探偵日記 2月2日月曜日 晴れ
今日から2月のスタート。張り切って行こうと思っていたが、昨夜は余りにも早く休んだせいか、0時頃目が覚めて、以来、5時まで眠れなかった。ビール1、焼酎2マッコリ少々では酒量が不足していたか。5時に朦朧として起きだし散歩に行く。こんな日に限ってタイちゃんは元気一杯で、1時間以上気ままに歩かれた。
それにしてもイスラムという地域は物騒だ。銃を持っていた湯川という人はともかく後藤というジャーナリストまで殺すことはなかった。つくづく日本という治安の良い国で生活している幸せを実感した。
次は犬の世界の話。友人から聞いたことだが、何でも犬の(里親会)というのがあって、運良く(野犬収容所)から助け出された犬を、一時期、預かる人が居て、ネットなんかでその預かりっ子を紹介し、本格的に家族にしてくれる人を募るのだという。そして、1ヶ月に一回ぐらいの割合で会が催され、お見合いをして気に入ったら預かっている人と交渉して我が家に連れ帰るのだそうだ。では、収容所から助け出されない犬達はどうなるのか?というと、例の「アウシュビッツ」のように、ガス室で処分されるらしい。古来、我々は犬などの小動物と共存してきたはずだ。馬や牛は家畜として飼い主を助ける。犬や猫は働かないけれど、飼う人々の心を癒してくれる。それを、捕獲して殺処分にする職業もある。僕には絶対出来ないことだしそういう職業についている人とは友人にはなりたくない。確かに、野生の犬は時に人を噛んだりするし、狂犬病を防ぐという理屈もある。だがしかし。である。
或る時、母と子の野良犬が山中を放浪していた。子犬が餌を見つけて飛んで行った先に「罠」が仕掛けられ、足を挟まれた子犬は身動きが出来なくなった。やがて、捕獲員に発見されるのだが、わが子がが苦しむさまを見捨てて行けなかった母犬も同時に捕獲されてしまった。しかし運よく(センター)とかいうボランティアの団体に救出され、預かりっ子となって、すぐに里親が見つかって、今は幸せに暮らしているらしい。一方の子犬はどうしたか、世の中には奇特な人(否、慈愛深い人というべきだろう)も居るものである。罠に足を挟まれたせいで前足を切断する羽目になったその子犬を貰いうけ(家族の一員)にして育てているという。昨日は、テレビで嫌なニュースを聞き、巷でこんないい話も聞いた。あらためて、(日本は素晴らしい国)である。
新宿・犬鳴探偵事務所 4-2
東京に着き、病院の近くにホテルをとり、依頼人に連絡する。依頼人は緊張した口調で「仕事が終わり次第夫を向かわせます」と言う。工藤夫妻も沙織に連絡をつける。犬鳴は考えた。ドクターと沙織が一緒じゃあないほうが良い。沙織の説得は夫妻に任せよう。列車で駅弁を食べたがそろそろお腹もすいてきた。犬鳴は、遠慮する二人を伴ってホテルのレストランに行きアルコール抜きで腹ごしらえした。工藤夫妻は口数も少なく黙々と箸を動かしている。(東京は初めてですか)と聞くと、母親のほうが「いいえ、沙織が就職した時こっちまで送ってきました。その時、靖国神社と浅草に行きました。」と応え、夫もしきりに頷いている。列車の中で(沙織を青森に連れて帰ること、手術は盛岡で行いたいこと、沙織が心身ともに回復するまでは郷里にとどめること)などを決め、「お金は要らない」と言い張る父親を宥めて、とりあえず500万円を受け取ってもらった。
犬鳴は、(工藤さん、このお金は沙織さんの手術の可否には関係ありません。もし、沙織さんがどうしても産みたいとおっしゃっても返していただく必要はありません。仮に産むということになれば、柳原夫人の対応も変わってくるでしょうし、或いは、沙織さんに対し、妻として、損害賠償を求めるかもしれません。まあ、沙織さんの気持ちを第一に相談しましょう。僕としても、娘を持つ父親です。今回のことが僕のことだったら、柳原を許せないっていう気持ちもありますが、いざとなれば、娘の将来のほうが肝心ですからね)そのあと、お金で何でも解決できるわけじゃあない。とか、医者という職業の人間は、お山の大将で、周囲に意見を言う人が居ないものだから、何をしても許されるって勘違いしている。などと、ドクターの悪口を山のように言ってやった。
午後七時、信濃町の病院から駆けつけたDr柳原は、打ち合わせどおり、夫妻に対し平身低頭で謝罪した。しかし、沙織との結婚の可能性は無いこと、ただ、彼女の将来について、出来るだけのことをさせて頂く。と固く約束させた。工藤夫妻は「かえって先生にご心配をかけて申し訳ありません。娘に良く言い聞かせ、今後ご迷惑をかけないように致します」と言って、どっちが被害者かわからないような態度で終始した。犬鳴は、そんな光景を目の当たりにして、二女も青森で看護婦をしており、夫妻には、医師が天上人に思えるのかもしれない。と思った。
このあと、沙織を迎え工藤夫妻がどのような言葉で説得するのか、或いは、諌めるのか。分らなかったが、親子のことである。なるようになるだろうと考え、(じゃあ工藤さん明日十時頃伺います)と言って、柳原を促して部屋を出た。エレベーターの中で、すみません、すみませんとぺこぺこする柳原に対し、(先生、浮気もいいけどもっと上手くしなきゃあ、奥さんを泣かせたり、苦しめたら遊びじゃあなくなるよ)と諭すようにいってやると、何を勘違いしたか嬉しそうに頭を掻いて笑っている。犬鳴は、そんな男を見て、馬っ鹿じゃあないの。と思ったが、(まあ、こういう人がいるから探偵も仕事になるんだな)と考え直し、(沙織さんが子供を処置してくれるかどうか分らないけど、これからは、もう少し奥さんを大切にしてあげてね)と言うと、柳原はまた少し笑って、「沙織も承知してくれました。子供を堕ろしてくれたら今までのように付き合ってあげるって言ったら」と言う。
犬鳴はどっと疲れが出た感じで返す言葉もなかった。どんな言い方で説得したのか知らないが、男も男なら沙織も沙織だ。犬鳴は仕事だからしょうがないが、可愛い娘の一大事に駆けつけ、犬鳴や柳原の前で、打ちひしがれる両親を見たら沙織は何を思うだろうか。ホテルの玄関に出ると少し離れた所に、柳原夫人のベンツが停まっている。どんな場合も哀れは女性のほうか。ーーーーーーーーーーー