄のような生活が始まった。夫は一切口を利かず、家族はＭの作った食事に箸をつけないという日々が続き、夫の両親はもとより、近所の人たちまでがＭを避ける有様で、この期に及んで、漸く自分が何ものかの手によって若社長と引き離されたのだと気付いた。
その年も終わりに近い或る日、犬鳴探偵事務所の調査員はＭを追跡していた。尾行の始まりは大塚駅に近いマンションの前。午後7時、以前にましてど派手な服を纏い、厚化粧を施したＭが姿を見せる。行き先は駅前のラブホテル。2時間後、ホテルを出たＭは疲れた足取りで駅に向かい、電車とバスを乗り継いで老朽化した木造アパートの一室に入った。郵便受けにマジックでＭと書かれていた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー