探偵日記

探偵日記 8月4日火曜日 晴れ

今日で5日連続猛暑日とか。もう慣れっこになって、半ば諦めの心境で事務所を目指す。我が家の見張り番は熱中症とかでダウン。娘も冷房にあたって風邪を引いた。僕も、体調は万全ではないが、戦中派の悲しい性で、休むことは罪悪だと思っているから、朦朧としながらも動き回っている。先日、夫との離婚に向けて調査をしたいというご婦人から電話がかかり、来所の約束をしたが、「あの~弁護士さんが、夫と相手の女性が交わしたメールの内容で充分と言われましたので、とりあえずキャンセルして下さい」と言ってきた。ご婦人は「相手の女性から慰謝料を取りたい」とも言っていたので、(その弁護士大丈夫かな?)と思ったが言葉にはしなかった。世の中、色んな人が居る。

れんげ 21

 鷲宮家も新しい年を迎えた。一浪の後、晴れて入れた大学も今年は三年生になる長男と、高校二年生の長女を交え、親子水入らずの元旦。形ばかりのおせちを食べたあと、子供達にお雑煮を催促されたひかるは、(夫の居ないお正月はこれで何回目かな)などと考えながら鍋の火をつける。長男が大学入試を控えた秋、夫から離婚を求められ、何がなんだか分らないうちに一方的に離婚が成立。(ああ、もう四年になるのか)子供達に気付かれぬようそっと溜息を一つついて、温めたお椀をテーブルに置く。二人の子がそれぞれ入学試験を迎え、一番大事な時期に起こった我が家の騒動。この子たちには本当に申し訳ないことをした。今でも悔やむひかりだが、暗に相違して、子供達は逞しく乗り越え、娘は、偏差値の高い高校にすんなり合格、長男も最初は失敗したものの、次の年、見事第一志望の大学に入学することが出来た。二人とも父親不在の暗さを感じさせず明るく生きている。一番ダメなのは私かしら。ひかるは、そう思った途端可笑しくなり、そうした感情の変化を子供達に悟られないよう、わざと、もう一匹の家族、幸ちゃんに話題を変えて二人に話しかけた。鷲宮家の飼い犬、幸はメスの豆柴で老犬である。子供の頃から家に飼い犬の居たひかるは、大の犬好きだ。これまで、ボランティアのちばわんのネットワークの一員として、15年間に20匹以上の犬を預かり、それぞれ里親を見つけて嫁入りさせた。ただ、幸の場合、強い人間不信に陥っており、八年同居しているにもかかわらず未だに体を触らせないほどで、何とか人に慣れさせようと思っているうち、とうとう鷲宮家の一員となって今日に至ってしまった。それでも、朝散歩に行く時は玄関で尻尾を振りながら待っているし、食事を与えると喜んで食べる。最近では、娘の体にくっつくぐらい接近して居眠りもするようになった。本当に大人しい犬で、預かり犬が来ても、先住犬の特権を振りかざすことも無く、ひかるは安心して、次々とちばわんから送られてくる犬を預かった。
 年末、そのちばわんから連絡があり、ミックスのメス犬を預かった。
 夫の博志は勤務先の同僚の女性と深い仲になり、家庭を棄てたのだったが、最近は、再婚した相手から酷い仕打ちを受けているようで、子供達と会いたがっている。子供達も要領よく父親に合わせ、ちゃっかりお小遣いをせしめているが、さすがにひかるには内緒にしている。(隠さなくてもいいのに)と、ひかるは思うが、母子家庭の子供の矜持なのかもしれない。ーーーーーーーーーーーーーーー